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サポーターが知らないJリーグ担当審判員の試みとは? ~DVD『審判』発売記念、小川佳実JFA審判委員長インタビュー~

2019.07.02

『サッカーキングチャンネル』(https://youtu.be/WGSmWH_p-YI)にも出演した『週刊審判批評』を運営する石井紘人氏がプロデューサーを務めた『ドキュメントDVD審判』が好評販売中だ。同DVDでは、Jリーグ担当審判員の一月から十一月までをデジタルカメラ一台で密着撮影している。

今回は、ドキュメントDVD『審判』発売に合わせ、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)の小川佳実審判委員長へのインタビューと『ドキュメントDVD審判』の見所解説を石井氏にお願いした(「レフェリー」「審判員」という言葉は、本作に合わせ「審判」で統一)。

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―――小川さんが審判委員長に就任され、審判とメディアが触れ合う機会が増えました。たとえば、年に二回程度だった審判委員会の記者会見(メディアブリーフィング)が定期的に行われるようになったり、『Jリーグジャッジリプレイ』などの番組がスタートしました。

小川 現代社会は、発信のツールが増え、多くの情報に溢れています。そんな中で、我々審判側の視点からすると間違った形で情報が発信されてしまっていることが多々ありました。それは、我々が情報を発信していないからでは?と考えました。なので、私が審判委員長に就任して最初に取り組んだのは、メディアブリーフィングの開催機会を増やし、誤っている判定も含めて情報を出すことです。

 私の信条は「審判の環境を作ること」です。その環境を作るため、審判を守る。では、守るというのはどういうことなのかと考えた時に、守るというのは、隠すことではありません。オープンにすることで正しい情報を伝えて、それを元にして批判も含めてメディアの皆様に書いて頂き、ファンの皆様に伝えて頂くことだと思っています。審判が直接判定について語ることはできません。それを我々が代弁するのではなく、判定の見方を伝えていきます。「審判はこう見て、でも残念ながら映像で見ると判定は違っていました」もあれば、「映像からも審判の判定は十分に理解できます」だってあります。我々が変わらなければいけない部分もあれば、プレーヤー・監督やファン・サポーターの方々の見方も変えて頂かないといけない部分もあります。

 そのために、まずはメディアの方々に積極的に情報を発信していくことが必要になります。情報発信はメディアの方々だけでなく、クラブに対しても、です。それが2017年から始めた試合後の意見交換会(試合後にクラブ担当者と審判アセッサーが映像を見ながら議論を行うこと)ですが、これは凄いチャレンジです。リーグの終盤はシビアな状況になる訳です。試合が終わった後に、クラブの方々から意見交換会の要望がある時は「審判良かったですね」というのは、ほとんどありません。

 でも、そういう厳しい状況でも会う機会を作ることで、審判がどのように判断したか? 映像ではどのように見えるか? そういった見方をクラブの方にも伝えることで次につながると思っています。

 たとえば、シーズン中には次の試合もあります。選手がタックルをして、イエローカードでした。もしくは得点の機会阻止でレッドカードでした。審判の判定に対して、クラブ側から疑問があがったとします。その時に「得点の機会阻止に当てはまるケースを総合的に見れば、レッドカードですよね」と説明をすることでご理解頂けます。そうなると、プレーヤーの方も、監督の方も次の試合では違うプレーを選択すると思うのです。逆にファウルではなかった場合もあるでしょう。審判にはトリップしたように見えたけど、実際はボールをつついた後で接触していた。本来は正当なプレーです。それが残念ながら審判はファウルとしてしまい、退場としてしまった。それは判定だから受け入れてもらうしかないのですが、終わった後に映像で見て「プレーヤーの方はボールにプレーしていました」と伝えることで、次のプレーも自信を持っていけるじゃないですか? もちろん、次になってしまうのは申し訳ないです。

 そういった意味で、意見交換会は相互理解を深め、日本のサッカーをより上げていくための非常に良い機会だと思っています。ただし、クラブの方々と行う意見交換会はクローズな世界とさせて頂いています。クラブの方々にも「意見交換会の内容は、あくまでもクラブの内部情報であって、メディアの方には公開しない」ということで理解していただいています。なぜかというと、判定は色々な見え方があるからです。

 意見交換会を担当したアセッサーはそのように判断しかたもしれませんが、それはあくまでも一人の意見です。後々、意見交換会であがった判定を検証した時に、アセッサーも限られた状況で映像を確認し、判断していることから、時として見方が違うときもあります。にもかかわらず、意見交換会の内容をオープンにされてしまったとします。たとえば、クラブの方が「さっきの判定ですけど、意見交換会でアセッサーが誤審だと言っていました」とメディアの方にお話をされると…。

―――一斉に「誤審だ」という記事が配信されてしまうでしょう。後々、訂正記事が出たとしても、一度拡散されてしまったものは消えません。「誤審だ」で炎上するパワーの方が強いと思います。さらにいえば、誤った判定の見方がスタンダードにもなってしまいます。

小川 そういった危険性があります。でも、クラブの方々は我々との約束を守ってくださっています。オープンにすること。クローズで情報を伝えていくこと。この二つを行うことによって、審判の判定、判定の難しさ含めて、見方・考え方も伝えていければと思います。それが就任して最初にリードさせてもらったことです。

―――それが『Jリーグジャッジリプレイ』の評判のよさにもつながっていると思います。一方で、ミスジャッジを取り上げたことで、個人批判が起きてしまうこともあります。

小川 レイモンド・オリヴィエ(JFA審判委員会副委員長)も言うのですが「審判の判定が100%納得されることはほとんどない。なぜかというと、AとBが戦っている。Aのチームをサポートする人たちからすると、Aを応援したい。ネガティブじゃなくても、失点につながるような接触があれば、審判に対して何か言いたくなる」。その気持ちは理解できます。チームへの愛がそうさせている訳でしょうし、表現の自由もあります。でも、審判個人の人格を否定するような表現を行うのは違いますよね? ピッチ上の判定ミスを、家庭や職場にまで持ち込むのも違うと思います。過去、残念なことに、適切でない判定をした審判に対し、ネット上で審判個人の自宅や職場など全部オープンにされてしまいました。匿名で書き込めると、消しても上書きされてしまうのです。

―――それはスポーツじゃないですよね。

小川 クラブや選手を応援する気持ちは分かります。ただ、審判という判断しないといけない人の位置付け。「サッカーの歴史上、そういう立場の人がここにいる」というのを理解して頂ければと思います。ただ我々審判側が、そういった批判が怖いからメッセージを出さなくなったら、誤った情報がどんどん伝わっていってしまいます。

 オープンにすることで、審判を晒してしまっているかもしれないと心配しています。でも、何も情報を出さないことが、審判にとってハッピーだとは思いません。審判たちには、事前に、こういった情報をオープンにすると伝えています。ただ、それに対して、ファン・サポーターの方々からどのようなリアクションがくるのかは分かりません。審判たちは批判を目に、耳にすれば心が痛みます。見ない方が良いと思うのですが、現代社会では情報をシャットアウトできないので、目に耳にしてしまう。

―――審判の難しさや苦悩は伝わり辛いですよね。今回、DVD制作にご協力頂けたのは、テレビカメラに映らない審判の努力を伝えたいというのもあったのでしょうか?

小川 審判は判定のミスの部分がハイライトされてしまいます。でも、多くの試合を見れば、素晴らしい部分もたくさんあるのです。「さすが日本」という審判と選手の関係もあります。私は他国を全て知っている訳ではないのですが、意見交換会は日本だから出来ているのかもしれません。そういった意味でもクラブ側には感謝していますし、対応している審判アセッサー、受け入れている審判も同様です。

―――「相互理解の向上」のために、そういった難しさもある意見交換会や『Jリーグジャッジリプレイ』に取り組んでいるのですね。

小川 私たちが考えないといけないのは、今も大切ですけど、将来も大切なのです。将来に向けて、何をしていかないといけないのか? 本来、試合後に対面するのは凄く難しいことですが、対面して、理解を深めていくことが日本サッカーの未来に繋がると思っています。

―――審判の方々の難しさはまだまだ伝わっていない部分があると思います。今回のDVDではフィットネステストから研修会、試合中だけでなく打ち合わせや反省会も収録されており、審判の難しさや苦悩が見えてきます。

小川 プロフェッショナルレフェリー(JFAと契約するプロの審判)は審判の仕事に集中できますが、普段は別の仕事をしながらJリーグを担当している審判もいます。朝7時~8時に仕事に行って、夜まで働いて、どのようにトレーニングをしているのか? 出勤前や出勤後にトレーニングしている訳です。今回のDVDは審判としての活動にフォーカスされていますが、生活まで密着すると、もっと色々なことが伝わるだろうなとも思います。第二弾はそういった所もね(笑)。

―――(笑)Jリーグの方々とご相談させて頂きます。今回のDVD購入者の中には、Jリーグ担当審判を目指す人もいると思います。アドバイスを頂けないでしょうか?

小川 審判は歴史上、チーム同士では白黒を決められないから判定を委ねられました。それだけの立場であることを絶対に理解しないといけません。サッカー競技規則の第5条にも「主審の決定は、主審が競技規則および「サッカー競技の精神」に従ってその能力の最大を尽くし」と記されているのです。

 上っ面な部分だけでは、トップのレベルには上がってこられません。Jリーグ担当審判は見える所、見えない所で努力をしています。ひたむきにやってきた結果が、現在です。「私は委ねられて大丈夫な人なのか?」を自問自答すべきではないでしょうか。自分にはウソつけません。競技規則の理解、フィジカル。別の仕事を持って審判として活動している方ならば、職場の仕事や日程調整、家庭、自分の時間や生活など全てを上手くマネージしていかないといきません。不安な材料があると精神的にも安定してピッチに行けないからです。

 テクニカルな部分だけでなく、ピッチに入るまでの準備を、完璧ではなくても「やりきれる人」でないとトップまでは上がってこれらないと思います。つまり、トップの審判には相当な覚悟が必要です。でも、本来であれば、グラスルーツの審判も気持ちとしては同じだと思います。トップを目指すからといって、急に全てを変えられるとは思えません。元々そういったことが出来ていた人たちがトップに上がってきて、さらに上積みされるのではないでしょうか。
今回のDVDでは、審判の『人となり』が見えるじゃないですか? その『人となり』は審判の魅力だと思っています。

 審判も人です。監督という人、選手という人、ファン・サポーターも人。そういった人が集まるスタジアムで、審判は四人で協力して、ピッチ上の22人の人、そしてベンチにいる人達をマネージしていく。そこに人としての魅力がないと難しい。一朝一夕ではなく、その人の人生そのものがレフェリングにあらわれます。トップの審判をやりたいと思っても、現在の審判としての活動に最大限の努力をしていないと難しいと思います。

【関連リンク】
■ドキュメントDVD『審判』販売ページ

■ドキュメントDVD『審判』リリース

■小川佳実JFA審判委員長インタビュー後編

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