天皇杯準々決勝、汰木はJ1王者の川崎相手に得意のドリブルで好機を作りジャイアントキリングの立役者となった [写真]=J.LEAGUE
10月24日に行われた天皇杯準々決勝で、モンテディオ山形は川崎フロンターレに3−2と勝利した。木山隆之監督が「ここ数年のJリーグで一番レベルが高いチーム」と評したJ1首位の実力者は、ベストメンバーで山形に乗り込んで来た。指揮官は「なんとか活路を見出すために、カウンターとセットプレーにしっかりパワーを注いで行こう」と方針を示して選手たちを送り出す。その目論見通り、山形はセットプレーで2点、カウンターから1点。シュート5本で3ゴールを決めて、倍のシュートを放った王者との点の取り合いを制した。
全員が持てる力を出し切ったと言える山形の選手の中で、ひときわ鮮烈な印象を残したのが汰木康也だ。この日、深い位置の守備から飛び出した汰木が、川崎ゴールへと風を切って走る姿に、山形サポーターは何度湧いただろう。圧巻は後半開始直後のカウンターだ。山形陣内に攻め込む川崎の最終ラインがボールを持った時、阪野豊史のプレスが横パスのズレを引き出した。これをすかさず汰木が拾い、奈良竜樹をスピードで振り切って駆け上がる。カバーに戻る谷口彰悟の外を阪野が走るのを見て、谷口が触れないコースに絶妙のクロス。阪野は文字通り、決めるだけ。結果的にはこれが決勝点になった。
望外の3点目にチームメートもベンチもスタンドも喜びを爆発させる中、汰木はこの時ピッチに膝をついたまま、何か足を気にするようにして一人うつむいていた。どこか傷めたのかと心配したが、後で聞くと「パスを出した時に転んじゃって、膝にいっぱい芝がついたので払っていました」と言う。クールなのか照れ隠しなのか。だが、そのうつむく背中にチームメートが抱きついて祝福した時、汰木の顔に浮かんでいたのは最高の笑顔だった。
この試合は、汰木個人にとっても少し特別なものになった。それは、小学生で横浜FMプライマリーに入り、ジュニアユース、ユースと同じ道を歩んだ先輩、齋藤学が同じピッチにいたからだ。年齢は齋藤が5歳上だが、汰木は高3で2種登録されており、トップチームに合流してよく一緒に練習をした。その年(2013年度)の天皇杯は横浜FMが優勝。広島との決勝戦で齋藤が先制ゴールを決めたのもよく覚えている。日本代表にまで駆け上がった高速ドリブラーは憧れの存在だ。だから今も、試合前には齋藤のプレー動画を見てイメージトレーニングをしているという。
「川崎戦も試合前、ロッカーで学君のスーパープレー集を見ていたんですよ(笑)。それで同じピッチに立ったので、何か不思議な感覚でしたね」
この日の齋藤はやや精彩を欠き56分で交代したが、汰木は「成長したところを学君に見せたい」と思いながらプレーした。「楽しかった」という感想は、それができたという手応えだろう。
だが一方で、憧れの先輩の立つ場所と自分との距離もわかっている。今季、リーグ戦の出場は39節まで28試合だが、先発は8試合。ゴールは2点に留まる。局面を一人で打開できる持ち味は認められつつも、守備面と、何よりフィニッシュの精度という克服すべき課題がある。川崎戦でも、決定的なゴールチャンスは2度あった。1度目はGKチョン・ソンリョンと1対1になり、かわしたところで倒された。ペナルティエリアの外だったため、得点機会阻止でチョン・ソンリョンにレッドカードが提示されたが、汰木は天を仰いで悔しがった。キーパーを退場させるより、ゴールが欲しかった。2度目は終盤、リターンパスを胸で落としてディフェンスを抜いたが、キーパーの頭上を越えるループシュートはクロスバーに弾かれた。
楽しかった試合は、あらためて課題を痛感した試合でもあった。だから、昇格の可能性が消えたリーグ戦の残り3節も、汰木にとっては大切な時間だ。
「残りの試合で1点でも多く取りたい。リーグ戦で結果を出せば調子が上がるし、天皇杯も使ってもらえると思う」
決勝進出を賭けた戦いは、ベガルタ仙台とのみちのくダービーだ。仙台とは山形がJ1にいた2015年以来の対戦だが、リーグ戦でもルヴァンカップでも汰木の出番はなかった。
「ダービーは初めてなので、楽しみです」
12月、ユアテックスタジアム仙台の凍てつく空気を熱く切り裂く25番が、今度こそゴールネットを揺らすことができれば、クラブにとって2度目の決勝の舞台がぐっと近づくはずだ。
文=頼野亜唯子
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