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【ライターコラムfrom広島】19年のプロ生活に幕 森﨑和幸、生命を賭してサッカーに生きた男

2018.11.01

今季での引退を表明した森﨑和幸 [写真]=中野和也

 森﨑和幸とは、何者なのか。

 Amazonランキング首位を独走する百田尚樹氏の新著「日本国紀」のキャッチコピー「私たちは何者なのか」になぞらえて、今季で現役引退する森﨑和幸について、こんな言葉を投げかけたい。

 もう一度、問う。

 森﨑和幸とは、何者なのか。

 たとえば西川周作(現・浦和レッズ)はサンフレッチェ広島時代にこんなことを言っている。

「カズさんのインターセプトの能力は凄い。それだけでなく、なんでもできる。ボールは奪えるし、1対1も強いし、パスもだせる。ドリブルで運べもするし、ポジションどりもいいから、GKとしては本当にやりやすい」

 今の広島の守護神である林卓人も「自分が困っている時に、いつもいい場所にいてくれる。パスコースもつくってくれるし、オフ・ザ・ボールの時の駆け引きも巧い」と絶賛。

 同じボランチの稲垣祥は「カズさん自身のプレーはもちろん凄いんだけど、素晴らしいのは周りを活かす能力。たとえば10の力がある選手がいたとして、カズさんはその力を12にできるんです」。川辺駿は「フル出場してスプリントがゼロだったこともあるんですが、逆にそのデータがカズさんの凄さを示している。それだけ頭の回転や予測が凄いし、でもインターセプトなどの時は本当に速い」と偉大な先輩の力に舌を巻く。

森﨑和幸

©J.LEAGUE

 だが、これらの言葉で森﨑和幸の全てを言い表せているとは思わない。

 それほど凄い選手なのに日本代表に選出経験はないし、Jリーグベストイレブンの表彰を受けたこともない。2012年、森保一監督が「どうしてカズがベストイレブンに選出されないのか」と激怒していた。その意見にもちろん同意であり、貢献度からすればMVPの佐藤寿人に勝るとも劣らない。それは2015年、青山敏弘がMVPを勝ち取った時も同様だ。青山の輝きをサポートするだけでなく、彼の力を増幅させてチームに貢献させる働きを見せた森﨑の力は明白なのに、優秀選手にすら選出されていない。

 なぜなのか、ということだ。

「一緒にやらないとカズさんの良さはわからない」と多くの選手たちは語る。実はそれはサポーターにとっても同様で、森﨑和幸は19年間の現役生活の中でナンバー1のアイドル・ヒーローになったことはない。一方で例えば2007年の降格時には戦犯のように批判された。「ペトロヴィッチ監督だけに責任を負わせてはならない。監督だけに責任を負わされて解任されるとすれば、僕も(移籍を)考えないといけない」とJ2降格直後に言い切ったことも、一部から非難された。

 一方で、「カズと出会ったことでサッカーの面白さに気づかされた」というサポーターもたくさんいる。他のチームを応援していたのに、森﨑のプレーを見たことで気づけば彼を追い掛け始めた人もいる。他の選手が好きなサポーターの言葉で印象的なのは「カズさんのサポーターと名乗るには資格がいる。私もいつか、そう言えるようになりたい」という趣旨のこと。誤解を恐れずにいえば、森﨑和幸とはサポーターにとって最高のヒーローではないが、高校生としてデビューした1999年の時からずっと共に歩いてきた存在。広島出身で広島ユースが生み出した最高傑作であるからこそ、彼のデビューから知っているサポーターにとっては家族そのものであり、だからこそ若き彼に対しては良さよりも足りないところが目についていた。森﨑が完成に近づいた頃にサポーターになった人々にとっては、サッカーの教科書的な存在であり、サンフレッチェ広島という「家」の家長だというリスペクトの対象なのである。

森﨑和幸

©J.LEAGUE

 こう論じていても、森﨑和幸が何者なのか、答えを見つけにくい。彼のプレーにはキャッチフレーズがつけにくい。たとえば中村俊輔や遠藤保仁であれば、スルーパスやファンタジスタなどになるだろう。佐藤寿人や大久保嘉人であれば、ストライカーということになるだろう。今野泰幸であればボールハンターだ。では、森﨑は?かつて彼と共に広島でボランチのコンビを組んだ中島浩司氏は「クレバーを装ったファイターだ」と指摘する。それは守備の時の彼のプレーを表現したもので、「激しさと頭脳、両方を持っている。タックルは深く、ボールも奪いきれる。日本人というよりも外国人のボランチが持つ遠慮のない激しさが、彼にはあるんですよ」。確かに、それは言える。ただ、それも森﨑の守備面の一面を表現したもので、全てではない。バランスもとれる。パスも出せる。守備もいける。オールラウンダー?いや、そんな言葉で片付けたくはない。

 そう考えていた時、中島氏のこんな言葉を思い出した。

 「カズにとって、サッカーは精神的な死活問題。これができなかったら、俺は死んでしまう。それくらいの強い意志があるから、あれほどのえぐいタックルができるんだろうなって思いますね」

森﨑和幸

©J.LEAGUE

 森﨑のタックルは、確かに激しくて強烈だ。それでもファウルをとられることはほとんどなく、相手にケガを負わせたこともほとんどは記憶にない。そこにも「クオリティ」が発揮されているのだが、アンダー年代の代表常連時代はむしろ守備が課題だと指摘されていて、特に「激しさ」のところが課題だったと記憶している。

 では、いつから「ファイター」になったのか。

 記憶の世界になってしまうのだが、彼が2度目の長期離脱を余儀なくされた2009年頃ではないか。

 森﨑和幸は「慢性疲労症候群」という難病と、2003年の発症以来、ずっと戦ってきた。特に事態が深刻化したのは2009年シーズン。目がぼやけ、焦点があわなくなり、新聞の文字もゆれて見えた。心臓の鼓動が速くなり、両手足が冷たくなった。不眠症、食欲減退、五感の全てがおかしくなる。周りの言っている言葉の意味が頭に入らなくなる。コミュニケーションがとれなくなり、猛烈な倦怠感が心身を襲った。ピッチに立っても本能で身体を動かすしかできなくなり、やがてそれも限界に達した。身体を起こすことすらできず、寝たきりの状態になった。それでも眠れない。仕事もできない。薬が手放せない。美味しいと感じることもできなければ、愛する我が子を抱きしめることもできない。電話すら、できない状況。「俺は何のために生きているんだ」と自暴自棄にもなる。

 かつてナイチンゲールやダーウィンを襲ったと言われ、欧州のサッカー選手がこの病に陥るのも決して珍しいことではないと言われている難病との闘いに、彼は多くの神経を使ってきた。引退を考えた。だが、懸命に自分を支える家族のことを考えれば、そんな決断は簡単にできない。それは7歳からサッカーをやってきた自分の人生を捨てることにもなる。

森﨑和幸

©J.LEAGUE

 この年は復帰まで約5カ月、かかった。2010年も発症し、約6カ月間もの離脱。このあたりから、森﨑和幸のサッカーに対する人生の比重が変わってきた感じがする。2005年、「サッカーは仕事であり、義務。我慢していることも多いし、プレッシャーの中で生活を犠牲にすることも多い。引退したら、我慢することもなく、伸び伸びと暮らしたい」と語っていた。だが、その後は一切、そんな言葉は口にしない。若い頃からストイックだった彼の生活はさらにサッカー一色となった。試合においても、目の前の試合に懸ける想いは強くなり、一つ一つのプレーに強いこだわりを見せ付けた。

 2016年、J1通算400試合を成し遂げた後、森﨑は過去の発言を「そんなアホなことを言っていましたか」と全否定。「仕事に楽なモノなどないですからね」と言い切った。そして。

「体調を崩して復帰して。その繰り返しの中で、自分の好きなことを仕事にできることがどれほど幸せなことかを痛感した。普通の社会では、少年の頃から好きだったことを仕事にできる方が少ない。僕らは子どもの頃から大好きだったサッカーで、こうやって生活できている。それだけで幸せなんです。家から練習場に行って、練習して、家に帰る。そんな当たり前のことが、僕はできなかった。当たり前は素晴らしい。だからこそ、僕はサッカーに対して、生きるか死ぬかという想いで立ち向かう。結果が出せなかったら、ピッチに立てないから」

[写真]=中野和也

 引退会見で「サンフレッチェ広島は自分の生命と同じくらい大切なもの」と語った森﨑の表情はいつもクールだ。だが、その内面には鋼鉄の覚悟が宿っている。2017年、2018年。またも長期離脱。その現実が引退への引き金となったことは間違いない。だが、それでもフェードアウトすることなくトレーニングに戻り、競争の現場に戻ってきたのは、生きるか死ぬか、その想いをバックボーンとする覚悟にさび付きがなかったからだ。

「休んでいる時は、本当に生きた心地がしなかった。生きる希望が見つけられない中で、たくさんの方が助けようとしてくれた。最後は単純に人として生きたいという思いだけでした」

 慢性疲労症候群との闘いの厳しさを語る一方、森﨑和幸は「生まれ変わったとしてもサッカーを、サンフレッチェ広島でやりたい」と、全くの躊躇なく口にした。その言葉を聞きながら、ずっと考えていた主題の答えが出た気がする。

 森﨑和幸は何者か。

 森﨑和幸とは、誰よりも強い覚悟をもって、サッカーを生き抜いた男である。人生を、生命を賭して、サッカーと向き合った男なのである。

取材・文=紫熊倶楽部 中野和也

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By 中野和也

サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン「SIGMACLUB」編集長。長年、広島の取材を続ける。

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