301日ぶりに公式戦のピッチに立った宮市亮 [写真]=J.LEAGUE via Getty Images
2023年5月24日、横浜F・マリノスの宮市亮が再びピッチに戻ってきた。
JリーグYBCルヴァンカップ・グループステージ第5節が24日に行われ、北海道コンサドーレ札幌がホームに横浜FMを迎えた。既にグループステージ突破を決めている横浜FMは、直近の明治安田生命J1リーグ第14節ガンバ大阪戦から、GK飯倉大樹とDF松原健を除く9名を変更。大幅なターンオーバーを実施した中で、ベンチには宮市の名前があった。横浜FMの公式戦でメンバーに入るのは、昨年7月16日に行われたJ1第22節サガン鳥栖戦以来のこと。実に312日ぶりとなる横浜FMの公式戦メンバー入りだった。
振り返ると、宮市の横浜FM加入が発表されたのは2021年7月5日。加入初年度はコンディションが整わないシーズンとなり、翌シーズンに入っても開幕当初の序列は決して高くなかった。宮市にとって大きな転機となったのは2022シーズンのJ1第10節ヴィッセル神戸戦。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)に参戦する関係で3月2日に前倒しされた一戦で、横浜FM加入後初スタメンのチャンスを得たのだ。この試合でアピールに成功した宮市は、徐々に出場機会を増やしていく。第11節の浦和レッズ戦ではJリーグ初ゴールを決めるなど、前述の鳥栖戦に至るまで15試合の出場で3ゴールを挙げていた。
日に日に輝きを増す宮市の姿は、日本代表を率いる森保一監督の目にも留まっていた。2022年7月13日、宮市は横浜FMのチームメイト6名とともに、EAFF E-1 サッカー選手権 2022を戦う日本代表のメンバーに選出。アーセナルからウィガンへとレンタル移籍していた2012年10月以来、およそ10年ぶりの代表入りだった。E-1選手権では初陣の香港代表戦に途中出場すると、第2節の中国代表戦では日の丸を背負って初となるスタメン出場。そして、忘れもしない7月27日、勝てば優勝が決まる韓国代表との第3戦、宮市は1点をリードして迎えた59分に横浜FMの同僚・水沼宏太との交代でピッチに送り出された。
だが、その直後に宮市は悲劇に見舞われる。75分、ゴールライン際のボールを残そうと粘った際に右ひざを痛め、プレー続行は不可能に。サンフレッチェ広島に所属している森島司との交代でピッチを後にしていた。同試合から2日後、横浜FMから発表された診断結果は「右ひざ前十字じん帯断裂」。あまりにも残酷な宣告だった。
その苦しさは、我々が理解できる範疇を遥かに超えているに違いない。これまでウィガン時代には右足首じん帯の負傷に悩まされ、ザンクト・パウリ時代には両ひざのじん帯を断裂。何度も何度もケガに泣かされ、昨年の負傷時には現役引退も頭をよぎったという。「本当に辛いことの方が多かったです」という言葉は本心から出たのだろう。だが、宮市は挫けなかった。過酷なリハビリに励む決断を下した。宮市が復帰に向けて歩き出したその日から、横浜FMのチームメイト、サポーター、関係者、その他にも数多くのサッカーファンが宮市の帰りを待ち続けた。こうして迎えた前述の札幌戦。横浜FMのメンバーリストに記載された宮市の名前を見て、魂が揺さぶられたのは筆者だけではないだろう。
札幌のメンバーリストにも数多くのサッカーファンが復帰を心待ちにしていた選手の名前があった。深井一希、U-12から札幌の“ワン・クラブ・マン”としてここまでキャリアを積んできた選手だ。深井も世代別代表の主力に君臨し、若くして将来を嘱望されながら、これまで何度もケガに泣かされてきた。2022シーズンのJ1第23節名古屋グランパス戦でゴールを決めた後には直前に負傷していた宮市にエールを送り、宮市も自身のSNSで反応。だが、深井も直後の9月に右ひざ前十字じん帯を断裂。ひざのじん帯完全断裂は自身4度目だった。そこからは深井も宮市も、復帰を信じて長く辛いリハビリに身を置いた。そこから月日は流れ、2023年5月24日。偶然か、それとも必然か、両者は同じ公式戦で長期離脱からの復帰を果たすこととなった。
もっとも、深井には試合前の段階で“予感”があったという。「メンバー的に考えたら、『もしかしたらあるかな?』とは思っていました」。結果的に宮市はベンチスタート、深井は先発となった一戦は、後半に入ってセットプレーから松原がヘディングシュートを決めて横浜FMが先制。その後は両者得点を奪い合い、2-2で終盤に突入すると、横浜FMのケヴィン・マスカット監督が動く。ウォーミングアップを続けていた宮市に声を掛けたのだ。そして81分23秒、宮市がピッチに足を踏み入れる。「意外と落ち着いていたというか、すごく楽しみな気持ちを持って入れました」。やっと実戦に戻ってきた背番号23は、その言葉の通り誰よりも楽しそうにボールを追いかけていた。
だが、横浜FMは宮市投入直後の84分、青木亮太に右足シュートを決められ、2-3と逆転負けを喫した。試合後、報道陣の前に姿を現した宮市は「復帰した喜びよりも、チームが勝てなかったという悔しさが大きいです」と切り出した。負傷離脱中もチームのために奮闘していた宮市らしい言葉だ。それでも、直後には「そういうことも感じられるくらいのところに立てたんだなという喜びはあります」と話し、爽やかな笑顔を見せてくれた。
宮市のプレー時間は後半アディショナルタイム(AT)を含めてもおよそ10分ほど。決して長い時間プレーしたわけではないが、後半ATには決定機もあった。ペナルティエリア右で前を向いた村上悠緋が中央へ折り返すと、ファーサイドで狙っていた宮市が反応。体制を崩しながらも右足で合わせたシュートは、大きくクロスバーを超えていった。「あれが決まってたら良いストーリーになったのかなと思います」と語った宮市は「本当にあのワンプレーで試合の流れを大きく変えられたので」と悔しさを露わに。ただ、宮市に言わせるとこのような悔しさもピッチに立っているからこその「嬉しさや喜び」だ。韓国代表戦から301日ぶりの公式戦のピッチで、宮市は「悔しさ」という「喜び」を実感した。
こうして札幌戦で無事に復帰を果たした宮市は、繰り返し周囲への“感謝”を強調していた。「マリノスのスタッフだったりサポーターだったり選手だったり、本当に色んな人に支えられてここまで来れました。周りにいる人々の存在が、僕をここまで奮い立たせてくれました。全ての人に感謝したいなと思います」と口にすれば、当日のサポーターの姿を見て「もう本当に、ピッチの上に立った時に鳥肌が立ちました」と話す。数多くの札幌サポーターが宮市へ温かい声援を届けたことも、しっかりと心に刻まれていた。
「試合前には札幌のサポーターの方も拍手で迎え入れてくれて。あのような瞬間は感情的にになるというか、『ありがたいな』という思いでいっぱいでした。チームの垣根を越えてそういった行動をしてくれたのは、本当に嬉しかったです」
復帰までの道のりの中で、宮市は自身のSNSを通してリハビリの様子を公開していた。復帰を果たした今も、自身と同じくケガに悩まされている全アスリートへの気持ちは変わっていない。「本当にこのケガで苦しんでいるアスリートだったり、学生だったり、深井選手もそうですよね。このような姿を見て、何かを感じ取って、リハビリだったり手術だったり頑張っていって欲しいなと思います」。こう話した後には、負傷に泣かされてきたアスリートの1人でもあり、「スタメンの名前を見た時は素直に嬉しかった」という深井の存在に触れた。
「彼も僕がケガをした時にすごくエールを送ってくれました。何度も何度もケガをしながら、それを経てピッチに戻ってくる彼の姿には、僕自身も勇気付けられました。本当にお互い復帰の時期が一緒になったということで、何かの縁かなと思います。今後は2人ともケガなく現役を続けていきたいです」
両者は試合前後の時間に話をする時間があったらしく、宮市が「試合には負けてしまいましたが、同じ前十字仲間として『お互いケガなく頑張ろうね』という話はしました」と述べると、深井も「『連絡ありがとうございます』という話と『お互い無事に終われて良かったですね』という話をしました」と交わした言葉の一部を明かしてくれた。
深井と同じく札幌の地で“リスタート”を果たした宮市。「これからは離脱することなく現役生活を全うしていきたい」と意気込んだ背番号23は、ここから更にコンディションを上げ、定位置争いに食い込むことが期待される。だが、宮市には“競争”という意識はない。「前提として、サッカーができる喜びがあって、ましてや日本一のチームでやらせてもらえている。そこの喜びを日々噛み締められていることが僕にとっては幸せなので。チーム内競争というよりも、みんなで勝ちに向かってやっていきたいです」。苦しかった日々を乗り越えたスピードスターがアクセル全開になる日は、そう遠くないだろう。
取材・文=榊原拓海
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