全てが「電撃的」だった。
夏の移籍ウインドーが閉まった後の8月22日。ヴァンフォーレ甲府を契約解除となっていたジネイは、ブラジルのクラブに戻るための準備を万端に整えていた。もちろんフライトスケジュールは決まっており、主な荷物もすでに母国へ送り済み。キャリーバッグには手荷物を詰め込み、翌日には後ろ髪を引かれるような思いを抱えながら日本を離れる…はずだった。
だがその日の昼間、“運命”が動いた。ランチを食べているとき、1本の電話が鳴る。「松本山雅FCが興味を持っている」。家族はすでに帰国しており、ブラジルのクラブとの交渉も進んでいる段階だ。だが3シーズンを過ごして日本に愛着を持っていたジネイは即座に、松本でプレーできる可能性に懸けた。機上の人となるはずだった翌日には練習参加し、トレーニングマッチを経て契約に至った。
当初は松本としても、ジネイを獲得する予定はなかった。今年11月で35歳となるし、右ひざのケガも懸案材料。実際、今季の甲府でも12試合1得点と十分なパフォーマンスを発揮できずにいた。だが永井龍、三島康平、小松蓮ら1トップ型のFWが高崎寛之を除いて軒並み離脱するという緊急事態を受けて急きょ方針を変更。「今日までなら間に合う」という紙一重のタイミングでジネイ側と接触し、電撃的に加入が決まった。
敬虔なクリスチャンである本人の言葉を借りれば、まさに「神のお導き」とも言えるような数奇な巡り合わせだ。「甲府でも試合に出ていなかったのに、松本からオファーが来たのは奇跡。このチャンスを絶対にムダにしたくないという一心で1日1日を過ごしている」。生来の真面目な気質が、松本でのプレーにさらなるエネルギーを吹き込んでいる。
それを体現したのが、J2第32節アビスパ福岡戦だった。0-0の78分に投入され、迎えた後半アディショナルタイム1分。自陣センターサークル内から岩上祐三が自身を目がけて浮き球のFKを蹴り入れてきた。この瞬間ジネイの脳裏には、2つのシーンがよぎっていた。1つはブラジルで決めたゴール。もう1つは鹿島アントラーズ時代の2016年J1第17節、オフサイド判定で取り消された「幻のゴール」だ。
それを再現すれば、ゴールは決められる。松本に恩返しができる。相手GKのポジショニングを間接視野で確認し、マーカーを振り切ってジャンプ。点でピタリと合わせたヘッドは、GKの頭上を越えてネットに吸い込まれた。本来ならチャンスでも何でもないシーンから魔法のように生まれた、まさに電撃的な決勝弾。チームメイトから歓喜の祝福を受け、名実ともに松本の一員となった。
その1週間後、第33節レノファ山口FC戦。収録したばかりの選手紹介映像が大型ビジョンに流れ、75分に投入されて初めてホームのアルウィンでプレーした。「自分の名前をサポーターが呼んでくれて本当にうれしかった」。ただでさえ優しげな顔立ちが、さらに幸せそうな笑顔に変わる。ただ、恩返しはいくらしても過ぎることはない。「来た当初よりコンディションは全然良くなっている。どの選手も思うことだけど、もっと長い時間試合に出たいし結果で示したい」とさらなる活躍を誓う。
そのための環境も整っている。そもそも湘南ベルマーレ時代は曺貴裁監督のもとでプレーしており、「ソリさん(反町康治監督/2009~11年に湘南を指揮)が元祖で湘南に置いていった流れがあるので、こういうサッカーも経験済み。何もびっくりすることはない」と走力を注ぎ込むスタイルにすんなり適応。負傷に伴って母国で治療していたパウリーニョも再来日したほか、先日はセルジーニョの妻の誕生日パーティーに招待されて歓談。「家族は恋しいが、チームメイトのブラジル人が紛らわせてくれている」と笑みを浮かべる。
松本は第33節終了時点で暫定首位に立っているが、上位争いは熾烈で一切の予断を許さない。激戦を勝ち抜くためにも、電撃的に現れた助っ人にはさらなる結果が求められる。ただ1トップの顔ぶれはほぼ戦列復帰済みで、まずはチーム内競争に勝つのが大前提だ。「コンディションは80%くらいで、あとは試合勘を取り戻すために試合に出続けることが大事。チームのために経験や能力を出していきたい」。シーズン残り9試合、”ジネイの恩返し”はまだまだ続く。
文=大枝令
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