大分との首位攻防戦に敗れた [写真]=J.LEAGUE
まさに天王山だった。
明治安田生命J2リーグ第39節、大分トリニータ対松本山雅FC。暫定首位の松本が、勝ち点差1で同2位大分のホームに乗り込んだ一戦だ。遠隔地にも関わらず約800人のサポーターが大分銀行ドームに詰めかけ、長野県内の民放も1局を除いて現地入り。普段ならアウェイとは無縁の一般紙記者も見かけた。それだけではない。ホームのサンプロ アルウィンでは松本市がパブリックビューイングを開催。4年ぶりのJ1昇格へ、全てのエネルギーを凝縮させてその一戦に臨んだ…はずだった。
だが、想像以上に残酷な現実を突き付けられた。攻守の切り替えで圧倒され、シュートわずか3本でノーゴール。ボールを奪っても即時奪回され、時折プレスをかいくぐったところで1トップの高崎寛之は厳しいマークに遭って仕事をさせてもらえない。前田大然とセルジーニョの2シャドーに加えて、3バックの一角を担う浦田延尚までもが負傷離脱した苦しい台所事情を差し引いても、彼我のパフォーマンスに大きな差があったことは否定できない。そもそもケガ人のマネジメントを含めてのチーム力だし、古今東西のサッカー界を見渡しても好んで故障する選手など誰一人としていないだろう。これが松本の現在地なのだ。
スコア以上の力量差を見せ付けられた、ショッキングな90分間。シーズン残り3試合の正念場でこの敗戦からくみ取るべきものは、2つの意味での「ヘッドアップ」に他ならない。
まずはピッチ内から。この試合では、ボールサイドに寄ってくる相手のプレスをかいくぐるパスがほとんど出せず手詰まりとなっていた。「うまく連動してうちの良さを消してきていたし、うまく守られてしまった」と今井智基。ヘッドダウンしてドリブルに入るものの、すかさず1対2などの数的不利で奪われて再び守備に回るシーンが続出した。32分の失点も最終ラインが持ち運ぼうとしたところで2人に囲まれてロスト。そこから鮮やかなコンビネーションのショートカウンターでゴールを割られた。
「ボールを奪ったときにヘッドダウンして視野が狭い我々と視野の広い向こうの差。向こうに一日の長があった」。試合後の会見でも、反町康治監督はそう口にした。本来なら大分の3バック右を務める岩田智輝が松本のシャドーに食い付いてくると見越し、その裏に生じるスペースを突きたかったところ。だが先制点を奪われて以降、特に後半はボールを持っても5-4-1のブロックを形成され、手詰まり感の打破には至らなかった。ヘッドアップして厳しいエリアに縦パスを差し込めるか。そうしたボールを引き出す動きができるか。残り3試合、ここで得た大きな教訓を生かさない手はないだろう。
もう1つは、メンタル的な意味でのヘッドアップだ。この敗戦を受けて「今季は終わった」とシニカルに構えることは誰にでもできるが、少なくとも現場は何一つ諦めていない。試合直後のミックスゾーン。3試合ぶりに戦列復帰した橋内優也は「重要な一戦での負けというのは誰もがわかっている。サッカーを見ている人なら『ああ、今日は松本が落として大分が勝ったんだ』と思ったはず。でも、一丸となってまとまるのはうちのスローガンでもある。残り3試合でどれだけリバウンドメンタリティを発揮できるかが大事。そこを改めて再確認してゲームに向かっていく」と気丈に振る舞った。
永井龍も同調する。今季は相次ぐケガに泣かされ続けたが、この日は途中出場で好パフォーマンスを披露。「笛が鳴った瞬間、次に切り替えようと思った。次が本当に大事な試合なので、なんとしても勝ちたい」と覇気をみなぎらせる。次節は“天王山・第2幕”とも呼ぶべき5位東京ヴェルディ戦。前回対戦時は1-2で逆転負けしたが、自身は加入後初ゴールを決めている。「点を取れている相手なのですごくイメージもいい。借りを返すという意味ではいいタイミングで試合に臨めるし、そこを叩けば本当にチームは波に乗れる」。こうした言葉を拾っていくと、すでに精神面でのヘッドアップは済んでいるようにも受け取れる。
そして最後に、松本を松本たらしめる「12番目の選手」のヘッドアップにも触れないわけにはいかない。記憶にある範囲では、九州のアウェイとしてはJ1初昇格を決めた2014年のアビスパ福岡戦に次ぐ規模のサポーターが私費を投じ、時間を割き、遠路はるばる応援しに来た。なす術なく敗れてブーイングを浴びせても不思議ではない試合終了直後、引き上げていく選手にこんな歌詞のチャントを送った。
「どんな時でも 俺たちはここにいる 愛を込めて叫ぶ 山雅が好きだから」
その愛が無償で永続的かどうかは別だ。とはいえ、残り3試合を駆け抜けるうえで無上のエールになったことは間違いないだろう。そもそもリーグ大詰めでJ1昇格の可能性が残っているのは、J1ライセンスのないFC町田ゼルビアを除けば1~7位までの6チームだけ。まだ何も失ってはいないのだ。顔を上げて前を見据える、ヘッドアップ。松本が取るべき姿勢は、まさにその言葉に集約される。
文=大枝令
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