前半戦は首位を快走したが、2位でシーズンを終えた広島 ©J.LEAGUE
最近の教育がどうなっているのかは知らないが、昭和世代は「泣くな、男だろ」と教えられた。筆者はそれがどうにもできなくて、少年時代は「泣き虫」のレッテルを貼られたこともある。「女は涙を流した数だけ、男は涙を堪えた分だけ成長はする」と言われて「自分はダメだな」と自己否定をして育ってきた。
しかし時に、感情を堪えつつも堪えきれない場面に遭遇する。
12月3日、広島市内で行われた城福浩監督の2018年総括会見でのこと。サポーターについて言及しようとした時、そこまで論理的にしっかりとした言葉でコメントしていた城福浩監督から、その言葉が止まった。
「サポーター(の反応)もそうで、いつもいい時ばかりではないんだけど……、本当に……」
絶句は1分12秒、続いた。それまで真っ直ぐに質問者のところに目線を向けていた指揮官は下を向き、天をあおぎ、タオルで目を拭いた。
「……(スタンドのサポーターの)紫の塊ところに行くと……(15秒間の絶句)……ありがたかった。知らない間に胸に手を当てている自分がいたんです。彼らともっと、喜び合いたかった。それほど心強い(サポーターの)塊でした」
記者会見後、「どうして監督は涙をこぼしたのか」と、ずっと考えていた。
ある記者は「一部のサポーターが批判的な横断幕を出したことが悔しかったのでは」と語った。確かにホームでの柏レイソル戦では試合前に、札幌戦では試合後に、そういった類いの横断幕が掲出された。北海道コンサドーレ札幌戦ではその横断幕に対して怒った他のサポーターが取り下げさせるという状況もあったと聞く。
だが、城福監督や森保一監督のような昭和の男が人前で感情を堪えきれなくなる時は、もっと違う力学によるものだ。少なくとも「泣き虫」の筆者はそう考える。
そもそも、リーグ15位から2位に躍進させた実績に対し、本来であれば反省もいらなければ批判も不自然だ。だが、あまりにも凄いスタートダッシュと、あまりにも対象的な失速に周囲は戸惑い、その失速が歴史的だったからこそ、批判の声が強まる。来季は大丈夫か、と。未来をこのチームに託せるのか、と。
そこを考えるには、まず、今季のストーリーをしっかりと検証する必要があるだろう。
昨年の広島を徹底的な分析し、まずは残留のために勝利にこだわった戦いをブランする。そこの目処がついた段階でサッカーの方向性を変化させ、広島らしいボールを動かすサッカーにシフトする。それが、シーズン前に城福監督が描いたプランだった。
ただ、最初の「勝点をとりにいく」プランが、予想外の成果をあげる。ワールドカップ中断までの15試合で12勝1分2敗。積み重ねた勝点37は「Jリーグ史上最多のペースで勝点をつみあげた」(城福監督)。今季、「俺がパトリックだということを証明する」と語ってプレシーズンから肉体を絞り上げてきたパトリックを攻撃における最大の武器と位置づけ、彼の特長を最も活かす形を徹底させた。中断までの15試合でパトリックが重ねた得点はチームの全22得点中10点。その全てが勝利に直結した。
さらに衝撃的だったのは守備だろう。「靴1足分の寄せ」という城福監督の指導のもと、より激しくより強く、相手に身体を当てた広島の守備は、そのインテンシティの高さが注目を集めたが、組織が美しく機能していたからこそ、15試合中10試合の完封という快挙が実現できた。先制逃げ切りだけでなく、逆転劇が3度も。ほぼ完璧な15試合を表現した。
だが、この試合内容がずっと続くと、城福監督は思っていなかった。
必ず、研究される。ターゲットにされる。勝てなくなる。
だからこそ、中断期の韓国キャンプでは「繋ぐ」意識を高めるトレーニングを繰り返した。だがそれは、中断明けから内容の変化を決断するのではなく、もう少し未来を目指すためのモノではあったのだが、一方で次のステップに行くために必要な人材が不足していたという現実もある。たとえば、森﨑和幸の慢性疲労症候群による長期離脱からの復活があれば、まったく違った様相になっただろう。それは彼がピッチに戻ってきた後、指揮官が見せた森﨑へのリスペクト、高い評価をみれば一目瞭然だ。当初、城福監督がプランしたタクティクスの一つに、森﨑をアンカーにして川辺駿・青山敏弘の3人のトライアングルで中盤を構成するプランがあった。もし、森﨑が中断明けからプレーできる状況にあれば、もしかしたら第16節の対名古屋グランパス戦から舵を切ったのかもしれない。
結果を出している戦い方をあえて切り替えるためには、理由がいる。最大の理由になりえるのは、「違う戦いに適した人材がいて、彼らを起用した方がもっと結果が出せる」という論理的な思考しかない。だが、あまりに圧倒的な結果が、変化を拒んだ。つなぐサッカーを表現するための若者は決して少なくなかったが、「15試合の快進撃」を支えたインテンシティの部分と守備意識・スキルでどうしても主力に及ばない。一方で、その不足を補い、上回るほどの攻撃ができるかといえば、そこもまだ発展途上だった。
後半戦、さすがに快進撃は落ち着いたが、それでも決して悪くなかった。9月1日、鹿島アントラーズを相手に3-1と逆転勝ち。残り9試合で勝点55。2位の川崎フロンターレとの勝点差は9ポイント。多くの人々が「優勝」を確信した。川崎が全勝しても勝点は73どまり。広島は6勝3敗でそのラインに到達できる。そこまでわずか4敗、得失点差でも10ポイントも上回っていた状況を考えれば、3年ぶりのタイトルは手中にあったといえた。
そこからの急降下もまた、誰も予想できないレベル。サガン鳥栖戦で今季初めてセットプレーから失点(PKを除く)で敗れると、ガンバ大阪、柏、清水エスパルス、ジュビロ磐田と4試合連続してセットプレーからの失点。柏戦から磐田戦まで3試合連続の複数失点。一方でエースのパトリックがチャンスをモノにできなくなり、第28節の対G大阪戦から最後まで1点もとれなかった(第33節名古屋戦は出場停止)。パトリック不調をカバーする選手も台頭せず、「守れない・攻めきれない」という絶不調の状態に陥ってしまった。
「自分が決断できなかった」
城福浩監督は繰り返し、語った。だが、選手たちが「継続」を求めたことも事実。青山をはじめ、指揮官が選手たちの意見を聞く光景も確かに見た。決断は指揮官。しかし、どのタイミングで何を変えればよかったか。9月26日の天皇杯4回戦、主力を投入してきた鹿島を相手にほとんど何もできなかったサブメンバーを見て、9月29日の対G大阪戦で敗れたとはいえ、ビッグチャンスを何度も構築してみせた主力組を見て、10月6日の対柏戦で「変化」を決断できる指揮官は、ほぼいないだろう。さらにその柏戦の3失点は、台風の影響でクリアボールが全て自陣に戻ってくるという特殊な天候下でのもの。風上に変わった後半は風が収まってくるなどと不運が続き、正当な評価がやりにくい。ただ、「決断」が非常に難しい現実の中で、選手たちが自信を失い、開幕から積み上げたインテンシティを失ったことも事実だ。6連敗、8試合勝ちなしという歴史的な失速は、こうして起きた。
第34節、今季初めて、そして現役最後の先発となる森﨑を中心に、城福浩監督は3-4-2-1のフォーメーションに変更。パトリックを先発から外し、裏を狙うボールよりも足下でつなぐサッカーを選択した。開始当初は久しぶりのシステムに呼吸があわず、AFCチャンピオンズリーグ出場権を狙う札幌の勢いに2失点。しかし、森﨑はそこで下を向く選手ちたちを𠮟咤し、焦りを感じ始めた仲間たちをプレーで落ち着かせた。ベテランの心強さに若者が呼応し、馬渡和彰が反撃の一撃。川辺も積極的な切り替えとプレッシングでチームを牽引した。後半早々に柴﨑晃誠のゴールで追いつき、青山が決定的なシーンを迎えるなど、攻守において札幌を圧倒し、勝利こそできなかったが連敗を止めてシーズンを終えた。変化が遅きに失したという批判もあるだろう。だが、それでも指揮官が決断し、それに選手たちが応えた。それが2位確保につながり、試合後のチームに笑顔をもたらした。
城福監督が涙したのは、悔しさなどではない。手にしていたタイトルを手放したことによる申し訳なさと、これほどの失速の渦中にあっても拍手と歌と声でサポートしてくれたサポーターのあたたかさに対する感謝の感情が溢れた結果だった。引退する森﨑に対してコメントする時も瞳が濡れていたし、彼は感情が表に出てしまうタイプ。悔しさを吐露した会見の前半は厳しい表情を崩せなかった。だがサポーターに言及した時、様々な光景がフラッシュバックしたに違いない。鳥栖戦後、サポーターの前で胸を叩き「大丈夫だ」と叫んだこと。練習場に詰めかけたサポーターに励まされ、あたたかい言葉をかけられた毎日。6連敗を喫し、ブーイングが飛んだ。だがブーイングを打ち消さんばかりの拍手が巻き起こったこと。たくさんの出来事が指揮官の胸の奥に広がり、情熱家は感情を抑えることができなかった。
「自分が本当に、この紫の一員になれているのか……、そんな想いをふき飛ばしてくれるような、そんな(紫の)塊でした」
城福浩監督は間違いなく、紫の一員となった。だからこそ、この大失速を教訓にして来季に向かってもらいたい。
リーグ最年長となる先発平均年齢のメンバー構成がシーズン後半の失速にもつながった。若手育成は急務だが、最終節の先発で20代前半の選手は川辺ただ一人。森島司や松本泰志ら、U-23世代には年代別代表経験者が目白押しで彼らが育てば黄金時代再来の予感もある。来季はACLとJリーグという厳しい日程になる中で、若者たちをどう育てるか。
札幌戦のサッカーがおそらく、来季の指針となるだろう。それが城福浩監督が本来やりたかったサッカーだし、選手たちもやりたい、サポーターも見たいサッカーだ。だがそれは、前半の快進撃を演出した守備の統率や「靴1足分の寄せ」という言葉に象徴されるインテンシティの高さを捨てるのではなく、むしろそれがベース。「高いレベルのベーシック」(城福監督)を保ちながら、「これぞ広島」というパスサッカーを復活させ、勝利を握ることができるか。補強も含め、そのためのチームを構成できるか。広島の真価は、2019年に問われる。城福浩監督の涙は、2018年の悔しさの全てを洗い流し、2019年に向かうためのエネルギーである。
取材・文=中野和也(紫熊倶楽部)
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By 中野和也