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“信念の男”ポステコグルー チームを変革させる“ボス”の歩み

2024.07.23

 アンジェ・ポステコグルーは信念の男だ。

 やると決めたことは、絶対に最後までやり遂げる。体の内側から湧き上がってくるフットボールに対しての情熱は、2018年に亡くなった父ジムとの関係性や1974年の西ドイツワールドカップで魅了されたオランダ代表、現役時代にフェレンツ・プスカシュ監督と過ごした日々などのあらゆる原体験と結びついている。

 筆者が横浜F・マリノスを取材者として継続的に追いかけ始めたのは、2017年の後半だった。当時は中位が定位置になっていたクラブを2018年以降も取材を続けようと思ったのは、ポステコグルー監督が就任したことで大きな変化が起こると確信したからである。

 その根拠となったのは、2017年のFIFAコンフェデレーションズカップでオーストラリア代表を率いたポステコグルー監督がドイツ代表やチリ代表を相手に披露した攻撃的なフットボールだ。目立った結果を残せたわけではなかったものの、自分たちよりも力のある相手に対してブロックを敷いて構えるのではなく、堂々とボールを握ってゴールに向かっていく姿は痛快だった。

 そして、オーストラリアからやってきた新指揮官は横浜FMを根本から変えた。カウンター主体の守備的なスタイルが定着していたチームにとっては、もはや「変化」というより「変革」に近い、劇的な転換だっただろう。

 当然、反発も大きかった。特に自分のフットボール観が定着しているベテランたちの多くは、急激な変化に拒否反応を示した。結局、2018年は残留争いに巻き込まれることになるが、それでもポステコグルー監督は一切ブレることなく自らの流儀を貫き通した。

 すると若い世代を中心に「これを続けていれば、絶対に強くなれる」という希望を見出す選手が徐々に増えていった。最初は絶対にできないと思っていたことが、監督の言う通りに続けていたら、ふとした時にできるようになっている。そういった小さな成長、一つひとつの積み重ねが信頼につながっていった。

 ポステコグルーは自らの信念を貫くためなら変化を恐れない。聖域を設けることなく不要だと感じた選手には見切りをつけ、理想のフットボールを実現するため大幅に刷新したチームで2019年にJリーグ優勝を果たす。横浜FMにとっては15年ぶりのリーグ制覇となった。

“偽サイドバック”に代表される斬新なアイディアをふんだんに盛り込み、相手を敵陣内に閉じ込めるような支配的で再現性のあるポゼッション。爆発的かつスピーディーにゴールへと突き進んでいく、最大限に効率化された攻撃。全員がハードワークを怠らず、献身的にボールへプレスをかける強度の高い守備。これらを循環させることで、数えきれないほどのゴールを奪った。見ていても楽しいエキサイティングなフットボールは、多くの指導者が模倣を試みたことだろう。

 彼はこれまで指揮してきたクラブのカルチャーを、ことごとく根底から変革してきた。ブリスベン・ロアーでも、メルボルン・ビクトリーでも、横浜FMでも、そしてセルティックでも。

 横浜FMには「アタッキングフットボール」という思想が、ポステコグルーのレガシーとして残っている。クラブのスローガンにもあるように「勇猛果敢」な姿勢はピッチ上の選手たちのみならず、クラブを裏側から支えるスタッフたちの日常業務にも、ファン・サポーターのマインドにも「アタッキングフットボール」が根づいた。

 ポステコグルーは誇り高い男でもあり、どんなに大差で勝とうと内容に納得がいかなければ、必ず「今日は勝つことができたが、自分たちのサッカーはできていなかった」と不満を口にした。自分が世界最高の監督になれると信じているからこそ、横浜FMも世界最高のクラブにできると自負していたのだろう。現状に満足することなく、常に前向きに理想を追い求めて突き進む姿は、海を渡って活躍の場をヨーロッパに移してからも全く変わっていないように見える。

 もし今、横浜FMが2017年以前のような守備的なチームに戻る選択をしたならば、選手もファン・サポーターも、ひいてはスポンサーすらも、誰も納得しないだろう。おそらくトッテナムでも同じような状況が出来上がりつつあるのではないか。もちろん就任当初は日本やスコットランドでしか実績のない“無名監督”に対しての懐疑的な見方はあっただろうが、ヨーロッパカップ戦出場権を確保したシーズンを終えて、ポステコグルー監督への評価は大きく変わったはずだ。

 昨シーズン終盤は負けが込んだものの、開幕から3カ月連続で月間最優秀監督賞を獲得した序盤の快進撃には誰もが度肝を抜かれただろうし、ピッチ上で繰り広げられるフットボールの攻撃性や、ミッキー・ファン・デ・フェンやデスティニー・ウドジェといった若き新戦力のポテンシャルを見抜く慧眼には、これまで以上に磨きがかかっている。ポステコグルー監督の真価が発揮されるのは2年目だと、強く信じられているのではないだろうか。

 記者会見のコメントなどを聞いていても、彼自身は何も変わっていない。話している内容は横浜FM時代とほとんど同じだ。違うのはコミュニケーションの取り方。言葉の壁があったJリーグ時代はチームトークでもメディアに対しても伝えたい内容を端的にまとめる傾向があったが、イギリスに渡って以降はコメントが長く、深くなっており、言葉選びにもメッセージ性を持たせているように感じる。

 横浜FMで「アタッキングフットボール」を真に信じられるものへと昇華させられたのも、言葉の力によるところが大きかった。ポステコグルーが持つ卓越したコミュニケーションスキルや、それに伴って生まれる威厳や誇りはトッテナムが次なるステップへ進むための道標になるに違いない。

 昨シーズンの終わりにクラブ公式インタビューで「長いシーズンだったが、同時に私にとってはとても楽しく、やりがいのある1年だった。この仕事を引き受けた時に期待していた通りだった。チャレンジングなシーズンになると思われていただろうし、ご存知の通り、我々の戦い方には大きな変化があった。変化というのは、起こるたびに困難を伴うものだ」と述べたポステコグルー監督は、こんなことも話していた。

「でも、私はそれを楽しんでいる。新しいことを始める時は、いつも人々がどう反応するか興味深いものだが、私には選手たちが新しい戦い方を受け入れてくれるという直感があった」

「私がこのクラブに連れてこられた理由の一つは、ここのフットボールを変えることだった。関わっているほとんどの人々が、実際に変わったことに同意してくれると思う。もちろん1年目が大きな挑戦になることはわかっていたし、我々はそれにうまく対処できただろう。いい時期もあれば、次のステップに進むために何が必要かを探す逆境もあるんだ」

「来シーズンはより安定した『自分たちのサッカー』が見られるようになると確信している。このチームは、我々が求めるレベルのパフォーマンスを維持できると確信している。今シーズン(2023-24)は多くの選手にとってプレミアリーグ初挑戦だった。ただ、1年戦ったことで彼らにベースができたのなら、今後数年でどれだけ成長していくか本当に楽しみだ」

「記憶に残るような時間、ファンタスティックな試合、信じられないようなゴールの数々をスタジアムで経験できたと思う。ファン・サポーターが作り上げたあの雰囲気の中で、試合終盤に決めたたくさんのゴールは長く記憶に残るだろうし、彼らが作ってくれた素晴らしい雰囲気のおかげで、再びポジティブな形で新しいシーズンをスタートさせられる。トッテナム・ホットスパー・スタジアムに真のユニークな環境を作ってけることを本当に楽しみにしているよ」

 こうした言葉を聞くだけでも、ポステコグルーが貫く信念の強さや、進化を続ける彼のフットボールの一端を感じることができる。そして今夏、トッテナムはプレシーズンツアーで来日してJリーグ王者のヴィッセル神戸と対戦する。

 世界最高の監督になれると信じ続けて比類なきフットボールで数々の壁を破ってきた男は、メルボルンのギリシャ人コミュニティから出発し、ついに世界最高峰の舞台に辿り着いた。ポステコグルーの指導者キャリアにおけるハイライトになるであろうトッテナムでの2年目、前人未到の領域へと挑むシーズンは、かつて飛躍の礎を築いた日本から始まる。

文=舩木渉

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試合情報
日付:7月27日(土)
キックオフ時刻:19時
会場:国立競技場

放送予定
Lemino(無料生配信)

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