C大阪から名古屋へ移籍した柿谷曜一朗 [写真]=N.G.E.
「今までも何チームか行かせてもらいましたけど、移籍の感情はその時その時で違います。ただ、今回は今までで一番、意志の強い移籍。自分に期待して、名古屋(グランパス)さんに期待してもらっている中で、一番気合が入っている。自分の中では意気込みが全く違います」
3歳から過ごしたセレッソ大阪を離れ、2021年から名古屋グランパスの一員となった柿谷曜一朗。本人も語気を強めるように、今回のチャレンジはサッカー人生を賭けた一大決断といっても過言ではない。
かつて「天才」と言われた男も31歳。セレッソのエースナンバー「8」を7年間もつけながら、満足のいく結果が残せなかった。それを踏まえ、再起を賭けて新天地に赴いた。
名古屋のFW陣にはマッシモ・フィッカデンティ監督が絶対的信頼を寄せる金崎夢生を筆頭に、大型FW山﨑凌吾、サイドを本職とするドリブラー・前田直輝ら豪華タレントがひしめくだけに、柿谷もスタメンが約束されたわけではない。が、チーム戦術を理解しつつ、自分の特長である高度な技術や創造性を出していくことで、道を切り拓いていく構えだ。
「セレッソの時は自分のプレースタイルを貫きたいという思いが強かった。でもそれだけじゃアカンというのも分かっていて、いろんな葛藤があり、それがチームにいい影響を与えられなかった。名古屋ではより柔軟にやれるようにしたい。1つ1つやっていきます」
神妙な面持ちでこう語った柿谷には、ユン・ジョンファン、ロティーナ両監督体制のセレッソでの苦い思いが脳裏に刻まれている。ユン監督時代は当初はFWのスタメンだったが、徐々に左サイド起用が増え、ジョーカーに甘んじるようになった。ロティーナ監督体制でも最初は最前線の主力と位置付けられながら、うまくハマらず、左へ移動。そこで絶対的存在の清武弘嗣という壁に直面し、中途半端な立ち位置のまま時間が過ぎていった。何度か移籍話が浮上しながらも、セレッソ愛を捨てきれずに残留を選んだが、今回はさまざまな過去に区切りをつけ、“新たな柿谷曜一朗像”を確立するつもりだ。
そのためにも走力強化は欠かせない。堅守をモットーとするフィッカデンティ監督はアタッカー陣にもハードワークを求める。前線からの守備や相手を追い込む動きなど、献身的な役割は必要不可欠だ。近年、90分フル出場がほぼなかった彼にしてみれば、1から体を作り直さないといけないという意識でいるだろう。
「始動1日目の練習からあんなに汗をかくとは思っていなかったです。セレッソの時はスピードを上げて走ることはなくて、軽く汗を流す程度だったんでビックリしましたね。でも周りの選手はケロッとしていた。早くそういうふうにならなアカンと思います」
本人も名古屋の面々のフィジカル能力に面食らっていたが、金崎も前田も阿部浩之も走ることには長けている。彼らより輝こうと思うなら、やはり徹底的に走力を養わなければならない。その土台ができてこそ、傑出した技術とひらめき、創造性が発揮されるのだ。
目指すべき領域は高いが、幸いにして、今の柿谷には自分の長所や武器をよく知る仲間がいる。
「名古屋には同い年の選手も多いし、アンダー代表でやってた仲間も多い。阿部ちゃんや(吉田)豊、(齋藤)学、マル(丸山祐市)、ヨネ(米本拓司)とはよく喋りますね」と彼も嬉しそうに話したが、吉田、齋藤、米本は、城福浩監督が指揮した2007年U-17ワールドカップ(韓国)のメンバー。ともに世界と真っ向勝負した盟友の力も借りながら、新チームに適応していけるのは大きなメリットだろう。
当時、フランス相手にハーフウェーラインから超ロングシュートを決めるなど異次元の輝きを放った柿谷、豊富な運動量を誇ったサイドバックの吉田、切れ味鋭いドリブル技術を備えた齋藤、非凡なボール奪取力を誇った米本と、4人はそれぞれに光っていた。あれから14年という長い月日が経過し、彼らはさまざまな経験を積み重ねて円熟味を増した。全員が順風満帆な軌跡を辿ったわけではないが、挫折や苦悩を含めてプレーヤーとしての幅を広げ、30代のベテランとなり、再び共闘することになった。
「懐かしいメンバーが揃ったなという話はしましたね。みんなが1つになっていい状況を作っていけたらなと思います。学も川崎フロンターレの中村憲剛さんや家長アキ(昭博)さんのことを話していたけど、30歳を超えて輝いている選手もたくさん見てきているし、自分もそうなれると思う。この苦しい練習に耐えて耐えてモノにしていけば、もっと自分の可能性が広がるんじゃないかな。そうなるように頑張ります」
セレッソ時代にしばしば浮かべた苦渋の表情はもうない。名古屋で前だけを見据える彼からは「ここで結果を出さなければ終わり」という強い覚悟が見て取れた。あとはピッチ上で表現するだけだ。今季はJリーグ優勝、AFCチャンピオンズリーグ制覇とターゲットは数多くある。背番号8がその原動力になるのを楽しみに待ちたい。
文=元川悦子
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By 元川悦子