先発した青山 [写真]=J.LEAGUE
青山敏弘は涙した。思い入れあるエディオンスタジアム広島でのラストマッチに先発出場することを知ったときだった。
10月21日にホームで行われたセレッソ大阪戦のあと、青山はミヒャエル・スキッベ監督から「次の試合、アオはキャプテンでいくよ」と告げられていた。「そのときは本当に涙が出ました。期待に応えないといけないっていう思いで」と振り返る。
「(監督が)『出るにふさわしいプレーをしてくれている』とはっきり言ってくれたので、そう言ってくれたからには応えなきゃいけない。喜びもあったけど、それ以上に責任が込み上げてきました」
それから約1カ月、今季最後のホームゲームである明治安田生命J1リーグ第33節のガンバ大阪戦に向けて、不安やプレッシャーと向き合いながら、37歳のMFは「期待に応える」その一心でトレーニングに取り組んできた。「この1カ月で自分に何ができるのか、どれだけコンディションを高めていけるか、というところにフォーカスしてやってきました」
スキッベ監督はそんなベテランの姿を見てG大阪戦の前日練習後には、「彼に対する不安はまったくないし、一番高い集中力を持ってプレーしてくれると思う。サンフレッチェで20年間やってきた全てを見せてくれるはずだ」と太鼓判を押した。青山も指揮官の思いに応えようと、「若手が自信満々にピッチを駆け回る姿を見ると、どれだけ監督が引き出してくれたか。僕もその1人だと証明したい」と意気込んでいた。
迎えた11月25日のG大阪戦。来季から新スタジアム「エディオンピースウイング広島」に移転するため、約30年間使用したエディオンスタジアム広島に別れを告げる大切な一戦だ。
スタジアムには早い時間から大勢の観客が駆けつけ、今季最多の2万9097人が入った。試合前にはバックスタンドにエンブレムのコレオグラフィが作られ、入場する選手たちを華々しく迎えた。最高の雰囲気の中、青山は「たくさんのファン・サポーターの方が迎え入れてくれて、それを見て今日は勝てるなって思いました」と力をもらっていた。
紫に染まったエディオンスタジアム広島の真ん中にキャプテンマークを巻いた背番号6が立った。キックオフの直前にジャンプして、ダッシュして、またジャンプ。先発のピッチで最後まで自分を奮い立たせるように体を動かしていた。
「本当に責任が大きかった。もしかしたら僕の起用を否定的に思う人もいたかもしれないし、実際に僕がいつも出ているメンバーだったら悔しい思いをしていたかもしれない」
試合開始のホイッスルが鳴る直前まで、そんな葛藤をしながらも、最後は覚悟を決めた。「でも、やっぱり期待に応える責任を感じていたので、(試合に)勝ってそれに応えないといけない。不安なんかより自分の背負った責任に打ち勝つ。そういう思いがまさっていました」
3位浮上がかかった大事な試合で突然のスタメン入りだった。青山は今季これまでリーグ戦4試合に出場し、プレー時間はどれも終了間際の1分で計4分のみ。さらにこの日はMF柏好文、MF柴﨑晃誠、そして現役引退を表明したGK林卓人もそろってベンチ入りし、試合から遠ざかっていたベテラン勢が久々にメンバーに名を連ねた。
スキッベ監督は試合前日にベテラン勢の起用について、「今までの歴史を見ると、いい時もあれば、悪い時もあった。そういうことをともにしてきた選手たちが最後にいい形で(Eスタに)お別れできるのは重要なことだと思う。それによって、いいサッカーができると思っている」と力説していた。
そんな指揮官の大胆な采配と選手を思う気持ちが若手の奮起にもつながった。先発した24歳のMF川村拓夢は、「これまでサンフレッチェ広島を築いてきた選手たちが今日はベンチに入ってくれたので、早い段階で得点を取って試合を決めて、ピッチに立ってもらうという選択肢は、出ている選手みんなが持っていた」と明かした。
公式戦で約8カ月ぶりに先発出場した青山は常にピッチを駆け回り、シンプルかつリズム良くパスをさばいて攻撃を作り、球際で体を張って戦う姿勢を貫いた。試合が始まれば、不安やプレッシャーを感じさせない堂々とした姿があった。
「自分の出せるものをぶつけていくしかなかった。(試合展開が)どっちに転ぶか、もしかしたら難しい方になる不安もあったけど、ピッチに立ったらそんな不安もなくなった。自分のプレーに集中していたし、みんなと一緒に『こんなサッカーをしているんだ』って感じながらプレーしていた」
青山とダブルボランチのコンビを組んだ川村は、「経験をピッチで出してくれるので、すごく頼もしかった」と話し、「アオさんはサンフレッチェ広島を象徴するバンディエラ。ピッチ内で攻撃の主導権を握って(佐藤)寿人さんのゴールとかを導いていたのが印象に残っている。ボールを持った時はワクワク感があって、常に前を見てワンタッチでチャンスになるところを狙っているので、すごく勉強になる」と大先輩とのプレーを振り返った。
広島は9分、DF佐々木翔の縦パスからFW加藤陸次樹、FWドウグラス・ヴィエイラ、MF東俊希が流れるような連携でつなぎ、最後は加藤のクロスをFW満田誠がヘディングで流し込んで先制。11分には東の正確なクロスをファーポストのDF中野就斗が頭で叩き込んでJ1初得点を決めた。後半の53分には、敵陣中央の青山が粘り強くボールを奪い返して攻撃の起点になると、川村の鋭い縦パスを受けた加藤がペナルティエリア左から狙いすましたシュートをゴール右隅に沈めて追加点。スキッベ監督がチームに植え付けた攻守にアグレッシブなサッカーで相手を圧倒し、3-0の快勝を収めた。
広島が誇るアグレッシブなスタイルで戦った青山は、「チームは足を動かし続ける、走り続ける、そういう姿勢で90分やっている。みんながそうなので、自分もついていくしかない。だから今やっているサッカーは強いんだなって思いました。(試合の)中に入ってみないとわからない部分もあったし、改めてそれを感じられたので、僕にとっては大きな試合でした」と振り返った。
今季リーグ戦初先発の試合は、73分まで戦い抜いて途中交代となった。試合中からEスタで見せてきた6番らしいプレーのひとつひとつに観客が沸き、ピッチを退く時には大きな歓声と拍手が贈られた。「みなさんの熱い応援が僕たちを後押ししてくれて、立ち上がりからいいプレー、いいゴールを見せることができました」と応援に感謝し、「大声援の中で交代していくのが自分の目標だった。本当に温かい拍手をいただいて、僕の宝になった試合でした」と感慨深そうに話した。
先発を告げられてから試合までの約1カ月、ベテランMFは「決してうまくいける自信があったわけではなかった」と回想する。「ただ、『アオならできる』と監督が言うなら間違いないと思っていたし、それを信じてくれてこんな大事な試合に出させてもらった。期待に応えなきゃいけないと思っていたのでホッとしています」と試合を終えて心境を明かした。
不安やプレッシャーを乗り越えて、最後のエディオンスタジアム広島で輝きを放った。「プレーしている時は楽しかった」と青山は笑みをこぼす。「サッカーってこんなに楽しいんだって思いました。試合中も塩谷(司)に後ろからたくさん声をかけてもらって頼りになったし、みんなと一緒に戦える空間は特別なことだと実感しました。やっぱりこのピッチに立ちたかったんだなって思いました」
この試合を最後に愛着あるホームスタジアムとはお別れとなったが、青山は「実感は……湧かないね。自分が成長してきた場所なので、やっぱり僕のホームはここ」と言い切った。それでも、応援し続ける人たちがいれば、一緒に未来へと歩んでいける。
「ファン・サポーターの皆さんがいるから一緒に次に向かっていけると思えるし、それさえあればいいなと思う。もちろんこのスタジアムにはたくさんの思い出が詰まっているし、その思い出も一緒に新スタジアムに向かっていけると思えば、うれしい。そんな思いが強いですね」
クラブ一筋20年間分の喜怒哀楽が詰まったエディオンスタジアム広島。有終の美を飾ったラストマッチも青山の心に刻まれたに違いない。様々な思い出を胸に、これからも広島の背番号6は戦い続ける。
取材・文=湊昂大
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By 湊昂大