2月9日のブンデスリーガ・ハノーファー戦で右太もも裏を痛め、公式戦から4か月近くも遠ざかった内田篤人(シャルケ)。5月27日のキプロス戦(埼玉)で戦線復帰し、6月初旬にアメリカ・タンパで行われたコスタリカ戦、ザンビア戦で少しずつ出場時間を伸ばし、2014年ブラジル・ワールドカップ本番に備えていた。それでも、大会前は「試合勘が不足している内田が3試合をフルで戦い抜くのは難しいだろう」という見方が大勢を占めていた。
ところが、「普段通り」を心掛ける内田は14日の初戦・コートジボワール戦(レシフェ)から攻守両面で堂々と世界と対峙した。長友佑都(インテル)と香川真司(マンチェスター・U)の左のラインが相手に研究され、持ち味を全く出せなくなる中、内田の右サイドは攻撃の起点としてチームを活性化していた。
その流れは19日のギリシャ戦(ナタル)、24日のコロンビア戦(クイアバ)も変わらなかった。ギリシャ戦では相手のエース・サマラス(セルティック)に仕事らしい仕事をさせず、自ら決定的なシュートを放ち、この日最大のビッグチャンスだった大久保嘉人(川崎フロンターレ)のフリーのシュートをお膳立てした。コロンビア戦でも前半終了間際の岡崎慎司(マインツ)の同点弾の起点となるドリブルでの攻め上がりを披露。チームとしては最終的に4点を奪われ、惨敗を喫したものの、内田自身は懸命のカバーリングを見せ、守備崩壊を防ごうと最後まで必死に走り抜いた。
「どうしても自分たちが勝たなきゃいけないのは分かってましたし、前半ギリシャが勝ってるって情報も入ってましたし、その中でバランスを崩して前に行ったから、こういうサッカーになっちゃったんじゃないですかね。僕自身はサイドから何回か嘉人さんにぶつけたシーンがありましたし、こういう大会ではセットプレーで点が取れたら楽なんですけどね。ただ、相手の選手はつねに僕らが上がった後ろを狙ってましたし、向こうの戦略通りって気がしますけどね。日本は進歩しているとは思いますし、いろんな選手が海外に行ってやれてるのもそうだと思いますけど、世界は近いけど、広いなって感覚があります。それはこの大会で思ったことじゃないけど。ドイツに行ってすぐ感じたし、なんか近くなったような気もするけど、やっぱり広いですよ、世界は」と試合後のミックスゾーンに現れた内田はいつものように淡々と敗戦を分析していた。
そんな内田だが、今大会では日頃戦っている通りの実力をストレートに出せた数少ない選手といっていいだろう。それも内田が再三、口にしてきたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)など大舞台の経験値から来るものだろう。
「俺、いつも通りって何回も言ってましたけど、本当にいつも通りやれればいいと思ってた。4年前に試合に出られなくて、『ワールドカップはどんなもんだろう』と思ってたけど、普通のサッカーの試合でしたし、変わらなかった。だけどやっぱり結果が出ないとね。負けてみなさんの前でしゃべっても何の説得力もないし、かっこ悪いですから。ホントに結果が全てだと思いますよ」とこれまで勝利に誰よりもこだわり続けてきた内田は、1分2敗の勝ち点1のグループ最下位という屈辱的な結果を、内田は自分なりに静かに黙って受け止めるしかなかった。
とはいえ、自分が主力として戦った大舞台で、これだけの惨敗というのは、鹿島アントラーズやシャルケという名門クラブでプレーしてきた内田にはあまりないこと。やはり耐え難い気持ちはあるだろう。本人の口からは、こんな言葉も飛び出した。
「俺はシャルケの方がいいプレーができるんだけどね(苦笑)。何でかな…。そこはこの4年間、ずっと悩みましたけどね。そこが分かってたらね…。周りに誰がいるとかそういうことじゃないけど」と内田は代表における自分の役割やパフォーマンスにどこか戸惑いを抱き続けてきたようだ。
それがテレビインタビューでの「代表引退を考えている」という発言につながったのだろう。ただ、本人は「このまま下の世代に任せるのもどうかと思う」ともコメントしており、まだまだ代表への執着もある。ブラジルでの屈辱的惨敗の悔しさをどこかで晴らしたいという思いも少なからずあるはずだ。
今大会の日本代表に希望をもたらした右サイドバックには今後の身の振り方を考える時間は確かに必要だ。ただ、こんな形で終わって欲しくはない。内田の高いレベルの国際経験値を日本サッカー界はまだまだ必要としている。内田自身の進化が、日本代表の成長につながるのは間違いない。そういう意味でも、内田には4年後に向けて今一度、闘志を奮い立たせてもらいたいものである。
文=元川悦子