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【J再開コラム】「ぼっけもん」が生み出す、偉大なJの記録|白坂隆三

2020.06.29

「ぼっけもん」。と言われてもピンとこない方が多いだろう。南九州、特に薩摩地方独特の方言である。

 標準語に言い換えるのは、簡単そうでむずかしい。私(南九州出身)なりに訳せば、「小さなことにこだわらない」、「肝がすわった」、「おおらかな」男とか、「向こう見ずな」、「やんちゃな」やつといった意味合いになる。
 
 言い方次第で、ポジティブにもネガティブにも変化するのが方言。地域や世代によって、その場の雰囲気、前後の文脈によってもニュアンスは違ってくる。土地に根付いた言葉には便利な反面、すこし大雑把なところもあるが、だからこそ、皮膚感覚でストレートに伝わる良さがある。

「ぼっけもん」といえば、思い出す選手がいる。

 今から22年前、1998シーズンのこと。私はJクラブのクラブハウスで高卒ルーキーを待っていた。

 クラブにはあらかじめ取材時間をもらっていたが、練習が長引いたおかげで、急きょ、駅に向かう移動のタクシーの中で話を聞くことになった(もちろん、クラブの許可を得て)。その選手はU-19日本代表の合宿に参加することになっていた。

 車中でなんとか話を聞き終えて駅に到着。ところが、である。料金を支払う段になって手持ちの現金が全く足りないことに気づく。しまった! 痛恨のミス。これこれしかじかで……と運転手さんに平身低頭気味に事情を説明していると、「じゃ、これで」とすっとお札を差し出してくれたのが隣に座っていた選手だった。ジャージーのパンツから取り出した万札数枚の中から1枚を私に手渡すと、「お疲れさんです」と言って、そそくさと駅に向かっていってしまった。

 高校を卒業したばかりの18歳。坊主頭がそのまんま伸びた感じのヘアスタイル。私服もラフなジャージースタイル。無造作にポケットにねじ込んだ裸の万札。ちょっと猫背気味にゆったりと歩く姿を見て、「ぼっけもん」という言葉が浮かんだ。ささいな、とりとめのない個人的なエピソードではあるが、今でも駅に向かう彼の姿が目に浮かぶ。

 その選手とは、鹿児島実業高校から横浜フリューゲルスに加入したばかりの遠藤保仁選手である。

 プロ1年目ながら横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)のこけら落しとなった横浜マリノスとの開幕戦で先発フル出場。1stステージ17試合中11試合に出場し、うち8試合に先発している。当時、私はクラブ発行の『速報スターティングイレブン』を担当しており、新任のカルロス・レシャック監督に新人・遠藤選手について何度か質問したことがあった。良さを問うと、指揮官の答えはいつもシンプルだった。

「いるべきところにいる選手だ」

 通訳を介しての言葉を、つまりポジショニングがいい選手なんだな、と解釈していた。しかし、あのときの指揮官の真意はともかく、なんとも大きな意味を持つ言葉ではなかったか、と今さらながら思い起こしている。

遠藤保仁

 J2、J3リーグに続き、7月4日にはJ1リーグも再開する。無観客開催とはいえ、盛り上がることは間違いないだろう。ガンバ大阪セレッソ大阪にはとりわけ注目が集まるはずだ。23年連続で出場した開幕戦に続いて第2節のピッチに立てば、遠藤選手のJ1リーグ通算出場試合数はランキングトップの632試合を数える。「いるべきところにいる選手」であり続けた結果、生まれる偉大な記録だろう。

 遠藤選手の生まれ育った鹿児島には「薩摩隼人」(さつまはやと)という見栄えのいい言葉がある。勇敢で俊敏。極めて有能な県産男児を指す響きのいい言葉だが、華やかで勇ましい分だけ、勝負事では、どこかはかなくて、短命のような気がする。

 だが、「ぼっけもん」は勝っても負けても、浮かれず気負わず、ごくごく自然体のまんまだ。いつものような何食わぬ顔で、今シーズンもまた成功と失敗を図太く何度も繰り返すはず。新記録誕生も23年目のシーズンを迎えられるのも、おそらくは「ぼっけもん」だからだと、今あらためて感じている。

文=白坂隆三

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