1年でのJ1復帰を目指す [写真]=J.LEAGUE
日本のサッカー界には「J1病」という疾患がある。J2降格直後のチームは得てしてイメージと現実のギャップに苦しみ、自らを見失っていく。「もっとできるはず」というモヤモヤが嵩じて団結が揺るぎ、本来できることさえできなくなってしまう。選手や監督はもちろん、サポーターもよくこれを病むのだが、特効薬は今のところ勝ち点3しかない。
ヴァンフォーレ甲府も6年ぶりのJ2で苦しんでいる。期待したレベルの勝ち点を得られず、「J1病」にハマりかけている。開幕戦で大宮アルディージャに1-2と敗れ、続く東京ヴェルディ戦、FC町田ゼルビア戦はいずれも0-0の引き分け。甲府は3戦を終えて勝ち点2と未勝利だ。
昨季の甲府はJ1の16位に終わって降格を喫したとはいえ、15位・サンフレッチェ広島との勝ち点差は1。少なくとも内容面について手応えがあるシーズンだったし、今季は主力の残留も成功させた。今季の甲府がJ1昇格の有力候補であることは間違いない。
ただしカテゴリーが変わったことで、甲府の立ち位置は変わった。昨季の甲府は川崎フロンターレを相手に善戦するなど、格上をむしろ得意としていた。一方で同格の相手に強みを出せず、36試合で23得点の結果が示すように攻撃力を致命的に欠いていた。甲府が格上用に特化したスタイルをJ2に持ち込むことは、無謀な行為だ。
またJ2は「キャラ立ち」した相手が多いカテゴリーだ。攻撃に限っても徹底的につなぐチーム、パワフルに蹴り込んでくるチームと両極に分かれる。戦術的にも東京Vは相手に合わせて布陣や攻守の狙いをアレンジしてくるし、町田は「自分たちのやり方」を押し通す。
そんな中で甲府には二つの大きな課題がある。一つはチームの絶対値、特にアクションの質をどう高めるか。もう一つはキャラ立ちした相手にどう対処して、目先の試合を切り抜けるか。この二つの命題はともすると二律背反を含んでいて、「相手に合わせすぎる」ことでチームは自分たちの立ち戻る場所を失うことがある。
吉田達磨監督はリーグ戦の3試合で17名を先発で起用し、スタートの布陣も「3-4-2-1」と「4-1-4-1」の二種類を使い分けている。「相手に合わせて人と布陣、スタイルを使い分ける」姿勢をはっきり打ち出している。しかしそんな微修正に並行して、甲府がJ2の上に立つための絶対値を上げることは難題だ。実際に守備は昨年に引き続いて安定しているが、3試合で1得点という結果が示すように攻撃面で怖さを出せていない。
東京V戦の甲府は相手の3トップに対応して、4バックの形を採った。ハイプレスをかけてくる相手に対して、それを逆用した攻めを狙った。プレスを開放して前に強く踏み込んでくる相手の間を通せれば、「その次」の展開が楽になる。相手DFラインが連動して押し上げていれば裏が空くし、ラインを上げていない場合はその手前で2列目がボールを持てる。逆に蹴ってしまうと相手の思うつぼで、マイボールを失う可能性が高い。
小瀬のリアクションを見た率直な印象として「相手のハイプレスは自分たちのチャンス」という感覚を甲府サポーターはまだ共有できていないように感じた。しかし「プレスの逆用」はチームが昨年以上を目指すなら取り入れねばならないプレーだ。
東京V戦の試合後に、島川俊郎はこう説明していた。「一つ自分が(コントロールミスを)食われてしまいましたけど、あれくらいのプレッシャーだったら外して行ける。もっとシンプルに外していけるようにならないといけない。逆に相手があれだけ前に来ているということは、スペースがあるので逆にチャンスだと思っている。あとは相手を見て、どこが空いて誰がフリーになってというのをもっとみんなで共有できればもっと良くなる」
吉田監督もこう述べていた。「スペースも見えていましたし、(ハイプレスを)外していけばいいと思いました。GKが島川に入れてそのまま持っていかれたシーンは印象に残りますが、あれ以外取られていないし、全部前進している。一か八かで失うことを覚悟して大きく蹴るのもいいし、一回相手に渡してから奪い返すのもそれはそれでいいと思います。僕らも途中から長いボールを使いました。だけどなぜ長いボールが効くか、なぜあそこで相手が誰も金園に競れないかは考えるべきポイントだと思います」
甲府が第3節で対戦した町田は東京V以上のプレス強度を持ち、また前後左右の幅を詰めて、攻守ともに固まりで押し込んでくるスタイルだ。ただ逆に言えば「サイドと裏」のスペースが空いている。甲府は2トップの相手に対して3バックを選択し、ウイングバックがあらかじめ「幅」を取る陣形を用いた。
加えて町田市立陸上競技場の芝はボールによく絡む特性がある。そのような中で自陣の深い位置で細かいパス交換を用いてプレスを開放することは容易でない。
吉田監督は町田戦後にこう述べていた。「なかなかグラウンダーのパススピードが上がらない。技術の問題があるのかもしれないけれど、単純にそういうもので仕方ない。距離を縮めてもう少しスピードを上げるのか、二つ三つ飛ばすような一気に展開するパスをつけるのか。両方あったと思いますけれど、僕たちはまだそこまで(のレベル)じゃない」
「より小まめに動かす」「より大きく動かす」という二者択一がある中で、甲府は後者を選択した。つまり町田に対してはショートパスに多用よるプレスの開放を自重した。
指揮官はこう振り返る。「いつもと違う戦い方を強いられることは徹底したつもりでしたけれど、自分たちで『自分たちが何か上手く行っていない、パスがつながってないから駄目なんじゃないと』思い込んでいるだけだった。何かモヤモヤした、上手く行っていないという思い込みで前半を終えてしまった」
町田戦の前半、甲府は「J1病」に苦しんだ。後半ははっきりしたプレーが増え、流れも引き込んでいたが、69分にゲームキャプテンで守備の柱だった新井涼平が退場。そんな中でも攻勢を強め、後半ロスタイムの95分には田中佑昌が抜け出す決定的な1対1もあった。しかしこの試合最大の決定機を逃し、甲府は2試合連続のスコアレスドローにとどまった。京都サンガF.C.、大宮に連勝中だった町田から勝ち点2は奪ったが、この結果に満足している選手はいない。
町田戦後に島川はこう反省を述べていた。「僕の責任だと思っていますが、攻撃のスタートに上手く入れなかった。DFラインの3枚と僕で、相手の2トップを牽制できればよかった。相手の2トップがウチの3バックにプレッシャーをかけたとき、僕は空いてくる。そのタイミングでしっかり(パスを受けてつないで)前につけていかないといけない」
決して大きな隙はないが、町田がプレスに来ている中にも、間で前を向いて受けられる一瞬はある。そこを使えれば、流れは変わっていただろう。つまり甲府はサイド、裏を活かすアクションに入る「一歩手前」に課題があった。
サッカーは突き詰めればシンプルなスポーツだ。相手が動けば、新しいスペースが必ず空く。プレスが強ければ、その逆の矢印にボールを動かせばいい。スペースの狙いどころ、ボールを動かす矢印をチームで共有し実行すれば、攻撃の威力は増す。いい位置で前向きにボールを持つ回数が増えれば、自然と得点力も上がる。相手より先に判断、実行するという「先手の取り合い」で上回れば、確実に勝率は上がる。
甲府は東京V戦と町田戦を見る限り、相手を見てその弱みを突く作業を実践していた。問題はその作業をもっと高い頻度と精度で、躊躇なくシンプルに実行することだ。もちろん「熱く」「がむしゃらに」プレーして現状を打破するという発想もあるだろう。しかし原則を浸透させた上で考えずプレーすることと、開幕直後の今から考えずプレーすることの意味は全く違う。
町田戦からエース候補のジネイ、左ウイングバックの高野遼が陣容に加わったことは甲府にとって明らかなプラスだ。ジネイについて吉田監督は「まだ5、6割」と評していたが、彼とリンスの2枚が揃えばJ2の中ではトップクラスの破壊力が生まれる。人材は揃ったし、チームとしてJ2を戦うためのプロセスも順序立てて踏んでいる。ただしどんなに言葉を連ねても、結果が出なければサポーターの信頼は生まれない。
もちろん精神的な部分は大きい。例えば「残り20分で同点」の状況で焦るか、冷静にプレーするかで結果も違ってくる。ゴールや勝ち点が積み上がれば、チームは余裕を手にできるし、いわゆる「ケチャップの蓋」も空く。しかしその余裕は自分で手に入れるしかない。J1病は自力で努力を積み上げて克服するしかない。
文=大島和人
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