引退セレモニーで中村憲剛(右)と [写真]=FCMZ
「38歳、ついに引退を迎えることになりました。今年が(FC町田ゼルビアとの)契約最終年。2ケタ(ゴール)取れなかったらやめると決めて挑みましたけど、6得点にとどまった。34試合に出たけど、自分自身が何より納得できなかったシーズンだった。でもここでやめるのが一番美しいと思って決めました」
11月5日に行われた引退会見。川崎フロンターレを皮切りに、ボーフム、ケルン、水原三星、清水エスパルス、アルビレックス新潟、町田の7クラブで17年間走り続けた鄭大世は晴れ晴れとした表情でこう言った。
最終決断を下したのは、10月23日の明治安田生命J2リーグ最終節の新潟戦から3日後。クラブから契約満了を伝えられ、家族や周囲に話した。「えーっ」と驚かれた長男とは、29日に古巣の川崎Fが等々力競技場でヴィッセル神戸に勝利したゲームに同行した。最高の雰囲気の中でサッカー選手として活躍し、数々のゴールを奪い、惜しまれながら移籍したと長男に伝えたところ、「将来はサッカー選手になりたい」と言われたことで、現役選手としての大役を果たせた実感を得られたという。
そうやってわざわざ息子を伴って古巣を訪れた通り、鄭大世にとって2006年から2010年夏まで過ごした川崎F時代はやはり特別だ。

川崎F時代の鄭大世 [写真]=Getty Images
東京都3部(当時)の朝鮮大学校からJ1昇格間もない川崎Fに引っ張られ、ルーキーイヤーからリーグ16試合に出場。鹿島アントラーズ相手に奪ったプロ初ゴールは今も脳裏に焼き付いて離れないという。
そして2007年から2009年の3シーズンは連続2ケタゴールを達成。4年半の在籍期間、J1で3度の2位、2度のヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)準優勝、2度のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)8強進出と鄭大世はハイレベルの舞台で輝き続けたのだ。
彼を押し上げたキーマンと言えるのが、中村憲剛という名パサーだろう。我那覇和樹、ジュニーニョ、レナチーニョといった点取屋たちがゴールを量産できたのも、稀代のプレーメイカーの存在があってこそだ。
鄭大世は現役人生を通じて、中村の存在の大きさをしみじみを感じ続けたという。
「憲剛さんは自分のサッカーの師でもあり、悪霊でもありますね(苦笑)。あのパスを受けられないと、味方にフラストレーションを抱いてしまう。最後の最後までそれを上回る人は現れなかったですね。FWはいいパスを受けられなければゴールは決められない。彼は絶対にストレスを感じさせない不動のMFであり、稀代のパサー。僕の多くのゴールをアシストしてくれて、キャリアとステイタスを上げてくれた。あの経験は最高に価値があると思います」

引退会見では晴れやかな表情で [写真]=FCMZ
その後のキャリアでも、水原三星時代の名クロッサーであるヨム・ギフン、清水時代の枝村匠馬、河井陽介ら能力ある選手との出会いはあったが、中村憲剛の影響力はあまりにも大きすぎた。鄭大世の現役生活というのは、イキイキと躍動していた川崎F時代の幻影を追い続けた日々だったのかもしれない。
それでも、川崎Fで積み上げた若かりし日の実績と自信が値が北朝鮮代表での2010年南アフリカワールドカップ出場につながった。南アではブラジル、ポルトガル、コートジボワールという強豪揃いのグループに入り、3戦全敗の憂き目に遭ったが、初戦でカナリア軍団と対峙した際には、国歌斉唱時に号泣。世界が注目する大舞台に立った感動と興奮は凄まじいものがあったという。
「東京都3部にいた自分が、南アW杯最終予選のアウェーでのサウジアラビア戦で勝って、出場権を手にした時の喜びは本当に言葉にならなかったですね。試合後は5分毎に泣いて、帰りの飛行機でも10分毎に泣いてました。南アではロビーニョ、クリスティアーノ・ロナウド、ディディエ・ドログバといった素晴らしい選手たちと同じピッチに立てた。プレミアリーグ移籍と優勝という夢は叶わなかったけど、ドイツ1部に行けたことを含めて、自分の伸び幅はすごいと思います」と本人も感慨深げに語る。
ただ、鄭大世は自分自身を特別な存在だとは思っていない。雑草魂を持ち続け、己の力を信じて高みを目指し続ければ、いつかチャンスが転がってくることはあり得るからだ。

引退セレモニー終了後、胴上げされる鄭大世 [写真]=FCMZ
希望を持って前進し続ければ、明るい未来は切り開ける……。彼はそのことを改めて強調したいという。
「僕が若い選手につねづね言っているのは、『自分の可能性を疑うな』ということ。自分が『こいつマジで下手だな』と思うような選手でも海外へ行ったり、代表で活躍したりする。そのたびに自分の見る目のなさを痛感しますけど、他人からの評価やネガティブな声は気にしなくていい。自分を疑わず、できるだけ大きな夢を持つこと。それを忘れずにやってほしいですね」
ユニフォームを脱ぐと決めた今でも、目をキラキラさせながらサッカーの話をする鄭大世。次のステップは韓国での芸能活動だというが、これだけサッカー愛に溢れる男がこの世界から離れられるとは到底、思えない。
「(芸能活動は)5年をメドに判断しますけど、いつかは監督をやります」と断言するだけに、近い将来には指揮官としてJリーグの舞台に戻ってくる姿が見られるかもしれない。
その時には、自身を越えるスケールの大きな泥臭い点取屋をぜひ育ててほしい。明るい人柄、多彩な才能を持ち合わせる鄭大世の行く末が今から本当に楽しみである。
取材・文=元川悦子

家族とともに [写真]=FCMZ
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By 元川悦子


