ハリルホジッチ監督の目指すサッカーが垣間見えたイラク戦 [写真]=Getty Images
文=戸塚 啓
テストマッチということは、差し引いて考えなければいけない。
グループFのイラクは、6月の国内Aマッチデーにワールドカップ杯予選が組まれていない。5日後にシンガポールとのW杯予選を控える日本とは、試合の位置づけが異なる。
それにしても、6月11日のイラク戦は申し分のない内容だった。
ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が推し進める「タテに速いサッカー」は、3試合目にしてはっきりとピッチ上に描かれてきている。若年層の試合で立て続けに黒星を喫し、この試合でもリオ五輪世代が出場していたイラクに、力の差を見せつけた一戦である。
指揮官が掲げる「タテに速いサッカー」は、すなわちカウンターを意味すると理解されがちだ。だが、必ずしもカウンターに傾いたものではない。「タテを意識したポゼッション」によって、日本人の特性を引き出そうというものである。
攻撃のベクトルが前へ向くと、DFは下がりながらの対応が増える。同じくMFも背走しながらのプレーになるので、ボールを奪ってもつなぐのは難しい。ラフなクリアになりがちだ。MFのラインが下がっているので、セカンドボールを拾える確率は攻撃側、つまり日本が上回る。厚みのある攻撃が展開されるわけだ。
タテパスを躊躇なく入れるのは、日本人の技術力を下敷きとしている。
香川真司、宇佐美貴史、本田圭佑らは、密集でパスを受けても前へ運ぶことができる。岡崎慎司もワンタッチでさばける。岡崎の2点目を引き出した本田のワンタッチプレーや、岡崎の得点につながる宇佐美のドリブルなどは、相手にとって脅威となる技術の生かしかただった。ハリルホジッチ監督がタテを意識させることで、「うまい」だけで終わっていた攻撃が「怖さ」を帯びている。
後半15分のシーンは興味深い。GK川島永嗣がCKをキャッチし、香川へ短くつないだ。素早いと表現できるフィードではなかったが、香川はそのままドリブルで加速する。宇佐美が左サイドを駆け上がる。本田が全力で香川を追い越す。岡崎もゴール前へ詰める。これまでならカウンターには持ち込まなかったであろうシーンで、一気に相手ゴールへ押し寄せたのだ。
これもまた、相手守備陣に「怖さ」を感じさせるプレーである。タテへの意識を植え付けられ、なおかつ技術を見せつけられると、ポジションを下げたくなるのがDF心理というものだ。インタセプトを狙うのではなく引き気味のポジションを取るので、日本のアタッカー陣は前を向いてボールを受けやすくなる。2列目の両サイドがタッチライン際まで開けば、守備側は選手同士の距離が遠くなる。一対一で勝負できる間合いを確保できるのだ。
後半20分を過ぎたところで、ハリルホジッチ監督は本田、香川、宇佐美をベンチへ下げた。タテへの推進力に陰りが見えたところで、2列目を総入れ替えした。テストマッチだからこその采配である。その後も岡崎、長谷部誠、柴崎岳が交代した。
交代選手を3人しか使えない公式戦で、チームとしての運動量と個人のスプリントをどれだけ維持できるのか。攻守の切り替えを、とりわけ攻から守への切り替えを最後まで追求できるのかは、引き続き大きなテーマとなるだろう。
だが、やり続けなければいけないのだ。個人が持つ技術と組織としての連動性を生かしつつ、技術に寄りかからないサッカーを目ざしていくのだ。球際の強さを、磨いていかなければいけないのだ。
自分たちの力を過信するわけでなく、アジア相手のテストマッチではこれぐらいの内容をアベレージとしていかなければならない。申し分のない内容だったが、手放しで喜ぶものでもない。
W杯で結果を残すのであれば。
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