フランス2部リーグのアジャクシオへの期限付き移籍が決まった澤井 [写真]=J.LEAGUE
思わぬ形で、夢の扉が開いた。
「フランスとか、興味あるか?」竹本一彦ゼネラルマネージャーの何気ない一言から、すべてが始まった。ヨーロッパでのプレーは、澤井直人が子供の頃から思い描いたプロサッカー選手としての自分の未来像の1つ。加えて、出場機会を得らていない現状。「もちろんです!」即答とともに、話はとんとん拍子に進んでいった。決まった移籍先は、フランスリーグ・ドゥ(2部)のACアジャクシオ。東京ヴェルディが、今年5月から業務提携を結んだ、フランス・コルシカ島を本拠地とする古豪クラブである。今まさに、目標が、現実のものとなった。
とはいえ、その胸中は少し複雑だ。出場機会を求めての期限付き移籍という形だからである。サポーターやお世話になった方々の顔が思い浮かぶ。昨年2月5日、キャンプ中の練習試合で、アキレス腱断裂の大怪我を負った。絶望の淵にあった澤井を支えてくれたのが、「待ってるぞ」と、常に温かく声をかけ続けてくれたサポーターと、完全復帰に至るまでに関わってくれた周囲の人々だった。恩返しのためにも、「支えてくれたみんなに、活躍している姿をヴェルディで見せたかった」。
怪我も完治し、レギュラー獲りへ向け、満を持して挑んだ今シーズンだった。「今年はキャンプからプレーができていて、監督のやりたいことも、去年外から見ていて、自分が入った時にどうしようかというのはずっと考えていたので、求められていること、プレーは理解できていました」。だが、「単純に、それをピッチで出せなかったというのもあるし、監督が求めていることと、僕の良さというのが、あまり一致しない部分が多かったのかなと思います」。リーグ戦わずか4試合出場に止まっていた原因を、自分自身の中でも、しっかりと受け止められている。とはいえ、決してポジション奪取のチャンスがなかったわけではないことも、反省点として認めている。「個で仕掛けられなかったことが、自分の弱点というか、今季突きつけられた課題だと思っています。監督の求めるものはあったとしても、結局、僕がサイドでボールを持っていて、1対1で仕掛けられたら、監督は絶対に使ってくれていたと思うし。個の崩しの技術が自分には足りなかった。そこは、本当に反省点として悔やまれます」。
その、自分に足りないものを補うのに、「フランスは一番適していると思うんです」。ヴェルディ生え抜きの23歳は目を輝かせる。「日本では、1対1の場面があったとしたら、周りがカバーに入って、2対1を作ってボールを奪うことも多い。でも、フランスでは、1対1は1対1。カバーなんて行かないと聞いています。負けたらその選手の責任だし、勝ったらその選手の手柄だ、みたいな感じだと。つまり、1対1に勝てなかったら、もうどうしようもないということです」。否応無しにも仕掛けざるを得ない環境で、個の強さを徹底的に磨きたい考えだ。
一方で、この1年半の間、ロティーナ監督からポジション重視のサッカーを学べたことが、今後ヨーロッパでプレーをする自分を強く支えてくれるであろうことを、すでに確信している。「ロティーナ監督の下でここまでやってこれて、サッカーについて、今までとは比にならないぐらい、よく考えるようになりました。どこでボールを受けるのかとか、次どこでどうすればこうなるとか、すごく細かく教えてくれたので、賢さを身につけることができました。監督のサッカーは、絶対にフランスでも通じるものがあると思う。教わったことをしっかりと出せれば、より成長できると思います」。
現在、東京Vはプレーオフ進出圏内の6位につけ、いよいよJ1昇格へ向け、本格勝負の終盤戦に突入する。士気を高めたい大事な時期にもかかわらず、チームを離れ、海を渡っての武者修行へ快く送り出してくれたスペイン人指揮官に、感謝せずにはいられない。また、同時に、「試合に出られていないこの状況で、この大チャンスをくれたクラブに、何よりも一番感謝してます」。個人としての挑戦はもちろんだが、今回の移籍が成立したのは、東京Vとアジャクシオによる『業務提携』という大きな後ろ盾があるからこそ。小学生時代から、東京Vのアカデミーで育った“生え抜き”である澤井だからこそ、クラブ側も、東京Vの未来を託しことは、本人も十分理解している。「自分次第で、この後も両クラブの関係が続くかどうかに関わってくることは十分わかった上で行かせてもらいます。僕がよくなければ、今後続かない可能性もある。後輩たちのためにも、その責任をしっかりと背負って、サッカーだけではなくて、コミュニケーションなどの部分でも積極的にやってきたいと思います」。
移籍が発表される3週間前ぐらいから、独学でフランス語の勉強を始めた。以前、4年間英会話を習い、それなりに身には着いたが、「今回、英語が全然役に立たない。それぐらい超むずかしくて、全然覚えられないんですよ」。フランスでは、通訳はつかない。すべての面で“体当たり勝負”が待っている。だが、覚悟はできている。「もちろん不安も大きいですし、間違いなく苦労もすると思います。でも、すべてを吸収するつもりで行って、不安も楽しめるような経験にしてきたい。海外経験者の方々みんな、『馬鹿になれ』と教えてもらっているので、サッカーも生活も、すべての面において、いろいろ好奇心旺盛にいきたいと思っています」。
実は、密かにチームメイトや現地の人々に受け入れてもらうための作戦を、すでにいくつか考えている。コルシカ島にちなんだ一発芸的なものだが、それが果たして披露される日が来るのか。その日まで内容は伏せておこうと思うが、入団会見の席でも、早速、持ち前の笑顔と流暢(?)なフランス語で挨拶をし、会場の空気を和ませた。
コルシカ島は、ナポレオン・ボナパルトが生まれた街としても有名だ。来年、そのナポレオン生誕250周年を迎えるとあり、島を挙げて大きな盛り上がりをみせているという。「僕も、その盛り上がりに肖って、乗っかりたい。このチャンスだけは、絶対に無駄にしたくないです。僕をさせてくれたサポーター、お世話になった方々にも、他の国で活躍している姿をもう1回見せられれば、少しは恩返しになると思いますし、東京Vの後輩、アカデミーの子たちにも、すごく刺激になると信じています。『東京V』を背負って、行ってきます!」。
ここまで育ててもらった恩。自分にクラブの未来を託してもらった責任。そして、欧州挑戦という最高の喜びに胸を膨らませ、フランスでの日々がスタートした。
文=上岡真里江
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