初優勝を果たした直後に自身初タイトル獲得の喜びを語った松原健 [写真]=兼子愼一郎
「タイトルを取るためにきた」。彼は、はっきりと口にする。それくらい“優勝”を渇望していた。2018年には、元日の天皇杯と10月のJリーグYBCルヴァンカップの2度、優勝のチャンスに恵まれたが、ともに決勝で涙をのんだ。熱い男ゆえに、敗戦を消化するには時間が必要だった。
悔しさを胸に秘めて挑んだ2019シーズンは新戦力の台頭と自らのケガにより、ベンチから試合を見守る日々が続いた。それでもなお、信じた道を突き進んだ。時にはベンチから飛ばす熱いアドバイスと、チームメートを投げ飛ばすちょっと手荒な祝福でチームを盛り上げた。すべては“優勝”を手にするために――。
試合終了を告げるホイッスルが鳴り響くと、芝生に寝そべって空を見上げた。そして優勝の喜びを味わう仲間たちの輪から一人離れ、ゴール裏を向いて芝生の上に座り込んだ。チームいち、熱い男・松原健。欲しかった“優勝”を手にした夜、彼は何を感じたのだろうか。
インタビュー・文=出口夏奈子
写真=兼子愼一郎、三浦彩乃
――まずは優勝おめでとうございます! 優勝セレモニーの前に一人、体育座りをしてゴール裏を眺めていましが、どんな景色が見えていたのですか?
松原 あれは「これが優勝した時の景色か~」って余韻に浸っていました。昨年の天皇杯決勝とルヴァンカップ決勝は地面を見つめることしかできなかったので、本当にファン・サポーターの皆さんが喜んでいる姿を見ることができて、ホッとしたなと。
――今日の試合、立ち上がりからFC東京の勢いに押し込まれる時間帯が長かったうえ、後半には数的不利に陥るなど激しい試合でした。途中からは疲れもありましたか?
松原 試合の終わりに向けて3点目を取った中で、疲れると言うよりはもう1点を狙いにいきたいという思いがありました。ディフェンス陣としては絶対に無失点で終わらせないといけないところでしたし、多少疲れてはいましたけど、むしろ逆にパワーが出ていたかなと思います。
――あまり変な緊張感もなかったように見えましたが……。
松原 それがむしろ逆で、結構ガチガチに緊張していたんですよ、昨夜から(苦笑)。でも、ファン・サポーターの皆さんの応援が緊張をほぐしてくれたかなと思います。
――前節の川崎フロンターレ戦も、そして最終戦も、チームに硬さはあまり見られませんでした。
松原 そこは普段どおり入れたかなと思います。自分自身も最初は緊張していたけど、ボールに触るにつれて徐々にいつもどおりのプレーに戻っていきました。最初ちょっと押し込まれる時間帯があったので、そういったところでまずは失点しないように、ということはみんなで話し合いながらやっていました。
――そういう意味では先制点がすごく大きかったんじゃないかと思います。
松原 そうですね。僕たちは今年、先制点を取った試合ではほとんど負けていないので。先制点を取った時には「この試合も行けるぞ」という雰囲気になりましたし、逆にイケイケドンドンになるわけでもなく、行くところはしっかりと行って守るところはみんなで守る、という攻守においてバランスが良かったかなと思いますね。
――今年は失点数が大幅に減りました。最終戦も無失点で終われたことは、DFとしては大きかったと思います。
松原 そうですね、昨年と比べてチーム全体で守備できるようになったと思いますし、前線のプレスが掛かることで、後ろの守備コースが限定されてきました。だから前の選手たちが頑張ってくれたことで、僕たちのところでボールを取れるシーンが昨年に比べてすごく増えたと思います。
――GKの朴一圭選手との連係面も好調だったと思いますが、今日の試合で言えば、後半に朴選手が退場してしまいました。何かその後に影響はあったのでしょうか?
松原 そこはもう全くなかったです。今年のチームの最大の強みは、誰が出ても同じようなプレーができることです。人の特徴がしっかりと出るようなプレーができるというのが、僕たちのいいところだと思っているので、誰が出ても何も変わらないですし、今日はパギくんの退場で中林(洋次)が久々に試合に出ましたけど、僕が言うのもおかしいですが、心配することは全くなかったですね。彼はすごく落ち着いてプレーしてくれたし、パントキックを狙えるところでしっかりと狙ってくれた。だから僕らも自信を持ってプレーできたかなと思います。
――スタメンで試合に出続けていた昨年とは違って、今年はケガなどの影響もあり試合に出られない期間がありました。苦しい時期だったのでは?
松原 正直……先発から外れた時は「なんで俺じゃないんだよ」と思う気持ちのほうが大きかったです。でも、そういう時間が続いた中で、チームメートやスタッフに話を聞いてもらっていろいろなことを考えました。でも、やっぱりこのチームでサッカーがしたいと思ったんです。ここで仮に移籍しちゃったら逃げになってしまうんじゃないかって、自分で思った部分もあって。僕自身も自分のプレーを信じながら、いつかチャンスが来た時にそれを発揮できるように準備し続けられたというのが大きかったですね。
――踏み止まれたのには、このサッカーで勝ちたいという思いもあったのですか?
松原 どっちかっていうと、負けたくない気持ちのほうが大きかったですね。移籍=逃げでは決してないんですけど、自分が置かれた立場で考えると、ちょっと逃げになってしまうのかなって思ったんです。だからそこは絶対に負けたくなかった。「いつかチャンスが絶対に来る」、「一度はチャンスが絶対に来る」と思っていたので、そのチャンスをモノにできて良かったなって今は思っています。
――やはり気持ちが強いですね。ピッチ内では熱い松原選手ですが、今年はベンチにいる時も、ベンチからチームを熱く盛り上げている姿が印象的でした。
松原 スタッフや試合に出られない選手も含めて、一つのチームです。ベンチの選手が声を出すことによってピッチ内の選手を盛り上げることができると思うし、外から見ることで、「ここをこうしたほうがいいんじゃないか」といった修正にもつながると思うんです。だからそれを途中交代でピッチに入った時にピッチ内の選手に伝えたり、あとはどこが相手チームのウィークポイントなのかがイメージしやすくなるんじゃないかなと考えていましたね。
――それって同じポジションの選手にもしていたんですか? チームメートだけどライバルでもあるので、ちょっと複雑だったりしそうですが。
松原 それがなかったんです。チームの勝利が一番なので。でも正直、結構聞かれたんですよ。昨年1年間、俺がスタメンでプレーしていたので、今年加入した(広瀬)陸斗に「どういうタイミングで入っていますか?」って。その時、俺は「こういうタイミング、こういう感覚で入っているよ」って伝えました。もともと彼はセンスがいいので、言ったことのさらにその上をいくんですよ。「こいつ、すげーな」って(笑)。でもそういうのを見ると、「こういう動き方があるんだな」って逆に自分の成長にもつながるので、陸斗とはお互いに切磋琢磨できて、それが結果的にチームの底上げになったのですごく良かったんじゃないかなって思っています。
――なるほど。いい関係性を築けて、それがチームの総合力につながっていたんですね。
松原 そうですね、特にサイドバックはめちゃくちゃ激戦区だったので(苦笑)。一つひとつの練習から100パーセント以上でやらないといけなかったですし、試合中の選手交代ってサイドバックがファーストチョイスだと思うので、常にいい危機感を持ちながら練習から取り組めたのは、自分にとってはすごくプラスになりましたね。
――外から見ていたことも相乗効果を生んだのかもしれませんが、松原選手がスタメンに復帰した9月からはチームも9試合負けなし(※編集部注:チームとしては8月24日の名古屋グランパス戦から11試合負けなし)と好調を維持しました。どんなことを意識してプレーしていたのでしょうか?
松原 チームのことをもちろん考えていましたけど、正直、まずは自分がスタメンで出続けるためにはどうすべきなのかを考えていましたね。スタメンで出られくなった時に自分で結果を残すしかないという考えになって。それを毎試合やってきた結果が、今日までつながってきたのかなと思いますね。
――それがよりパワーアップした攻撃的なプレーにつながったわけですね。
松原 逆に言うと、僕があそこまで上がれるということは、カバーしてくれる人がいるってことなので。そういうチームメートの助けがないとあそこまで行けないですし、(第27節の)ベガルタ仙台戦のようなゴールは取れなかったと思うので。本当にそういう周りのサポートにすごく助けられましたね。(※編集部注:仙台戦のゴールシーンは、21分に左サイドバックの高野遼選手からのクロスに松原選手がゴール前に走り込んで決めた)
――GKを含めた守備陣に対する信頼感ですね?
松原 信頼感もあるけど……もうね、勢いです(笑)。正直、うちの左サイドにボールがある時にみんなの視線がそっちに向くのは当たり前で、そこに右のサイドハーフが入っていくのはある程度予想ができるわけです。でも、そこにサイドバックの選手が入ってくるとなると、「お前かよ!」と思ったりすると思うので、それを見るのが結構楽しくて(笑)。ちょっとクセになっちゃった。だいたいハーフウェーラインぐらいからビューって斜めに入っていったりするのですが、ああいう動きをすると、ボールが出てきた時に結構フリーでもらえますし、相手のマークも付きづらくなるので、やっていて味をしめてしまったなと(笑)。
――本当に楽しそうにプレーされていましたからね(笑)。攻撃参加と言えば、今年はラストパスの精度も上がったように感じます。
松原 実はね、そういうわけでもないんですよ。どうしてもパスが通ってゴールが決まったシーンばかりがフォーカスされるので、そういう印象が強くなってしまうと思うんですけど、実は結構、一発のスルーパスを狙い過ぎて相手DFに引っ掛かったのが何本もあるんです(苦笑)。だからアタッキングサードではもうちょっと落ち着かないといけないと思っていたので、そこを今後どういうふうに克服していくか。自分をレベルアップさせるためにも必要なところかなって考えています。
――初めての優勝を経験した直後なのに、もう課題が出てきていますね。
松原 そうですね、やればやるほど課題は出てきます。僕の場合は攻撃でフォーカスされがちですけど、守備の部分ではちょっとやられているシーンもあって、見返してみるとDFとしてもっと強くいかないといけない部分が結構ありますからね。DFとしては、まずは最低限守備のところをしっかりとやってから攻撃にいかないといけないですから。
――そういう意味では隣にチアゴ マルチンス選手がいることはとても心強いのでは?
松原 もうね、心強いどころか、誰が見てもアイツがいるから守備が成り立っているとみんなが思っていると思いますよ。ただ、逆にチアゴの高い守備力に甘え過ぎている部分もあると思います。自分がちょっとポジショニングが悪くて裏を取られるシーンもある中で、チアゴが頑張ってカバーしてくれてるからこそ、そこまで危険じゃなくなったシーンはたくさんあるので。仮にチアゴがケガとか出場停止でいなくなった時に、正しいポジショニングができているか。それがどこまでできているかが、今後の課題になってくると思うので、あまり頼り過ぎないようにしないといけないと思っています。
――クラブとしては2004年以来となる4度目のリーグ制覇ですが、松原選手自身は優勝のターニングポイントはどこにあったと考えますか?
松原 8月に清水エスパルス(第21節/0-1)、鹿島アントラーズ(第22節/1-2)、セレッソ大阪(第23節/1-2)と3連敗したのですが、その次の名古屋戦で5-1で勝った第24節がターニングポイントだったんじゃないかなと思いますね。3連敗すると気持ちがすごく落ちるのですが、そこでもう一度、みんなで士気を奮い立たせて5点を取るなんてなかなかできないと思うんです。それに、この名古屋戦から負けていないことを考えると、やはりこの名古屋戦がターイニングポイントだったかなって思いますね。
――3年前、優勝への強い気持ちを胸に横浜FMに加入してきました。松原選手自身の夢も自ら叶えたわけですが、改めて優勝を手にした今、どんな気持ちですか?
松原 僕がこのチームに移籍してきた理由は「タイトルを取ってみたい」からでした。F・マリノスというチームは常に勝っているイメージしかなくて、タイトルを取るにふさわしいチームだと思っていたので移籍してきたんです。その夢が一つ叶って今は本当にうれしいですし、新しいF・マリノスの歴史に自分の名前を刻めたことは今後の誇りにもなります。だから、本当にうれしいですね。
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By サッカーキング編集部
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