浦和レッズの宇賀神友弥は、1年前の出来事を思い出すように言葉を絞り出した。
「自分が青春時代を過ごした場所なんです。中学、高校と、あのグラウンドでいろいろなことを経験してきた。自分が成長するのに大きく関わった場所が、見る影もなくなったと聞いて本当に心が痛かった。弟も学生時代にそこでサッカーをしていたこともあって、すぐに自分たちにも何かできないかを相談しました」
2019年10月12日――過去最強クラスと言われた台風19号が伊豆半島に上陸した。大型で強い勢力を保っていた台風19号は、関東地方にも記録的な豪雨をもたらし、各地に甚大な被害を及ぼした。
荒川の河川敷に位置し、浦和レッズの育成組織やレディースの活動拠点として知られる「レッズランド」もその例外ではなかった。
天然芝のサッカー場だけではなく、人工芝のサッカー場、テニスコートなどを完備。地域の人々の触れ合いの場にもなっているその施設で、キャプテン(総支配人)を務める松本浩明氏が回想する。
「荒川上流河川事務所から『これまでにない雨量を記録するため、荒川の水量がキャパシティを超えてレッズランドに流れ込む』というアナウンスは、事前にいただいていたんです。だから、想像もつかない被害になることは覚悟していました。避難勧告も出ていたので12日は臨時休業し、一夜を過ごしました」
台風19号が通り過ぎた翌10月13日、松本氏はレッズランドへと足を運んだ。目に飛び込んできたのは、数日前とは全く異なる景色。天然芝のサッカー場もなければ、テニスコートもなく、ただただ濁った川が流れていた。それは想像していた以上の被害だった。
「堤防の土手から見たら、川にしか見えなかったですね。施設全体に荒川の本流から水が流れ込み、推定ですけれど水深5〜6メートルに達していました。施設全体が川と一体化していてグラウンドがどこにあるか分からない状態。設備がすべて水に浸かってしまっていたので、被害状況の見積もりすら出せない状況でした」
流れ込んだ水が引いたのは10月15日。後日、グラウンドにあるプレハブの建物に行くと、設置してあった時計の針は深夜1時26分で止まっていたという。2008年から勤務し、施設の管理・運営を担当している村田恵氏は、変わり果てたグラウンドに足を踏み入れたときのことを、こう言葉にした。
「長靴を履いて他のスタッフたちと一緒に歩いて回ったんです。台風のあとに河川が氾濫した被災地の様子をニュースで見ていましたが、それと全く同じ状況が広がっていました。一面が真っ茶色。レッズランドでは『緑豊かな』という表現をよく使うのですが、その緑が全く見えなかったんです。数日前までたくさんの人がここで賑わっていたのが嘘のようでした」
そうした被害状況のなか、浦和レッズとともに、レッズランド復旧に向けた対策本部が立ち上がったのは10月16日。そこで加わったのが、現在はレッズランドの副支配人として業務に当たっている船越良氏だった。船越氏は前職で河川敷にあるゴルフ場に勤務しており、その際に荒川の冠水を経験。施設を復旧させる工程を熟知していた。それを知っていた松本氏は、クラブにお願いして対策本部に加わってもらったのである。船越氏が言う。
「当時、私は埼玉スタジアムで勤務していたのですが、スタジアムもすごいことになっていたので、レッズランドの状況もある程度は予想できました。前職でも経験していただけに、どのくらいで復旧できるのだろうかという絶望感も同時に抱きました」
復旧への険しく、途方もない道のりについては船越が引き取ってくれた。
「まずはレッズランドとして取り戻さなければならないのは、天然芝と人工芝などのグラウンド施設。加えて電気設備。それ以前に、まずは流れ込んだ泥を取り除く作業がありました。これが本当に大変だったんです。また、復旧にあたっては、河川の形状を変えてはいけないため、国土交通省とのコミュニケーションも必須になります。そこも連携しながら、工事事業者に依頼しなければならない。作業に入るには、先に費用の算出もしなければならなかったのですが、それがものすごい金額だったんです。一瞬、途方に暮れましたが、削れるところを削って何とかミニマムにしていきました。着手するまでには1週間以上かかりましたね」
施設全体を覆い尽くしていた泥を除去する作業においては、重機を入れることでグラウンドが壊れてしまうのではないかという葛藤もあった。洗い流す作業においては、水源を確保しなければならなかったし、その井戸を動かす電源もやられていたため、さまざまな場面で困難を極めた。
浦和レッズの未来を担う子供たちが躍動し、レディースの選手たちが日々努力し、そして地域の人たちが笑顔で汗を流していた施設は、ここから長らく休業を余儀なくされた。
復旧には時間はもちろんのこと、想定していたよりも3倍以上の費用が掛かることが判明した。当然ながら、レッズランドだけで賄うことはできなかった。総支配人である松本氏が言う。
「レッズランド単体で何とかしようとすると、経営が立ち行かなくなるのは見えていました。一般社団法人は資本金ではなく基金という言い方をしていますが、そこで浦和レッズに工事代金として基金を増額してほしいとお願いしました。浦和レッズもJリーグ百年構想を具現化するために、レッズランドを立ち上げたという思いがありました。その思いを貫いてくれ、浦和レッズとしてレッズランドを必ず復活させるという判断をしてくれたんです。それらがすべて決まったのは今年1月のことでした」
一方で、すぐに動いてくれたものもあった。台風被害から3週間後、11月5日に行われたホームゲームでは、浦和レッズ後援会により「レッズランド災害復旧義援金」の活動が行われた。義援金活動は、その後のホームゲームでも続いた。
さらに12月20日には、浦和レッズ後援会が「レッズランド復活プロジェクト」としてクラウドファンディングを立ち上げた。多くの支援が集まり、その金額は500万円を超えた。
「レッズランドとしてはなかなかやりにくいところもあるでしょうと、浦和レッズ後援会がその取りまとめをやってくださったんです。それもあって、クラウドファンディング、ホームゲームでの義援金活動、それから災害復旧の口座に直接振り込んでもらう形の3つの方法で、本当に大きな義援金が集まりました。あとは宇賀神選手を中心にレッズランドで育ったジュニアユースやユース出身の選手たち。彼らが立ち上がってくれ、トップチームの選手たちにも届いて、さらに大きな募金が寄せられました。これには本当に感謝しかありません」
冒頭でレッズランドへの思いを語ってくれた宇賀神も浦和レッズと相談しながら自ら動いていた。自身の地元・戸田市にある「彩湖・道満グリーンパーク」も台風19号により、水没被害に遭っていたことから、「きみのてプロジェクト」なるクラウドファンディングを立ち上げた。賛同してくれた人は多く、当初の目標金額を大きく上回る1000万円を突破。レッズランドと戸田市に寄付された。宇賀神がその思いを言葉にする。
「あの場所を1日でも早く復旧させることが子供たちの未来につながると思ったし、レッズランドは浦和レッズにとってすごく大切なものだと思ったので、選手として影響力のある立場にいる人間が動かなければと思ったんです。自分だけではなく、レッズランドに縁がある育成組織出身の選手全員に声を掛け、協力を仰ぎました。当初の目標金額を初日で達成したんです。最終的には1000万円を超える支援をしてもらえました。改めてサッカーの力、浦和レッズの力を感じましたよね。何よりもうれしかったのが、寄せられたコメントでした。レッズのファン・サポーターだけではなく、他のクラブを応援しているファン・サポーターも支援してくれていたんです。そのコメントを読んでいるときには、ずっと鳥肌が立っていました。それくらいうれしかったですし、垣根を越えたサッカーの力を感じました」
現場で働く村田氏は、「励みになった」と語る。
「宇賀神選手をはじめ、多くの選手たちがレッズランドの力になりたいと思ってくれたことは本当にうれしかったですね。あとは、洗浄作業などに参加してくれたボランティアの方たちをはじめ、直接、声を掛けてもらえたことも励みになりました。さらには、レッズランドに来たことがない人からも『レッズにとって大切な場所だから』と言って、支援していただきました。その一人ひとりの言葉が忘れられないですし、感謝の思いでいっぱいです」
長らく重機による作業しかできなかったが、12月にはボランティアの手も借りられるようになった。当然ながら、松本氏も船越氏も、そして村田氏も作業にあたった。「ボランティアにしても村田が中心になって受け入れの体制を整えてくれたんです。本当に気が遠くなるような作業でしたけど、気持ちが折れないように踏ん張りました」と船越氏は振り返る。
年が明けた2020年2月、テニスコートの復旧が完了し、施設の営業が再開した。村田氏はそこでようやく光りを感じたという。
「これまでレッズランドに通ってくれていた人たちに数カ月ぶりに来ていただいて、まだ一部の狭いエリアだけでしたが、ここに人がいることが本当にうれしかったですね。その光景を見たとき、思いがあふれて泣いてしまったこともありました……これでやっとレッズランドとしての使命が果たせる。この数カ月は決して無駄じゃなかったんだなって」
3月になり、天然芝のサッカー場の泥がすべて取り除かれたときには、船越氏も光りを感じたと言う。
「天然芝のグラウンドを作ってきた人たちにとって、そこに重機を入れるというのは、本当に涙が出るような作業だったんです。そこに再び芝生が根付くのかどうかは泥を除去してみなければ分からないところもあったので。でも、普段の管理が行き届いていたこともあって、しっかりと根が残っていたんです。そこは携わってくれていたスタッフたちの頑張りが感じ取れた瞬間でした」
すべてが元通りとはいかないが、少しずつ、少しずつレッズランドに日常が戻ってきた。ただ、台風による被害を受けて、レッズランドは後退したわけではない。むしろ、前に、未来に進もうとしている。そこには浦和レッズというクラブの理念があった。松本氏が言う。
「仮オープンから15年が経ちましたが、実はレッズランドはまだグランドオープンしていないんです。目標は100年後なんです。それが何を意味しているのか。こうして今回のように災害から復旧して、よくなる施設もあれば、スペックダウンする設備もあるかもしれません。でも、その代わりにその都度、その都度、違った形で付加価値をつけていくというか、その連続で完成形を目指していく。だから、こうなったらレッズランドに完成というものはないのかもしれません。今回もファン・サポーターやボランティアの人たちに助けられたように、地域のみなさんと一緒になって作っていく施設なんです。来年からは、この施設を使ってもらうだけでなく、自分たちからも地域に出ていくというか、さらに地域と密着していくために総合型地域スポーツクラブを立ち上げようという準備も始まっています」
そのプランの一部を聞けば、スクールのコーチが地域の公民館などでレッスンを行ったり、ストレッチ教室を行うなど、多岐にわたるアイデアがあり、すでに始まっているものもあるという。船越氏がその構想について補足してくれた。
「レッズランドが地域に混ざっていくとでも言えばいいでしょうか。地域においてスポーツがある日常を作り出すことを、レッズランドが担っていく。そんなイメージでみなさんを先導していけたらと思っているんです」
松本氏が、レッズランドが誕生した背景を甦らせた。
「2005年にレッズランドが仮オープンしたときのセレモニーで、当時日本サッカー協会の会長(キャプテン)を務められていた川淵三郎さんに挨拶していただいたんです。そのとき、川淵さんは、感極まってひと目もはばからず涙を流されたんです。地域のスポーツクラブとして、Jリーグが掲げる百年構想を形にしてくれたと。浦和レッズがJリーグ百年構想をどう具現化していくか。その象徴がレッズランドであり、浦和レッズの思いの塊が形になっているのがレッズランドだとも私は考えているんです」
そして松本氏は言う。
「大変なことが起きたわけですけど、これがあったから、さらにスタッフの結束力や一体感は醸成されたとも感じているんです。だから、本当に大変でしたけど、悪いことばかりではなかったなかと。ピンチをチャンスに変えるとよく言われますけど、こういうことなのかなとも思いました」
ただでは転ばないし、諦めることなく走り続ける。それはトップチームの戦い方に通じる精神のようにも感じられた。
宇賀神は言う。
「クラウドファンディングで集まった資金を渡すためにレッズランドに足を運んだとき、ピッチを見たら、現状復旧したどころか、今までよりも素晴らしいものになっていたんですよね。それを見たとき、改めて感謝の気持ちが込み上げてきました。今回、いろいろな人たちの思いがあってレッズランドは復旧することができました。子供たちにも、たくさんの人たちの思いが詰まったピッチだということを感じながら、プレーしてもらえたらなと思っています」
地域とともに育んでいく。Jリーグが掲げる百年構想の象徴がレッズランドであり、浦和レッズの根底そのものでもある。
レッズランドはこれからも成長していく。未来を担う子供たちと、地域の人々の笑顔とともに——そしてこれからもさまざまな形に発展し、そして膨らんでいく。
文=原田大輔
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By サッカーキング編集部
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