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Jリーグにある物語、あなたは〇〇を知っていますか?|土屋雅史

2020.02.18

[写真]=J.LEAGUE

 2月21日。Shonan BMW スタジアム平塚でのゲームを皮切りに、28回目のシーズンを迎えるJリーグが幕を開ける。最初はわずか“10”に過ぎなかった物語は、今や“56”もの多様さを持って、毎週末に新たなストーリーが書き加えられている。そして、そこに関わる人たちの想いによって、“56”の物語はどこまでも無限に広がっていく――。

 あなたは『清水のタクシー』を知っていますか?

 清水駅で電車を降りると、シャトルバスの値段に惹かれつつ、ついついタクシーに乗ってしまう。お目当ては“蹴球談義”。この土地の運転手さんのサッカー偏差値は驚くほど高い。エスパルスの現状を憂えたかと思えば、かつての高校サッカー事情について熱弁を振るう。日本平まで20分あまりの“講義”は、いつもこちらのサッカー偏差値も引き上げてくれる。

 ある日の運転手さんもまた熱かった。しかも会話が盛り上がるうちに「清水のサッカーの歴史をまとめた本があるから送るよ」という流れに。名刺を渡しながら「本当かな?」と思っていたら、数日後に本が届いた。その想いが何よりうれしく、本自体も熟読したが、それでもあの運転手さんの熱い“講義”には敵わない。次に清水へ行くときは、直接電話してみよう。だって、清水東三羽ガラスの話の続きが気になるから。

 あなたは『山口の拍手』を知っていますか?

 維新百年記念公園。日本の歴史をなぞるような名前の場所に、レノファ山口のホームスタジアムはある。サポーターが纏うオレンジは、いつの季節でも鮮やかな彩りを公園内に加えてくれる。レノファがチャンスを迎えればスタジアム中がオレンジの熱気に包まれる。その一体感にスタンドとピッチの間にトラックがあるのを忘れてしまう。

 初めてこのスタジアムを訪れたとき、驚いたことがあった。足を痛めて倒れたアウェーチームの選手が何とか立ち上がると、スタンド中から拍手が起こったのだ。それも一度や二度ではない。常に相手選手にも「頑張れ!」のメッセージを込めたエールが送られる。それから何度かこの地に帰ったが、今でもその“拍手”は変わっていない。以前、レノファを取材する友人はこう語っていた。「僕らは覚悟を持って選手に優しくありたい。甘いと言われるかもしれないけど、それがここのやり方なんです」。彼らの熱い想いはアウェーチームの選手にも向けられる。幕末の日本に名を馳せた長州藩士の“至誠”は、間違いなくオレンジのサポーターにも受け継がれている。

 あなたは『北九州のどんちゃん焼き』を知っていますか?

 あれはまだギラヴァンツ北九州が本城陸上競技場で戦っていた頃のこと。スタグルを物色していると、インパクト抜群の文字が飛び込んできた。“どんちゃん騒ぎ 500円”。シンプルなプラスチックのパックに詰め込まれているのは、焼きそば、お好み焼き、おにぎり、煮込みハンバーグ、ウインナー。嫉妬すら覚えるネーミングセンス。確かにここまでの『どんちゃん騒ぎ』にはそう簡単に出会えない。即購入。お腹いっぱい。試合内容は覚えていないが、あの味はいまだにハッキリと記憶に残っている。

 2019年11月24日。勝てばJ2復帰が決まる日のミクニワールドスタジアム北九州。4年前に出会った『どんちゃん騒ぎ』を求めて、コンコースを練り歩く。見つけた。あのお店の雰囲気は間違いない。高鳴る胸を押さえ、再会のときに備えながら駆け寄ると、メニューにはこう書いてあった。『どんちゃん焼き』。何たる勘違い! “騒ぎ”ではなく、“焼き”だったのだ。ショックのあまりこの日は購入を見送り、すごすごとコンコースを引き返す。試合後、見事J2復帰を果たし、『どんちゃん騒ぎ』に沸く黄色いゴール裏を見つめながら、僕はこの4年間に及ぶ勘違いを噛み締めていた。

 あなたは『柏のレイソルロード』を知っていますか?

 柏駅からは20分あまり。歩くにはちょうどいい距離に三協フロンテア柏スタジアムはある。黄色いサポーターはほぼ例外なく、『レイソルロード』と呼ばれる一本道を通っていく。試合に向けて1人で気持ちを高める人もいれば、グループでワイワイとおしゃべりしている人々もいる。自らの意志に関わらず、黄色い服を着せられている赤ちゃんもいれば、お気に入りの選手の名前と番号を背負った黄色い服のお年寄りもいる。最後のバックストレートでは必ず数人の“信号無視”が発生するが、派出所のお巡りさんもいちいち咎めるような無粋な真似はしない。

 勝っても、負けても、試合後は再び『レイソルロード』を通っていく。体感してきたばかりの90分間を反芻しながら、2週間後の90分間に想いを至らせる。それがたとえ1人でも、グループでも、20分という時間は優しく彼らを包み込む。思わず誰かに伝えたくなるようなうれしい想いも、泣きたくなるようなつらい想いも、いつだって変わらずそこにある『レイソルロード』が優しくそれを包み込む。だから、黄色いサポーターはまたその一本道を通っていく。

 柏サポーターにとって『レイソルロード』があるように、“56”の物語が紡がれる全国各地にスタジアムへと続く道がある。日常も非日常も、喜びも悲しみも、昨日も明日も、そのすべてが週末のスタジアムには詰まっている。

 Jリーグに魅せられてしまったあなたが描く、今年の“物語”は何ですか?

文=土屋雅史

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