得点後、指揮官と抱き合う西村 [写真]=Getty Images
カシマスタジアムで10年間も勝利していなかった横浜F・マリノスにとって、10日の鹿島アントラーズ戦は”黒歴史”に終止符を打つための重要な一戦だった。6日のサンフレッチェ広島戦を0-2で落として4位に後退したうえ、直後にはベトナムでのアジアチャンピオンズリーグ(ACL)グループステージ6連戦を控えている。ここでしっかりと勝ち点3を手にして、自信を持ってアジアの戦いに向かいたかった。
ケヴィン・マスカット監督は広島戦から8人の入れ替えを決断。前節は68分からピッチに立った西村拓真がトップ下で先発した。
ベガルタ仙台から新加入の今季はここまでリーグ6試合に出場。3月2日のヴィッセル神戸戦での2発と4月2日のFC東京戦の得点と合計3ゴールを挙げていた。昨季23得点という驚異の数字を叩き出した前田大然、半シーズンで12得点をマークしたオナイウ阿道のような活躍を期待され、重圧も感じただろうが、徐々に調子を上げてきたのは間違いない。だからこそ、指揮官はマルコス・ジュニオールが担っていたトップ下に据え、重責を託しているのだ。
「チームのために走ろうという気持ちはここへ来て自分の中でより強まっている。1試合1試合全力でやろうと思っています」と、フォア・ザ・チーム精神を前面に押し出す男は、この日も序盤から身を粉にして走り回った。
立ち上がりは鹿島に押される場面も見受けられた横浜。だが、「前半は両チームとも互角の展開。最初からメンタルの強さが出た」とマスカット監督は闘争心を押し出し、体を張ってピンチを阻止した選手たちを称えた。
西村自身は前半、シュートこそなかったものの、「そんなに難しさを感じなかった。カウンターのところだけという感じだったので。マリノスらしいフットボールはできていた」と平常心で戦えていたことを明かした。
迎えた後半。左サイドのエウベル投入によって一気にギアを上げた横浜FMは鹿島を追い込んでいく。西村もチーム最多走行距離の12.51キロ、チーム4位の22回というスプリント回数で猛然と敵陣に突っ込み、脅威を与える。こうしたジャブがメンバーを大きく代えなかった鹿島にはボディーブローのように響き、終盤は運動量と強度の差が大きく開く。
そのスキを突くかのように横浜FMは残り10分を切ったところから3得点を挙げ、10年間の悪循環にピリオドを打つことに成功する。しかも決定的な2点目は西村自身が打点の高いヘッドで決めたものだった。
「あまり動き過ぎず、しっかり敵とスペースを見られて、エウベルがいいボールをくれたので、よかったです」と本人はしてやったりの表情を浮かべた。この働きぶりを指揮官も高く評価。「彼はチームのために誰よりも走る。ゴールを決めることよりもチームのためにベストを尽くす。本当に手を抜かずに戦ってくれる。本当に嬉しい」と最大級の賛辞を贈った。
ダイナモのような動きと存在感が今の横浜FMにとって大きなポイントになっているのは、誰もが認めるところだ。西村の献身性はさまざまな環境で地道に努力を続けたこれまでのキャリアで培われたものなのだろう。
名古屋市出身の西村は、富山第一高校に越境入学。2014年正月の高校サッカー選手権優勝の原動力となるなど、着実にステップアップし、2015年に仙台入りを果たした。
プロ入り後は1年目こそ出番がなかったものの、2016年から少しずつピッチに立つようになり、2017年にはYBCルヴァンカップニューヒーロー賞を受賞。2018年にはシーズン11ゴールと初の2ケタ得点を達成。かつて本田圭佑も在籍したCSKAモスクワへ赴いた。その後、ポルトガル1部のポルティモネンセへ移籍するも、コロナ禍突入を機に仙台へ復帰。前田大然の後釜候補としてオリジナル10の名門にやってきたのだ。
昨季の横浜FMは総得点82。その領域にチームを押し上げるには、どうしても2ケタ得点を奪える選手が複数必要だ。西村ももちろん一翼を担うべき存在。今年頭の加入当初にはこんな話をしていた。
「本当にアタックの回数が多いチームなので、いろんなチャンスが来る。そこで決めきる技術を高めていけば、(82得点というのは)成し遂げられる数字だとは思いますけど、そんなに甘いものではない。結果にこだわり、守備のプレッシングをどんどんやりつつ、個性を出していきたいです」
ここまで10試合を消化し、チームの総得点は17。西村のゴール数も4で、自身が「成し遂げられる」と話した得点数のレベルに至るまでには一層のギアアップが求められてくる。マスカット監督にフォア・ザ・チーム精神を高く評価された男がそのよさを維持しつつ、いかにして目に見える数字を残していくのか。それが彼に課された重要命題である。
さしあたってはACLの6試合だ。指揮官は超過密日程のグループステージを選手入れ替えによって乗り切ると見られるが、驚異的な運動量を誇る西村が奮闘しなければならなくなる場面は少なくないはず。走行距離やスプリント回数を減らさずに得点も奪うというのは至難の業だが、それを果たすことで、その後のJ1でのゴールラッシュも見えてくる。
トリコロールの背番号30がリーグ王者奪還、アジア制覇の急先鋒になる日が早急に訪れることを願ってやまない。
取材・文=元川悦子
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