プレーをイメージする選手はいても、ヒーローインタビューの内容まで想像する選手はそうはいないだろう。「サポーターに『頼むからやってくれ!』と思われるような存在でありたい」。李忠成はいつだって自分がヒーローになると言い聞かせ、試合の前日は対戦相手の情報を入れながら何度も何度もシミュレーションを行う。
ピンチの時は李忠成が助けてくれる。そんな期待を抱くのは、アジアカップ決勝で優勝を決めたボレーシュートの印象が強いからなのかもしれない。
そう。あの時だって自分がヒーローになると言い聞かせていた。彼がここぞという場面で大仕事をやってのけるのは偶然ではない。いつだって明確なビジョンを描いている。
◆イメージの精度を高めるためには、現実の物差しが必要
――以前からイメージトレーニングを大事にしていますが、取り組み始めたのはいつ頃ですか?
日本代表に選ばれるようになってからです。プレーの質を高めたくて、どこを改善できるかと考えた時に、肉体面だけではなく、精神的にもっと自分が追求できるところがあるんじゃないかと思って。そこでイメージトレーニングにたどり着きました。
例えば、ガンバ大阪とのカップ戦決勝(2016年10月15日開催)は試合前日にスタメンではないことが分かっていたので、途中出場したら絶対に自分がヒーローになろうと決めていました。ヒーローインタビューではこんなことを言おうとイメージしていたんです。
――「このシュートで決める」と限定的な想像をするのではなく、試合後のヒーローインタビューをイメージする。
そうです。「ヘディングシュートで決めよう」と考えるよりも、もっと先のヒーローインタビューを受けている自分をイメージする。そうすることで、自分が何かしらの形でゴールを決めて、ヒーローになって、ヒーローインタビューを受けることが現実に起こりやすくなるんです。
もちろん、プレーもイメージしますよ。海外や国内の試合を観ながら、「俺ならこうする」と妄想するんです。何千回も何万回も頭の中で繰り返していると、あたかも現実でプレーしたかのように感じることができる。
最近の子どもたちはそれを「ゲーム」というツールを使って、自然にできていると思います。ポーカーや将棋は顕著ですよね。バーチャルの世界で何千回、何万回も経験しているから、年齢のわりには経験値が高い。サッカーの場合も、見方を変えるだけで様々な妄想ができる。その視点を養うだけでもサッカーはすごく上達すると思いますよ。たかが一手でも何千通りもある。例えばトラップをして前に行くのか、後ろに引くのか、横に動くのか、それともボールを止めたままにするのか。
――イメージを再生しながら、巻き戻したり、やり直したりを繰り返すんですね。
イメージすることで選択肢を作っておく。サッカーは0.01秒の世界だと思っていて、その間に引き出しの中からどれを使うかを瞬時に判断する必要がある。それを感覚でやっている選手もいますけど、僕の場合は感覚でやることに限界があった。日本代表に入ってから自分の限界を感じるようになって、そこから「いかに考えられるか」という部分を伸ばしました。
――選択肢からチョイスしたものをプレーとして体現するためには、アウトプットのスピードや精度も高める必要があるのでは?
そこは潜在的な能力だと思っています。人間の脳みそは賢いもので、一度インプットすると、アウトプットする時に反射的に反応するというか。僕は引き出しを多くすることでサッカーがうまくなりました。
――イメージトレーニングを繰り返す中で、イメージそのものの質が高まっていく実感はありますか?
当然ありますよ。バーチャルというのは、現実の世界に物差しがあるからこそ投影できるものだと思っています。サウサンプトンでプレーする前は「(フランク)ランパードってうまいな」、「アシュリー・コールは速いな」という漠然としたイメージしかありませんでしたけど、実際に対戦したことで強さや速さ、うまさの物差しを持つことができた。世界最高峰のプレミアリーグで一流の選手たちと一緒に練習をして、試合をして、ぶつかり合った経験は僕の財産です。
――イメージの精度を高めるためにはリアリティが大事であると。
サッカーをやったことがない人は「めちゃくちゃ簡単じゃん、何でこんなのできないの?」と言うけど、それは現実の物差しを持っていないからだと思います。目に見えないプレッシャーもありますよね。GKを抜いて、フリーでシュートを打ったのに外してしまう。「何で外すんだよ!」と思うかもしれないけれど、そこにはプレッシャーがかかっているかもしれない。特に日本代表戦は「絶対に負けられない戦い」と言いますよね? 選手はその重圧を感じながら戦っているんです。浦和レッズの選手であるというプレッシャーもそうですけど、あのピッチに立って実際経験した人にしか分からないものがある。言葉では言い表せないものがあるんです。やっている側は胃が痛くなるというか。特にアジアと戦う時は気持ち悪いですもん(笑)。
でも、僕はその重圧を実感したら負けだと思っているので、「何も感じていない」と自分に言い聞かせています。少しでも隙を見せたら、心の中のオオカミがポジティブなヒツジちゃんたちを食べちゃうので(笑)。一匹いるんですけど、その一匹を許してしまったら、全部食べられてしまう。いかにそいつを抑えて、ヒツジを守るかですね。
――弱い自分がいるからこそ、時には強がる姿勢が必要になる。
単に弱さを受け入れるだけではポジティブな気持ちが食べられてしまうので、強がることはバランスを保つためにも重要なことだと思います。スーパーポジティブでなければ、FWなんてやっていけない。「誰がオレを止めるんだ」、「オレがゴールを取るんだ」って、過剰なくらい自分の実力を信じていなければゴールは取れないと思います。
――李選手はよく「ヒーロー」や「主役」という言葉を使います。ご自身にとっての「ヒーロー」とは?
僕ですね(笑)。相手チームのサポーターから「この時間に出てくるのは嫌だな」と思われる存在、自分のチームのサポーターに「頼むからやってくれ!」と思われる存在でありたい。スタメンでない時は、同点か負けている時に出番が来てほしいと思っています。「オレがひっくり返してやる」という気持ちで入って、実際にひっくり返した試合もあれば、決勝点を取った試合もある。やっぱり僕にとっては、僕自身がヒーロー像ですね。
◆モチベーションを高める『マーキュリアル』
イメージトレーニングは「一瞬のプレースピードにも影響する」と李忠成は言う。そして、実際に加速をサポートしているのが、ナイキのスパイク『マーキュリアル』だ。
李が「フィット性が計算されている」と話すように、最新作はアッパー部分のつなぎ目を一切なくし、柔らかいフライニットで足全体を包む画期的な構造にすることで、極上の履き心地を実現した。
21歳から『マーキュリアル』を愛用する彼は、足を入れた瞬間にその進化を体感したという。「10年前のマーキュリアルからは想像できないくらいフィット感が進化してますね」。
支えるのは足元だけではない。奇抜なカラーリングもモチベーションを高める。「見た目に存在感がありますよね。だから、(埼玉スタジアムに集まる)約6万人の前で変なプレーはできない。いい意味で、プレッシャーになります」。ド派手なスパイクを履いてヒーローになる準備はできている。
By 高尾太恵子
サッカーキング編集部