新里涼 [写真]=内藤悠史
2月23日、2018シーズンのJリーグがついに幕を開けた。史上初の金曜開幕となった明治安田生命J1リーグ、その舞台に初めて挑むのがV・ファーレン長崎だ。J2昇格から5年目の昨季、ついにトップリーグへの扉をこじ開けた。2位フィニッシュを遂げ、自動昇格の切符を掴んでみせたのだった。
果たして、長崎の躍進は続くのか――。注目を集める初昇格クラブにあって、虎視眈々と出場機会を狙っている新戦力がいる。順天堂大学出身のルーキー、MF新里涼だ。横浜F・マリノスの下部組織で育ち、関東屈指の名門校を経てたどり着いたプロの舞台。いわゆるエリートとも言える経歴だが、大学4年間に歩んだ道のりは平坦なものではなかった。監督の志向と自らのプレースタイルの相違、そして失った出場機会――。苦悩の末に己のスタイルを貫き、そして今、プロフットボーラーとしてのスタートラインに立った。
「1年生の時には吉村(雅文)先生(監督)に使ってもらえて良い結果を出せましたけど…。監督が代わったから使われなくなるという経験がなくて、監督に評価されて“王様”みたいな感じでずっとやってきたので、その感覚がなかったんですよね。監督が堀池(巧)さんになって、チームの中心から外された感じです」
2013年、横浜FMユースで日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会優勝メンバーとなった新里。翌2014年に順天堂大に入学すると、1年時からAチームに入って躍動した。関東大学リーグ1部で全22試合中16試合に出場し、5得点3アシストを記録。細身ながらも日々鍛え上げたフィジカル、そして独特のリズムで刻むボールタッチで起点となり、長短のパスを蹴り分けてゲームコントロールを担った。ボランチ、あるいは2列目でプレーし、存在感を示していく。9月6日の第12節・中央大学戦では直接FKを含むハットトリックを達成。新人賞に輝き、さらなる活躍が期待された。
しかし、堀池巧監督が就任した2015年からリーグ戦の出場数は減少していった。2年時は1年と同じ16試合出場を記録したが、3年時は10試合出場1得点、そして4年時はわずか7試合出場1得点だった。「自分の特長として、長短のパスでリズムを変えるということがあるのですが、それは監督が好きなことではなかったんです。“自分の良いところを変えてまで試合に出ても…”という思いがあって、ストロングポイントを変えたくはありませんでした」。出場機会に恵まれない中、もがき苦しんだ日々を新里は振り返る。
良し悪しの問題とは別に、志向するプレースタイルの相違というものは選手と指導者の間に当然のごとく生じ得るもの。そこで迫られるのは、チームのスタイルに合わせようとするか、己のスタンスを貫くかという選択だ。新里の答えは後者だった。「プロで生き残る選手はスタイルが確立しているし、プロに入ってすぐに消えてしまう選手は特長や自己主張が弱いのかなと思っていたんです。だから、変えるつもりはありませんでした」。ボールポゼッション率を高め、絶えずパスコースを作り出す動き出しから連動した攻撃を目指していた堀池監督は就任後、関東大学リーグ1部で6位、4位、2位と着実にチームをステップアップさせている。ややもすれば、チームの戦術に適応しようとしない“反逆”とも取られかねない選択だが、「意見のぶつかり合いもあったんですけど…」と振り返りつつ、新里はスタイルを貫いた。
プロ入りを目指す大学生として、出場機会を得られない可能性が高まる選択は大いなるリスクを伴う。実戦こそがスカウト陣へのアピールの場であり、どんなに高い能力を有していたとしても、公式戦のピッチに立たなければ目に留まる確率は低い。とりわけ最高学年のシーズンは重要だ。だが、新里はリーグ戦7試合のみの出場で、先発の機会は一度もなかった。
大学での出場記録を見れば、J1クラブへの加入を果たしたことは異例とも言えるだろう。新里は古巣・横浜FMへの感謝を口にしながら、その経緯を教えてくれた。
「大学3年の終わりの頃に(下部組織時代に所属した)マリノスの練習に参加したんです。それが分岐点になりました。それまでは“自分がどのくらいできるのか”がわからない部分があったんですが、通用しなかったわけじゃないなと。マリノスの練習に参加して改めて自分のスタイルが定まったところがあります」
「その後、(横浜FMにも)いろいろな可能性を探ってもらった中で、長崎の強化部長の方(竹村栄哉氏)が1年の時に何回か試合を観てくれていたということで、呼んでもらいました。攻撃的なボランチを探していて、タイミングも良かったんです。マリノスが動いてくれたことにも感謝しています」
輝きを放った1年時のプレーを知っていた竹村強化部長との縁で、新里はプロ入りの可能性を手繰り寄せた。昨年10月の練習参加を経て、12月15日に加入内定が発表。同期のMF米田隼也とともに、長崎のユニフォームに袖を通すこととなった。
2人は1年時、関東1部の新人賞を同時に獲得している。だが、以後の歩みは対照的。米田はコンスタントに出場機会を得て中心選手として活躍したが、新里は先述の通り、苦しい日々を送った。仮に、新里がプレースタイルを変えていたら――。新境地を切り開いていたのか、特長を活かせずにプロ入りの可能性も潰えていたのか。“たられば”の域を出ないが、だからこそ興味深くもある。
「集中応援日のプレーを観た人に『1年の時と変わっていない』と言われたのは、ある意味では嬉しかったんです」
昨年11月11日、フクダ電子アリーナ。関東1部で筑波大学と優勝争いを繰り広げていた2位・順天堂大は、大挙してスタンドを埋めた応援団のサポートを受け、東洋大学と激闘を演じていた。新里は1点ビハインドの77分にピッチへ。直後に同点弾が生まれ、順天堂大は逆転を目指して猛攻を仕掛ける。背番号8は持ち前のキープ力でアクセントとなり、正確なパスワークで攻撃を司っていた。それはまさに、追求し続けたプレースタイルの体現でもあった。だが、2-2でタイムアップ。1試合を残して優勝の可能性が消滅し、選手たちはピッチへ倒れ込んだ。奇しくもこの試合が、新里にとって大学最後のプレーに。そして数時間後、長崎がカマタマーレ讃岐を3-1で破ってJ1昇格を決めた。
巡り合わせを感じさせる一日を経て、新里は次なるステージへ足を踏み入れた。「試合に出ていない選手がJ1のクラブに決まった例はほとんどないと思います。そういう選手を獲ってくれたことはリスクがあると思うので、結果で示せるようにしたいです」と、22歳は決意を語る。そしてこうも付け加えた。「後輩たちに対しても、良い例になれればいいなと。“ここがゴールじゃない、プロを目指してやっているんだ”という思いだけは変えないようにしていました。メンタル面の成長は確実にあったと思います」。出場機会に恵まれなくとも、信念を曲げずに突き進んできた――。強烈な自負、そして大学4年間の経験を糧に、新里はプロフットボーラーとしての歩みを進めている。
「野望を持って進み続けます」と、加入発表時にコメントした新里。果たして、初挑戦のJ1に挑むチームで輝きを放つことができるだろうか。長崎は24日の第1節で湘南ベルマーレ戦とのアウェイゲームに臨み、3月3日のホーム開幕戦ではサガン鳥栖と激突する。「ここからが本当の勝負だと思っているので一日も早くピッチに立ち、チームのために全身全霊で戦って勝利に貢献します」。信念を貫き、紆余曲折を経てたどり着いたプロの舞台。新里の言葉が現実のものとなる日を楽しみにしたい。
取材・文=内藤悠史
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By 内藤悠史