今季は21位と低迷も、来季J2で戦う権利を得た [写真]=Getty Images
後半も半ばに差し掛かった65分、待望の先制点が生まれる。ゲームに絡む機会が少ない中でも「ピッチで結果を出すことが全てだと思っていたし、出たらやれるという自信は常に持っていた」という菅沼実が、見事なトラップとコントロールから今シーズンのリーグ戦初ゴールとなる左足のボレーシュートを決めた。
過去2勝3分けと1度も敗れたことがなかった大分銀行ドームで行われた最終節の大分トリニータ戦。このまま逃げ切る、あるいは追加点を奪って勝ちきれれば、ロアッソ熊本は19位でフィニッシュできる可能性があった。しかし終盤の86分、第2節以来、実に40試合ぶりに交代出場でピッチに入った清本拓己に抜け出されて追いつかれると、89分にはPKから追加点を与えて逆転負けを喫する。
「勝てそうなゲーム、勝つ可能性の高いゲームを落としているのは、それがチーム力ということ」。現役最後のゲームとなった主将の岡本賢明が振り返った通り、勝ち点を積み上げるべきタイミングでそれができない、もどかしい試合が続いた今シーズンを象徴するような最終戦だった。
熊本地震の影響で過酷な日程を強いられた2016年、ロアッソ熊本の選手達は、全国のサッカーファミリーから温かい支援、声援を受けながらシーズンを戦い抜き、大きなダメージを受けたホームタウンに小さくない力や勇気を与えた。
そうした経験も踏まえ、復興に向けて進むホームタウンを照らすべく、「光となれ!」というスローガンを掲げて新たな気持ちで迎えた今シーズンは、2008年にJ2入りしてちょうど10周年の節目。「勝負にこだわり、攻守におけるハードワークを表現してJ1昇格を目指す」――。今年1月10日、熊本県庁で行われた新体制発表の場で(株)アスリートクラブ熊本の池谷友良社長(当時)はそう述べ、就任2年目となった清川浩行監督も「一人ひとりの光は小さくても、皆の光を集めてトレーニングに励み、J1昇格に向かって進んでいく」と、意気込みを語っている。
だが目標には遠く及ばず、終わってみれば9勝10分け23敗の勝ち点37。J3で初優勝を果たしたブラウブリッツ秋田がJ2ライセンスを持たないため運良く降格は免れたものの、過去最低となる降格圏の21位でシーズンを終える。この結果を受け、4年ぶりの現場復帰で6月から指揮を執ってきた池谷友良監督が辞任、飯田正吾強化本部長も解任という形で、長く関わったクラブを離れることが発表された。
とは言え決してスタートからつまづいたわけではない。カマタマーレ讃岐を迎えたホームでの開幕戦は、新加入の安柄俊が2得点を挙げて存在感を見せつけ、続く第2節のアウェイ・ファジアーノ岡山戦、そして第3節のモンテディオ山形戦はいずれも先制を許す展開になりながら、岡山戦では小谷祐喜が、そして山形戦ではGK佐藤昭大が、ともに終了間際のアディショナルタイムに得点を挙げて追いつく粘りを発揮。開幕から3試合負けなしで勝ち点を5とし、この時点で8位につけている。しかし勢いはここで止まり、以降、順位は徐々に下降していった。
これは、選手の組み合わせも含めてチームの骨格がなかなか定まらなかったことも原因だ。とくに守備陣では植田龍仁朗がプレシーズンから離脱して開幕に間に合わず、また今季から完全移籍となった小谷も第3節山形戰での接触プレーで肋骨を骨折し離脱。植田、小谷が不在の間、本来は左サイドバックである新加入の光永祐也がセンターバックで起用されて悪くないパフォーマンスを見せたが、第4節福岡戦、第5節大分戦と2試合続いた九州ダービーで1点差の連敗を喫すると、リーグ戦で初対戦となった第6節の名古屋グランパス戦は今季最多の5失点で大敗。名古屋戦のあと、GK佐藤は「課題が修正されていない。頭では理解できていても、体で表現できていない」と言い、最終ラインの中心を務める園田拓也も「失点の最後の所は個人。やっぱり最後は人にしっかり行くということを忘れないでやっていかないといけない」と話しているが、こうした課題は結局、シーズン終盤まで修正できなかった印象がある。
また、4月に入るとGK佐藤が右手を痛めて離脱したほか、他にも新加入の三鬼海が左ひざ、安が右足、上村周平が左脚、岡本賢明が右ひざと負傷者が相次ぎ、清川監督もメンバーを選ぶのに苦労していた。組み合わせが定まらなかったのは前目のポジションも同様で、調子の良い選手を起用するというスタンスもあったが2トップの組み合わせは序盤から毎試合異なり、相手ゴールに迫るまでのイメージを共有できなかったことで、マイボールの時間帯を作ってもテンポが上がらず、選手個々の特徴を十分に生かせていない。
もう一つ、シーズンを通して着実に勝ち点を積み上げられなかった要因として、冒頭の岡本の言葉にもあるように流れを自分たちの方へ引き寄せ、クローズの仕方も含めてゲームをコントロールできなかったことが挙げられよう。今シーズン、熊本の失点は59。もちろん少ない方ではないが下から数えても8番目で、プレーオフを経てJ1復帰を果たした名古屋の失点を下回る数字だ。だが約半分にあたる28点が前後半30分以降のもので、そのうち15点をゲームのラスト15分間で失っている。
86分、89分に失点した最終節の大分戦はその顕著な例だが、他にも4連敗となった第7節愛媛FC戦(88分)、第11節FC町田ゼルビア戦(78分)、開幕から勝利のなかったザスパクサツ群馬に初勝利を献上した第12節(90+5分)、互角に渡り合いながらPKを与えて敗れた第13節湘南ベルマーレ戦(90+1分)、連勝を逃した第15節ジェフユナイテッド千葉戦(83分)、第27節東京ヴェルディ戦(89分)等々、耐えきれず終盤に失点するケースが頻発。こうした展開で受ける精神的ダメージは相当なもので、ましてそれが続けばピッチ内でも少なからず疑心暗鬼や意識の違いが生じてくる。
「やっているときは一生懸命やっていますし、勝ちたい思いはみんな持っていたんだろうけど、チームとして同じ方向を向けなかったのは大きな要因。どこかちぐはぐなまま、この場所にきてしまったなというのが、ピッチの中でやった感想です」
最終節を終えたあとの巻誠一郎の言葉が、そのことを物語る。
攻撃面に目を向ければ、得点はワースト2位の36。無得点に終わったゲームが17試合と最も多く、1ゴールに止まった16試合のうち勝ち切ったのはわずか2試合。引き分けに持ち込む1点もあったが、追加点が取れず、上記のような展開で勝ち点を落とした試合も少なくない。フィニッシュ精度や決定率の低さ、シュート数やチャンスの数、そしてバイタルへの侵入回数の少なさなどがその理由で、そうした部分の修正は当然、練習の中で意識されていた。しかしシーズン中から、現場でも「点がたくさん取れるチームではない」という認識が生まれていたことは否定できず、必要以上に失点を重く捉える雰囲気にもつながっていった。
例えば、地震からちょうど1年にあたる第8節松本山雅FC戦、そして第9節ツエーゲン金沢戦は、いずれも完封で初の連勝を記録したが、これは球際のバトルや切り替えなど原点の部分を見直して積極姿勢で臨んだことが結果に表れた格好で、アグレッシブな姿勢で臨んだゲームでは内容的にも見応えのある試合ができている。しかしシーズンを通してそのスタンスを貫けたとは言えず、本来目指す積極的なプレッシング、連動したアプローチからのボール奪取がうまく機能しなければ、ゲームの主導権を握ることも、効果的な攻撃を見せることもできない。次第にプレーの選択は消極的になり、得点の可能性を高めるためのチャレンジや積極的な判断よりもボールを奪われないことが優先され、流動性やダイナミズムは失われて攻撃が停滞、結果が出ずに選手たちは自信を失う、という悪循環に陥っていく。
6月から清川前監督の後を引き継ぎ現場に戻った池谷監督がまず着手したのも守備の修正で、展開力のある村上巧を最終ライン中央に置く3バックにフォーメーションを変えてからはオーガナイズが整い、約束事も明確に共有されて失点も減った。サイドバックとして今季加入した三鬼のボランチ起用なども効果を発揮して、浮上の兆しが見えた時期もあった。しかし村上も9月初旬に右ひざの前十字靭帯を痛めて離脱。終盤に入ってからは点が取れないことが再びクローズアップされ、「どうしても勝ち点3が欲しいというところに意識がいって」(池谷監督)、良くなってきていた守備面の粘りも影を潜め、最後は7試合勝ちなし。もちろん、地震の影響を受けて昨季十分な積み上げ、底上げができなかったことも無関係ではないにせよ、シーズン中の補強もあまり効果が見られないなど、1年間を振り返ればあらゆる要素がうまく噛み合わなかった。
そうした事情を考慮すると、他力ではあってもJ2に残留できたことは奇跡と言ってよく、捉え方によっては再生のチャンスを与えられたということ。一方で、2005年の立ち上げから13年、ここまで文字通り陣頭指揮を取ってきた池谷氏がクラブを離れるのが大きな痛手であることは間違いなく、また飯田強化部長もいなくなることで、発表直後は来シーズンのチーム編成で遅れをとることが懸念された。しかし、今年いっぱいでサンフレッチェ広島の社長を退任する織田秀和氏のGM就任が11日に、そして2015年に大宮アルディージャで昇格、J1でも指揮を執った経験を持つ渋谷洋樹氏の監督就任が14日に発表されるなど、残る強化スタッフの尽力もあって新たな方向へ再スタートを切る準備は思いのほかスピーディに、そして順調に進んでいるようだ。
来シーズン以降のチームやクラブに課されるのは、将来のビジョンを改めて描きなおしつつ強固な基盤を築くこと。最悪ではなかったが小さくない痛みを味わった今季の経験を糧に、熊本は次の時代に入っていくことになる。
文=井芹貴志
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