最終節を終えた清水を待つのは、天国か、地獄か [写真]=J.LEAGUE
J1最終節・サガン鳥栖との大一番を控え、最後の公開練習が行われた3日、清水エスパルスの選手たちの顔つきは明らかに以前と変わっていた。勝ち点36で並ぶ鳥栖との直接対決は、勝てば残留が確定。だが、入れ替え戦圏内の16位・湘南ベルマーレとは勝ち点差がわずか「1」しかなく、引き分け以下となった場合、得失点差が「-25」とリーグワーストの清水は最も不利な状況にある。
混戦模様の残留争いで生き残るには、とにかく目の前の相手、鳥栖に勝てばいい。シンプルな条件だが、湘南ベルマーレを敵地で6-0と粉砕した9月29日の時点では、まさか次の1勝がこんなにも遠く、手が届かないものだとは誰も思わなかっただろう。
1分5敗と白星から見放されている直近の6試合は、すべてが悪かったわけではない。3試合では先制点を挙げることができたし、第32節の大分トリニータ戦では、守りを固める相手のゴールをこじ開け、引き分けに持ち込んだ。ただ、負傷者が相次いだり、不運な判定でゴールが認められなかったり、シュートブロックでコースが変わって失点してしまったり……。鄭大世いわく、「流れが来ていない」のが現状だ。「例えば、2016年の最後(9連勝で自動昇格)は、内容は悪くても勝てる流れができていた。あの時は、“神がかっていた”と思う。それが今は逆に、流れがまったく来ていない」
どうしたらこの状況を打破できるのか。もちろん戦術面での準備や対策は万全を期すことが前提だ。しかし、クラブの命運を懸けた一戦に向けては、それだけでは足りない。普段は淡々と言葉を発する河井陽介が、熱を込めて言った。「運や流れがないのなら、それを引きつけるだけの“何か”が必要で。それはボールに対する執着とか、気持ちの部分で転がってくるものもあると思う」。金子翔太も同調する。「このクラブのため、エスパルスに関わるいろいろな人のためを思って、選手一人ひとりがどれだけ力を出せるか。そういうメンタル的な部分がすごく大事になる」
今の清水には、厳しい戦いを制するだけの“J1への執念”があるのだろうか。
2015年10月17日、クラブ史上初のJ2降格が決まった。あの日、ベガルタ仙台戦のピッチに立ったメンバーの中で今も在籍しているのは鎌田翔雅、ただ一人だ。彼の中に残る当時の記憶は、悪夢のようだ。「練習自体はピリピリした雰囲気でできていたけど、試合になると、もう、どうしようもなかった。(クラブとして)初めての降格だったし、チームもバラバラだった」
しかし、今のチームの中には「経験」という軸が存在する。J2が「未知の場所」ではなくなり、リアルな“怖さ”を知った。「J2は上手いだけで勝てるリーグじゃないから、正直言うと、J1よりもしんどい。2016年は一年で戻れたけど、もう一度昇格するなんて、簡単なことじゃない」(鎌田)。その認識を多くの選手が共有している。
選手に対する評価もJ1とJ2では大きく異なり、「選手にとって1年はすごく長いし、特に若い選手にとってはやっぱりもったいないから、J1にいた方がいいのは当然」(河井)。また、アカデミーに所属する選手への影響も少なからずある。2015年の降格時、立田悠悟はユースに在籍していた。「(北川)航也くんをはじめ、一緒にやっていた先輩たちがああいう経験をして、アカデミーの選手なりに複雑な感情を抱いた。それはプラスなことではないから、後輩たちに同じ経験はさせたくない」
鄭は言った。「選手も、フロントも、会社も、サポーターも、チームに関わるすべての人が苦しい思いをする。それがJ2に落ちるということ」
皆がその苦しみを知っているから、「大事にすべきもの」を見失わないよう、必死につなぎ止めてきた。キャプテンの竹内涼はどの試合後も勝敗に一喜一憂せず、「積み重ねの大切さ」を口にし続けた。時には鎌田や河井、西部洋平ら年輩の選手たちが気を配り、チームの一体感を保ってきた。
2015年の初降格で、一度は“オリジナル10”のプライドが砕かれた。今、守るべきは「積み重ね」を否定しないことだ。「落ちてしまったら、今まで自分たちがやってきたことを否定せざるをえなくなってしまう。それだけは避けなければいけない」(立田)。それが一度、屈辱を味わったチームを支える新たなプライドだ。
そして「サッカーの街・静岡」の誇りも失ってはいない。意外にも、それを口にしたのは県外出身の鎌田だった。「ジュビロ磐田の降格が決まって、もし、静岡からJ1のチームがなくなったら、『静岡のサッカー文化もそこまでか』と思われてしまう。僕は県外出身だからこそ、この土地のサッカーに対する熱や、街の雰囲気を感じている。その熱は冷ましちゃいけないし、そのためにも清水は踏ん張らなきゃいけない」
前回のホームゲーム・大分戦は、前半終了間際にリードを許したが、攻勢を強めた後半、勢いを増したピッチ上の選手たちと同様に、スタンドのボルテージが上がっていった。相手選手を萎縮させんばかりの一体感のある応援が広がり、88分の同点ゴールで盛り上がりは最高潮に達した。ケガの影響もあってスタンドから試合を観ていた鄭は「鳥肌が立った」という。チームが苦しい時、「大事にすべきもの」をサポーターも理解しているからこそ生まれた光景だったと言える。竹内は「ホームの力というのは、皆さんが思っている以上に、僕たちの背中を押してくれる。サポーターと選手がお互いに熱くなれるのが本当に良いチームだと思うので、最後もみんなの力で勝ちたい」と決意を語った。
「今のチームは『これでダメならもう、しょうがない』と言えるぐらい、みんな真面目で、全員が誠実にサッカーと向き合っている」(鄭)。その彼らが身を粉にして戦うであろう最終節。かっこ悪くてもいい。泥くさくていい。しがみついてでもJ1に残る――。思いをひとつに、試合終了の笛が鳴る瞬間まで戦い抜く覚悟はできている。
文=平柳麻衣
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By 平柳麻衣