[写真]=野口岳彦
Jリーグが開幕してから25年。日本代表はワールドカップへの連続出場を続け、国外へ活躍の場を移したサムライたちのプレーを毎週末見るようになった。
一方で、W杯本大会での結果が向上し、海外へ活躍の場を移した選手がいいプレーを常に見せられているかと言えば、確信を持って「YES」とは言い切れない。アジアの舞台でも昨季こそ浦和レッズが頂点に立ったが、例年、そろって日本勢がACLで上位に進出しているわけではない。
世界で戦い、世界で活躍していくためには何が必要か。
Jリーグでは自身のステップアップのため、いい給料をもらうためなど、様々な目的を持って、全世界から選手が集まっている。
その外国籍選手たちに母国でのサッカー環境や教育環境、日本サッカーへの提言などを聞き、日本サッカーのさらなる発展に必要なことのヒントをもらう企画“【シリーズ・外国籍J戦士に聞く】異なるサッカー文化から学ぶ、強化への道筋”をスタート。
第1回は元クロアチア代表で2009年から9年間サンフレッチェ広島でプレー。2018シーズンからは湘南ベルマーレで日本での10年目のシーズンを迎えているミハエル・ミキッチ。日本で生活し、子どもたちも日本の学校に通わせるなど、両国のサッカー以外の面についても多くを体験しているハードワーカーに話を聞いた。
インタビュー=小松春生
写真=野口岳彦
■ミキッチの少年時代、教育環境は?
——サッカーを始めたきっかけから教えてください。
ミキッチ ディナモ・ザグレブの試合を見て、面白さに惹かれたことがきっかけです。5歳になったら友達とボールを蹴り始め、小さいクラブでトレーニングを始めました。
——サッカーの世界に導いてくれたクラブでプレーすることができたんですね。
ミキッチ ディナモでプレーすることは小さい頃からの夢で、実現できたときは嬉しかったですね。その時に、『夢を叶える強い気持ちがあれば叶うんだ』と知りました。目標を達成するためには何をしないといけないのかを実感できたんです。クラブへの憧れはずっとありましたし、自分も早くそのピッチに入りたいと強く願っていましたから。
——ミキッチ少年はどんな少年でしたか?
ミキッチ とにかく活発でしたね。いろいろなことに興味を示していましたし、常に何かをやっていた少年でした。ザグレブから少し離れた田舎町に住んでいましたが、当時は携帯電話もないですし、いつも両親が私のことを探して回る毎日だったので、困らせていましたね(笑)。
——街中にはサッカーができるような広場があったんですか?
ミキッチ 学校の校庭が自由に使えましたし、空き地や公園もたくさんあったので、そこでボールを蹴っていましたね。夏休みが3カ月くらいあるんですが、毎日友達と夕方に待ち合わせて、夜まで学校のグラウンドでサッカーをやっていました。クロアチアの子どもたちには、サッカーが一番人気のスポーツで、他はバスケットボールとハンドボールですね。
——ユーゴスラビア時代の教育環境をお聞きします。義務教育はありましたか?
ミキッチ 8年間の義務教育があり、そのあとは自分で選べ、3年コースと4年コースがあります。4年コースに進むと大学に行ける資格を得ることができ、専門的な分野を学びつつ、大学へ進学するかを自分で決めます。3年コースは大学入学資格を得られない代わりに、卒業してからすぐに働けるように専門的なことを学びます。義務教育として小学校が8年間あり、その後は自分で決めるシステムです。
——スポーツ面では、日本には部活動がありますが、プロスポーツ選手を目指す人たちはどういう学生時代を過ごすのでしょう?
ミキッチ スポーツ能力が高くて有望な人の多くは義務教育の後、3年コースに進みます。そこで学校生活を送りつつ、クラブチームに所属してスポーツを頑張る。もしくは4年間の体育学校があり、大学に向けて勉強しつつ、プロになるための体を作り、技術の向上を図ります。
■日本の選手はすごく恵まれているが…
——クラブチームの環境面は整備されていますか?
ミキッチ ディナモを含めた数クラブを除いて、下部組織の環境は非常に悪いと思っています。ピッチは悪く、着るものも全員一緒ではありませんし、スパイクもボロボロのものです。毎日が劣悪な環境との戦いでもあります。
——そこでハングリー精神が培われるとも言えますね。
ミキッチ その通りです。小さいクラブ、環境の悪いクラブでプレーしている子どもたちにとって、まずそこで一番にならないと他のチームには引き抜かれません。より良い環境でプレーするには自分の力を見せないといけませんし、誰よりもうまくならないといけません。それはどの子どもたちも常に持っているもので、ハングリーさにつながっていますし、勝者のメンタリティにもつながっています。環境が悪いことは、良いことだと思いません。でもサッカー選手にとっては良い環境と言えるのではないでしょうか。成功例で圧倒的に多いのは貧しい家庭で育った選手です。裕福な家庭で育ち、ビッグなプレーヤーになった例はほとんどないと思います。私も最初の1年間は友達のお古のスパイクを履いてプレーしていました。
——日本は環境が良すぎるあまり、精神力のタフさが欠けるため、世界に出たときに勝負できない部分があると感じることがあります。
ミキッチ 私もそう思っています。日本の選手はすごく恵まれている。それは非常に良いことだと思いますし、そうあるべきだと思います。ただ、違う面で言えば、例えばザグレブでプレーした選手が、ヨーロッパの中堅クラブに移籍した場合、失敗したらそのまま古巣クラブに帰ってくることはできません。でも、日本の選手は、ヨーロッパで失敗してもどこかで「また日本に戻れる」という選択肢を持っているのではないのでしょうか。その選択肢を捨てて、本当の意味で「海外で勝負」する。それができれば、もっとハングリーに自分の力を出し、ヨーロッパでもっと大きな成功を得られるんじゃないかなと思います。
——“覚悟”ですね。
ミキッチ そうです。Jリーグで結果を残してヨーロッパへ行った選手の中には、結果が出なくても「日本のチームに戻って給料をもらうことができる」という気持ちを持っている人もいるかもしれません。現地で一生働かなくてもいいくらいの稼ぎがあるかと言えば、そうではない。でも、将来日本に帰ってくる可能性は大きいし、お金をもらい続ける可能性も大きい。どこかにそういう気持ちがあれば、本当の意味でのハングリー精神を持って戦うことはできません。ヨーロッパでトライしてダメだったら日本のクラブとまた契約することは、選手にとってはすごく良いことだと思います。でも選手の勝者のメンタリティを育てるという点で考えると良いことではない。私は、岡崎慎司選手(レスター)が真の勝者のメンタリティを持っていると思っています。安定を求めず、難しいことにトライし、常にステップアップしていますから。
■来日して数カ月は様々なことをしっかりと観察した
——ご両親や育成コーチ、学校の先生から、教育方針で口すっぱく言われたことはありますか?
ミキッチ 共通して言われたことは、「人として徳の高い人間になる」ということです。「困っている人がいたら手を差し伸べる人間になってほしい」。これは両親に何度も言われていたことですし、監督や先生もそうでした。サッカー選手として以前に、人として良い人間になること。どういった立場であっても、分け隔てなく接し、困っている人がいたら自分が助けてあげる、ということです。
今、私が親という立場になっても、娘には同じことを伝えています。そして、妻が世界各地でいろいろなものを経験し、いろいろな人と触れ合い、その経験を子どもたちに教えてくれていることも、私にとって幸せなことなんです。
もう一つは、「こういう職業に就け」とは言いません。ただ、「何をしてもいいけど、自分が好きなことを仕事にするほうがいい」ということ。そして「もし、その仕事をするのであれば、その中で一番になれ」ということです。どんな職業であっても一番になることを考えてほしいですし、常にサポートをすると話しています。多くの両親は子どもの可愛さが故に、良い大学に行かせたいとか、給料の高い職業に就かせたいという思いがあるでしょう。ただ、それが向いていなかったり、仕事に対してのモチベーションが生まれないものであれば、全く意味がありませんよね。
——娘さんは日本の学校に通われています。ご自身の母国ではない国での教育に抵抗はありませんでしたか?
ミキッチ ありません。日本語を話せること、ひらがなを書き、カタカナを書き、漢字を学ぶことは、大きな財産になるでしょう。日本の文化も学ぶことができますしね。それはお金では買えない、人生の最後まで自分の中に残るものですから。
——ご自身が受けた教育と、お子さんが日本で受けている教育でギャップを感じる部分はありますか?
ミキッチ 一番は教育レベルの高さですね。数学の解き方にしても、日本はより頭を使って考えさせる問題の出し方をしています。そういう意味でも日本の方が良いと思いました。また、クロアチアの学校と違うのは、目上の人への尊敬の気持ちを持つということです。規律がしっかりし、規則正しくしているところが私の学校とは違いました。私自身も日本に来てから人間が変わったと思いますよ。
——規律の部分でしょうか?
ミキッチ 礼儀正しさですね。クロアチアでは少しでも問題があると、すぐ口論になります。それは年上が相手でも関係ない。日本の人たちの様子を見て、より落ち着いて冷静に物事を考えられるようになりました。人との接し方に関しても礼儀正しくなりましたね。
——戸惑いももちろんあったと思います。
ミキッチ もちろん、全く違う文化なので最初の3〜4カ月は戸惑いました。ただ、その数カ月の間、日本とはどのように機能しているか、日本人とはどういう物事の考え方をしているのかをしっかりと観察しました。それが理解できた時、これほど良い国はないと思えたんです。逆に、今ではザグレブへ帰った時に人々の振る舞いや行動に戸惑ってしまいますよ(笑)。
■選手、環境、メディア…日本が強くなるため必要なこと
——日本とクロアチアでのフットボールの違いは何でしょう? 日本が見習うべき点はたくさんあると思います。
ミキッチ “全身全霊を懸けた戦い”という場が足りないと考えています。例えば湘南ベルマーレと川崎フロンターレの“神奈川ダービー”が戦争のような激しさ、絶対に勝つという雰囲気をまとった大舞台であるのか。サッカーを文化にするには、そういう試合が多くあるべきですし、NHKでトップリーグが放送され、ハイライトも放送されている環境があり、週末は自分が応援しているチームの試合を見に、スタジアムまで足を運ぶ、ということが行われている日常です。そういうサッカーの文化は、まだ日本には根付いていません。
サッカーがもっともっと注目されるスポーツになっていかないといけないと感じます。例えば鹿島アントラーズとガンバ大阪の試合を日本中が注目し、テレビでもその対戦の分析や議論が一日中やっているような国になってほしい。そして、それを見た子どもたちが、「こういう舞台で戦いたい」、「自分もサッカー選手になりたい」と思えるような存在になってほしいですね。
メディアの人たちも、もっとサッカーを深く知って、その上で評価をするべきですし、記事を書くべきです。この選手の調子が良かった、悪かっただけではなく、どういう部分が良かったのか、悪かったのかというところ。そして、自分の意見をはっきり書くということです。同じような記事を並べるではなく、自分の思ったことを伝えてほしい。本当の批評をしてほしいと思いますし、そこから議論が生まれることで、レベルが上がっていく、サッカーも文化になっていくと思います。
——最後に今後について。これからも日本とクロアチアの懸け橋のような存在になってほしいと思っています。
ミキッチ 今、言ってくださった以上に、私は架け橋になりたいと思っています。日本のことが大好きですし、日本で学んだことがたくさんあるので、二つの国を繋ぐ役割をして、恩返しをしたいと、いつも思っています。将来は監督になりたい気持ちもありますしね。ザグレブでコーチングライセンスを取ったら、日本で監督をして、日本サッカー界を盛り上げ、貢献していくことが、目標の一つです。
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By 小松春生
Web『サッカーキング』編集長