神戸戦で先発した田中 [写真]=宮地輝
“裏天王山”と位置づけられた21日の湘南ベルマーレvsヴィッセル神戸。今季の明治安田生命J1リーグでは4月17日のガンバ大阪戦しか白星のない湘南にしてみれば、相手に世界的名手のアンドレス・イニエスタや山口蛍、酒井高徳、武藤嘉紀といった日本代表経験者がいようが、絶対に勝ち点3が必要な一戦には変わりなかった。
彼らはその気迫と闘争心を序盤から強く押し出す。5-3-2とも3-1-4-2とも言える基本布陣で挑んだ湘南にしてみれば、まずは相手をしっかり捕まえ、守備で先手を取ることが全ての第一歩だった。カギを握るのは、アンカーの田中聡、両インサイドハーフの茨田陽生と山田直輝の逆三角形の中盤。相手は山口と大﨑玲央がダブルボランチに並び、その前にイニエスタが陣取る格好だっただけに、彼らをしっかりつぶして、攻撃の起点を寸断することが至上命題と位置づけられた。
“イニエスタ封じ”の大役を担った19歳の田中は鋭い出足と球際の強さをいかんなく発揮する。対峙する相手はフリーマンのように左右に動くため、その時はマークを受け渡ししなければいけないが、背番号7はスムーズな連携を周囲に促していた。前半に仕事らしい仕事をさせたのは、ラストのシュートシーンのみ。それも枠を外れ、湘南としては町野修斗が挙げた虎の子の1点を守った状態で後半に突入した。
相手が2枚替えで攻撃のギアを上げる中、湘南は町野がバックパスを拾って追加点。優位に立ったが、そこからの神戸の猛攻を凄まじく、菊池流帆に1点を返される。さらにはボージャン・クルキッチのドリブル突破やイニエスタの飛び出しなどで危険にさらされた。が、守護神の谷晃生が好セーブを見せるなどして、懸命にゴールを防ぎ続けた。
攻守が目まぐるしく入れ替わる激しい展開の中、強度と激しさを体現し続けた田中は、78分に脳震とうの疑いでピッチに座り込み、無念の交代を強いられる。それでも、イニエスタ封じの大役を果たしたパフォーマンスは評価されていい。同タイプの山口蛍以上に存在感を発揮していたと言っても過言ではないだろう。
結果的に2-1で勝利した後、山口智監督は「アンカーの聡のところはどうしても狙われがち。3月の浦和レッズ戦を筆頭に多くの相手がそういう意図を持って向かって来る。今日はよく自分の仕事をやり切ってくれた」と賛辞を送っていた。
指揮官自身も10代の頃からプロの舞台に立ち、ボランチの役割も担いながら体を張っていたから、田中の立場をよく理解できるはず。そんな後押しも勇敢な働きぶりにつながった。
この日の彼の一挙手一投足は若かりし日の遠藤航を彷彿させるものもあった。
パリ五輪世代の中心ボランチと目される2002年生まれの田中は長野市出身。AC長野パルセイロU-15から湘南U-18へと渡った。
「パルセイロのコーチに湘南とツテのある人がいて、練習参加のチャンスをもらい、湘南入りできることになりました。でも長野と違って関東のJ1クラブの下部組織はものすごくレベルが高かった。正直、戸惑いましたけど、ユースで活躍できればすぐトップの練習に呼んでもらえる環境だったから、『成長したい』と思って必死に取り組みました」
新たな環境に適応し、2019年U-17ワールドカップでメンバー入りし、国際経験を積み重ねるとグングン成長。2020年には17歳でJ1デビューを果たす。当時の浮嶋敏監督がユース時代の指導者だったことも追い風になった。そして18歳になった2021年は36試合に出場して2ゴール。まさに湘南の主軸として1シーズン戦い抜いた。こうした10代の成長過程も遠藤に酷似している。
「いろいろなコーチから『10年前の航に重なる』と言われたりします。Jリーグの試合に出始めてからより意識するようになりましたし、遠藤航さんの領域に辿り着かないといけない。そういう存在だと思っています」
本人もクラブからの大きな期待を背負って戦っている。ただ、遠藤は19歳でキャプテンマークを巻くほどの統率力を備えた人物。今、シュトゥットガルトで主将を託される姿を見ても、プレーヤーとしても人間的な器も並外れている。何事も理論的に捉える遠藤とは違い、田中は感性重視のプレーヤー。「僕は何も考えずに感覚でやるタイプ」と自身も認めている。ただ、ここから殻を破り、高みを目指していくためには、サッカーを体系的に捉え、周りに意思を伝えていく能力も必要だ。そういう部分が垣間見えたのは、今回の神戸戦の収穫と言っていい。
湘南はこれで勝ち点を10に伸ばし、最下位を脱出。昇降格プレーオフ圏内の清水エスパルスと3差に迫った。ここから勝ち点を積み上げていけば、残留圏に浮上できる可能性もある。そのためには、25日の川崎フロンターレ戦、29日のセレッソ大阪戦でもポイントを稼がなければいけない。脳震とうの疑いでピッチを離れた田中がピッチに戻れるかは微妙な情勢ではあるが、直後の6月にはウズベキスタンで開催されるAFC U-23選手権予選も控えているため、早い復帰が望まれるところだ。
鈴木唯人、細谷真大らパリ世代の台頭が目立つ今季だが、湘南をけん引するデュエル系ボランチの動向も必見。長野県出身初の五輪代表、W杯日本代表を目指して、大いなる飛躍を遂げてもらいたい。
取材・文=元川悦子
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By 元川悦子