日本代表の監督に就任したメキシコ人のハビエル・アギーレ [写真]=Getty Images
毎週週替わりのテーマを肴に複数の識者が議論を交わす『J論』。今週のテーマは「日本代表アギーレ新監督に期待すること、不安に思ってしまったこと」。8月11日に行われた就任記者会見では強い意欲を語った新指揮官だが、新生日本代表の前に問題は山積している。会見から見えてきたこと、そして不安要素とは……。今回は努力と根性の現場取材派・小谷紘友が強面のニューリーダーの会見を切る。
■鬼軍曹? 強面? それとも……
荒い気性の激情家。伝え聞いていた、どこかおどろおどろしい人物像とは異なり、実際に姿を現した指揮官は、冷静で紳士的だった。
確かに、強面。歴戦を潜り抜けるたびに深く刻み込まれてきたような顔の皺は、鬼軍曹のようである。そうした厳つさの一方、落ち着き払った受け答えや、時折見せる笑顔はギャップも手伝いどこか魅力的だった。「(4年前の)南アフリカW杯後に声を掛けてくれ、そして再度オファーをくれた。断った後も、今まで私の仕事を見続けてくれたことに惹かれ、今回引き受けることを決心した」と明かした就任の経緯にも、誠実さが滲み出ている。実際に現場で質問してみると、笑顔こそ見せてくれなかったが、真摯に返答してくれた。
そして、期待通りの厳しさも持ち合わせているようだ。
自身のサッカー哲学を問われるやいなや、真っ先に「とにかくたくさん走る」と答え、言語の違いにも「言葉ができないということは障害にはならないと思っている。我々、サッカーをする人間にとっては、ボールがいわゆる共通語だと認識している」と断言した。
私が質問したヨーロッパ組の長距離移動に伴うコンディションの不安に関しても、「ヨーロッパはトップリーグが多く、報酬も多い。メキシコや日本も、ブラジルもアルゼンチンも向こうでプレーしているし、代表に招集がかかると似た問題があると思う。ただ、これが障害になるとは思っていない。長旅によって、疲れているから負けたとか、選手のコンディションが整っていないということはないと考えている。選手達はプロのプレーヤーで、(年間)60試合くらいこなしている選手。自分の体調の整え方も分かっていると思う」と力強く言い切った。
会見を通して感じたのは、見た目のギャップだけではもちろんない。豊富な経験に裏打ちされた自信や選手を信頼する姿勢、一切の言い訳を許さないような強い覚悟だ。
実際、その厳しさこそが新指揮官に最も望まれている点でもある。4年越しの熱意を実らせた原博実専務理事が、7月にブラジルW杯を総括した際に語っていた言葉が思い出される。
「今回のW杯は、今までの大会よりさらにレベルが上がっている。戦術ではチャンピオンズリーグよりもシンプルかもしれないが、4年に1度、国を背負っているという中でのプレッシャー、色んなものを背負っている中でひとつひとつの争いや戦いが本当に激しい。それが日本はまだまだ足らないというか、選手に聞いても“当たり合い”は普段のブンデスリーガやセリエA、プレミアリーグでやっているよりも激しいと。W杯は90分間にわたって激しい。それに耐えられるような選手を増やさないといけない」
その点を踏まえれば、アギーレ新監督はまさに適任だったのだろう。
「チームにはとにかく自分たちは国を代表して、国を背負って戦っていることを常に肝に銘じてもらいたい」と望む指揮官は、W杯に過去4度出場。現役時代にはベスト8まで進み、指揮官でも2度のベスト16に導いた。自身が体感してきただけに、「代表チームの一員というのは、各自が責任をもって自分の責務を果たす。それが一番重要なことだと考えている」との熱を帯びた言葉には、ただただうなずくしかなかった。
「守ることも攻めることもできるバランスをとれた選手を求めている」という言葉から、前任者に通じるところだ。しばしば疑問系で語られる「継続性」についても、実際はあるのではないか。家族とともに日本へ定住する意向も明かし、日本自体への興味を口にして、来日前には文化・伝統に関する本を読んで「予習」もすませてきたという。
就任までの経緯や言い訳の余地のない退路を断ったような姿勢、スペインリーグのクラブや他国の代表監督のオファーがあった中での日本選択だ。今回は、まさに満を持しての指揮官就任と言える。
■付いて回る“アジアギャップ”
とは言え、不安要素がないわけではない。奇しくも、それは期待感で膨れ上がっていた就任会見の中で暗示された。
今回の会見には、アギーレ新監督が12年に渡って数々のクラブで指揮を執ったスペインの国営通信社も出席。記者からは、「日本はサッカー界から見るとまだ若い国で、W杯の本大会には5回しか出たことがない。今までの代表監督とは状況が違うと思う。その若い国を本大会まで持って行くことは、監督のキャリアの中でも非常に大きな挑戦になるのではないか」という質問が出た。
確かに日本は世界のサッカー界から見れば若く、挑戦者という意見に異論はない。ただ、世界での力関係が、アジアでもそっくりそのまま当てはまるかと言えば、決してそうではない。アジアカップで最多4度の優勝を誇る日本は、アジアでは紛れもない強者で、W杯予選では何とか勝ち点をかすめ取ってやろうと目論む他国を相手にすることになる。
世界仕様とアジア仕様の戦い方が別物になってしまうことは、アルベルト・ザッケローニ前監督はもちろん、過去の日本代表監督が総じて苦しんできた課題である。日本について、入念に調べ上げてきたであろうアギーレ新監督だが、想像と現実で世界とアジアでの立ち位置にギャップが生じるようだと、就任会見での言葉の数々が真綿で首を締めるかのように、ジワジワと利いてくるだろう。既に対戦国の決まっている9月と10月の試合では、アジア各国との対戦は組まれていない。一方で、連覇を狙うアジアカップは来年1月に迫っている……。
都内のホテルの大宴会場が報道陣でいっぱいとなった会見は、大きな期待に少しの不安が混ざる形で終わった。とはいえ、世界と所属大陸での力関係の違いは、メキシコ代表で経験済みと言えなくもない。
彼に期待されるのは、強面には似つかない「思ったより」という言葉から始まるエクスキューズではなく、こちらが「想像以上」と思わず口にするような、就任会見同様にポジティブなギャップである。
文・小谷紘友
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