会議の内容はまるで覚えてないけれど、その終わりに起きた出来事と場の雰囲気は、忘れたくても忘れられない。
日韓ワールドカップの翌年だから、2003年のことだ。サッカー専門誌の編集部に入った僕は、多少緊張しつつ初出社した。会議はすでに始まっていて、編集長に「そこで見てて」と言われた僕は、端っこに座って様子を眺めていた。
そして、会議の終盤。編集長から「じゃあ、ひと言挨拶を」と声を掛けられた。
今思えば、「よろしくお願いします」くらいで十分だったはずだ。でも、突然振られて舞い上がったのか、そもそも専門誌の一員になって意気込んでいたのか、とても「ひと言」では済まない挨拶を始めてしまった。手に汗をかきながら。
「サッカーが好きで、サッカーに関わる仕事がしたいとずっと思っていました! Jリーグは僕の生活の一部です。Jリーグの、日本サッカーの発展に貢献したいと思っています。皆さんと一緒にJリーグを盛り上げていければ、と思います!」
話し終えたとき(実際には途中からだと思われるが)、しら〜っとした空気が流れていた。それはそうだろう。僕だって嫌だ。そんな前のめりで、暑苦しいやつが同僚になるなんて。新卒の面接じゃあるまいし。
「素晴らしい挨拶があったところで、今日の会議はお開きとしよう」という編集長の救いの言葉が、いやに遠くのほうから聞こえてきた……。
もともと水沼貴史さんが好きだったから、日産自動車サッカー部のファンだった。だから、Jリーグが開幕した頃は、横浜マリノスのファンだった。でも、名古屋グランパスエイトも浦和レッズも好きだった。一時期、名古屋に住んでいたことがあったし、小倉隆史さんに憧れていた。駒場の雰囲気も痺れるほどカッコ良かったし、福田正博さんとウーベ・バインも大好きだった。
なんて浮気性なやつだと思われるかもしれないが、仕方ない。人生の大半を過ごしている東京に、Jクラブがなかったんだから。当時は鹿島アントラーズとか、横浜フリューゲルスとか、柏レイソルとかがたまに国立競技場でホームゲームを開催していたから、それもよく見に行った。
99年、東京にJクラブが誕生すると、さっそくソシオになった。西が丘や駒沢や国立や飛田給に足を運び、「アマ!」だの「ユキ!」だのと叫んだ。
専門誌の編集部に入ったあとも、ソシオを続けていたけれど、さすがに辞めようと決意したのは、ライバルである川崎フロンターレの担当になったとき。果たして川崎担当が務まるのか? でも、不安は杞憂に終わった。すぐに心をつかまれたからだ。
J1昇格、優勝争い、ACL出場と、川崎が強くなるにつれ、仕事量が増えていく。練習場に何度も通い、インタビューも頻繁にさせてもらった。担当クラブから代表選手が生まれるという経験もした。いろんな原稿を書く機会が増えて、場数を踏んだ。今の自分があるのは、川崎のおかげと言ってもいい。担当から外れるときには、多くの選手が悲しんでくれたし、クラブはちょっとした送別会を開いてくれた。担当だったのは、わずか3年くらいだったのに。
次に担当したガンバ大阪では、違う刺激が待っていた。ナビスコカップ、天皇杯、さらにはアジア制覇を成し遂げ、あのマンUと殴り合いまで演じるのだ。華麗な「パッシングサッカー」(西野さん用語)が毎試合堪能した。ただ、大阪にどれだけ通っても、東京人の僕は東京人のままだった。例えば、バンさん(播戸竜二)やミチくん(安田理大)がインタビュー中にボケても気の利いた返しができず、心苦しい思いをした。
担当は何チームか掛け持ちするものだから、他にもいろんなクラブにお世話になった。大分トリニータ担当時代には“シャムスカマジック”にかけられ、ヴァンフォーレ甲府担当時代には、日立台でのバレーの6ゴールに震えた。
京都パープルサンガ担当時代は、中払大介さんと神社仏閣めぐりをし、ベガルタ仙台担当時代には、ヤマハスタジアムでJ1復帰を逃した直後、テグさん(手倉森誠監督)が梁勇基を慰める姿を見て涙した(すぐに感動して泣くタイプだ)。
アルビレックス新潟担当時代には、大器だと期待していた若者がついに初先発と聞いて楽しみにしていたら、緊張のために胃腸炎を患ってチャンスをフイにしたと知り、ズッコケもした(その選手の名を川又堅碁という)。

[写真]=Jリーグ
川崎とFC東京が顔を合わせた09年ナビスコカップ決勝は、仕事として見たくなかったから強引に休暇を取り、バックスタンドから勝負の行方を見届けた。休み明けに出社すると、編集長から「そろそろ東京の担当をやるか?」と言われた。
それまで担当したすべてのクラブが、前任の時代よりも成績が上がっていたから(記者が“持ってるか、持ってないか”は、担当制を敷くメディア“あるある”)、ナビスコカップで優勝したことだし、来年はリーグ優勝だな、とほくそ笑んでいた。ところが、東京はJ2に降格してしまい……。
その後、僕は会社を辞めてフリーランスになった。今は担当制に縛られることなく、浦和、東京、川崎、横浜、鹿島、名古屋、G大阪、柏、仙台、新潟、湘南ベルマーレ、サンフレッチェ広島、ヴィッセル神戸、セレッソ大阪、清水エスパルス、ジュビロ磐田、レノファ山口……と挙げればきりがないほど、いろんなクラブに顔を出している。節操がないと思われるかもしれないが、仕方ない。だって、Jリーグが好きなんだから。
人生で大事なことのほとんどをサッカー選手から学び、人生の半分くらいの週末をスタジアムで過ごし、喜怒哀楽の多くをスタジアムやクラブハウスで共有している。
だから、冒頭で披露した青臭い志は、今も心の奥底に秘めている。さすがにもう、口に出すようなことはしないけれど。
文=飯尾篤史
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