村井満 Jリーグチェアマン [写真]=Jリーグ
Jリーグを支えるタイトルパートナー、トップパートナー企業のインタビュー連載「私たちがJリーグを支える理由」。第7回は、パートナー企業ではなく、Jリーグのリーダーとして常に最前線に立ち、コロナ禍におけるJリーグの活動を力強く牽引してきた村井満チェアマンに話を聞く。
新型コロナウイルスの感染拡大が本格化し始めた2020年1月以降、リーグ戦の中断や再開、無観客でのリモートマッチやレギュレーションの変更など様々な決断を下しながら、Jリーグはその活動を続け、安心・安全なスポーツ観戦の新しいスタンダードを社会に提示してきた。その中心にいる村井チェアマンは、プロスポーツの根幹を担うパートナーシップ締結企業に対して、どのように向き合い、どのような対話を持って今につながる関係性を築いてきたのか。
この1年半における取り組みやJリーグとしての価値観、さらにプロスポーツやパートナー企業との関係性における未来像について、前後編に分けて語ってもらった。前編では、この1年半の活動を振り返りながら、その前提となるJリーグとしての姿勢や考え方に触れる。
インタビュー・文=細江克弥
スポーツは、本来どうあるべきものか
———新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、Jリーグはこれまで様々な決断を下してきました。2020シーズンの中断・再開から1年以上が経過しましたが、現時点でこの1年をどのように振り返りますか?
村井 新型コロナウイルスの蔓延に対するJリーグの初動は2020年1月でしたが、実質的には2020年2月、第1節終了後の中断という決断から本格的かつ現実的な試行錯誤が始まりました。この中断期間は約4カ月に及んだわけですが、本当に先の見えない、お手本も正解もない文字どおりの暗中模索だったことは間違いありません。日本だけでなく、ほぼ全世界でスポーツの活動が止まってしまうという異常事態でした。
スポーツは、アスリートが結果を競い合うだけのものではありません。アスリート、お客様、ビジネス的な側面を支えるパートナー企業の3者によって作り上げられるものであり、それがプロスポーツの定義であると考えています。どれか一つが欠けても成立しないという考え方は、コロナ禍においても変わりませんでした。そうした意味において、昨シーズンは無観客の「リモートマッチ」を60試合程度位に抑え、逆に1000試合以上を有観客として“お客様とともに”を実現できたことには大きな意味があると考えています。この1年は、それを実現するための努力を続け、スポーツは本来どうあるべきものかについて深く考え抜きました。
———90%以上を有観客試合としたことは世界的に見ても稀有な“結果”と言えますし、それは2021シーズンもしっかりと継続されています。
村井 現時点ではスタジアムでのクラスター感染が1件も発生していませんが、その事実はスポーツの観点にとどまらず、社会活動のあり方や文化、芸術、エンターテイメントの観点からも示唆に富んでいると言える気がします。やはり、スポーツの価値は健康維持の手段の一つにとどまりません。人間が健全に生きていくためには“心の活力”が必要で、私たちにとってスポーツはまさにそれを満たす大きな力を持っている。この1年は改めてそのことを再認識する機会になったと感じていますし、有観客試合を何とか維持してきたことの手応えを強く感じています。おそらくこの手応えは、“正解がない社会”において私たちJリーグが大切に持っておくべき一つの答えではないでしょうか。
最優先事項は「国民の健康」である
———そうして見つけた“答え”を一つずつ積み重ねてきた1年だったと思うのですが、村井さんご自身は、暗中模索を始めたばかりの頃でもぼんやりとした正解をイメージできていたのですか?
村井 いえ、正直に言えば、そういうイメージを持てていたわけではありませんでした。私自身はもちろんのこと、おそらく世界中の誰もがこのトンネルの歩き方を全く知らない状況で、それでも歩き始めるしかなかったのではないかと思います。では、正解がない世界、経験に基づく最善策も知識もケーススタディも通用しない世界で必要とされるのは何か。それはやはり、ミスを前提とするサッカーに内包される“何度でもチャレンジする精神”であったと私は思うのです。
周知のとおり、この20年の日本サッカーはいくつもの困難に直面し、それを必死に、一つずつ丁寧に乗り越えることで少しずつ足場を固めてきました。その経験は、コロナ禍においても全く変わらなかった。未知の課題に向き合わなければならない状況はもちろん今も続いていますが、サッカーの世界で生きている私たちだからこそチャレンジできたことは非常に多かった気がします。
———アスリート、ファンと並んでプロスポーツにおいて不可欠な存在であるパートナー企業に対しては、どのようなコミュニケーションを取っていたのでしょうか?
村井 どのような企業においても通常どおりのビジネスを維持・継続していくことが難しい状況にある中で、“本業以外”のスポーツに対してどのようなサポートを続けるかという課題に、おそらくすべてのパートナー企業が対峙されていたと思います。私たちも考えました。サッカーそのものがストップするということは、つまり私たちの本業が危機に瀕する。その状態が長く続けば、全国のクラブが次々に破綻してしまうかもしれない。だから、パートナー企業の皆さんに継続的にサポートしていただけることは、私たちにとって本当にありがたいことです。
でも、私たちが最優先事項として打ち出したのは、本業であるJリーグやクラブの存続ではなく「国民の健康」でした。そのことを“結論”として共有したのが2020年3月でした。
パートナー企業にはっきりと伝えたこと
———3月10日に行われたJリーグ再開延期を説明する記者会見で、その考えを発表されました。
村井 Jリーグには3つの理念があり、その2つ目には「国民の心身の健全な発達への寄与」と記しています。つまり、「国民が心身の危険にさらされている状況下でスポーツをしない」ことを、25年以上前のJリーグ発足当初から明言しているのです。従って、パートナー企業の皆様に対しても「Jリーグは“社会のため”を第一に考える」とお伝えしました。現在につながるコロナ禍のコミュニケーションという意味では、そこがスタート地点であったと思います。
———Jリーグにとって絶対的な価値を持つ理念であるとはいえ、明言するのは簡単ではなかったのでは?
村井 迷いはありませんでしたし、パートナー企業に対する向き合い方としても、それが正しいと考えていました。もちろん、その後も対話を継続しています。中断期間に入ってからは、例年どおりにJリーグを開催できないことが時間の経過とともに明らかになっていきました。例えば、すべての試合を開催できない可能性があること。それから、地域ごとの感染拡大状況に応じて、あるクラブは有観客での試合が実現しても、あるクラブはリモートマッチを選択せざるを得ないこと。つまり、Jリーグがパートナー企業に提供するマーケティング機会において平等な環境を提供することができなくなり、通常の露出価値を保証できない可能性が出てきた。そのことについても、はっきりとご説明させていただきました。
ただ、その上で加えてお伝えしたのは、国民の心身の健康を最優先としながらも、「豊かなスポーツ文化の振興」というもう一つの大切な理念に従い、私たちが「とにかくスポーツを守りたい」という明確な意志を持っているということです。降格制度をなくし、選手交代枠を5人に増やし、飲水タイムを設けるなどのレギュレーション変更はそれを実現するための手段であり、そうした具体的な対応策についてもパートナー企業の皆様にしっかりと説明させていただきました。
二律背反の中で生まれた新たな価値
———逆に、ポジティブな“可能性”についてはどのような伝え方をされてきたのでしょうか?
村井 先ほどもお伝えしたとおり、文化としてのスポーツは応援してくれる人がいて初めて成り立っています。だからこそ、私たちは何としてでもお客様をスタジアムにお招きした状態で試合をしたい、その決意をストレートに伝えました。具体的なところでは有観客の実現に向けたレイヤーを早期段階で設定し、パートナー企業の皆様と共有しました。
コロナ禍においては、時に「経済を回す」ことが最優先という局面に立たされ、また時に「国民の健康管理」が最優先という局面に立たされます。常に二律背反する議論が繰り広げられる中で、私たちは競技において発生してしまう不公平をみんなで受け入れ、国民の健康を維持しながらお客様をスタジアムにお招きし、スポーツという文化を守りたいと考えていました。私自身、のべ70回以上の記者会見を開いてこの価値観を繰り返し伝えてきましたし、最終的にはパートナー企業の皆様やファン・サポーターの皆さんにご理解、あるいは共感いただいたことで、2020シーズン、そして2021シーズンのJリーグが成り立っていると実感しています。
———Jリーグにおけるそうした取り組みは、メディアによって広く取り上げられましたし、一般社会においても大きな影響力を持つようになりました。つまり、結果的にはそうした“チャレンジ”が生んだ新たな価値もあったのではないかという気がします。
村井 そのとおりだと思います。露出価値はある程度制限されてしまったものの、Jリーグ観戦における安全性については、例えば国会でも何度も言及されましたし、東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けた動きの中でも、スポーツが安心・安全な中で運営できるという一つのモデルとしてJリーグを引用していただく機会が多くありました。そうした意味においては、Jリーグとパートナー企業が一体となってコロナ禍におけるスポーツのあり方を再定義できたこと自体に大きな価値があったのではないかと考えています。
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