シンガポールと引き分けた日本代表 [写真]=Getty Images
文=戸塚啓
大失態である。
6月16日に行われたシンガポールとのロシア・ワールドカップ、アジア二次予選はスコアレスドローに終わった。
いくつかの小さな驚きが、アジア各地から届いている。昨年のブラジルW杯に出場したイランがトルクメニスタンと1-1で引き分けた。同じくブラジルW杯出場で現アジア王者のオーストラリアが、キルギスの抵抗に苦しんだ。2-1の際どい逃走劇である。韓国もミャンマーに2-0のロースコアの勝利となった。
ただ、イラン、オーストラリア、韓国はアウェイゲームだった。意味合いはまったく異なる。
試合後のヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、「100パーセント得点できるチャンスが19回はあった」と繰り返し話し、「今日の結果をなかなか呑み込めない。消化できない」とフランス語を荒げた。
客観的に振り返って、「100パーセント得点できるチャンス」は「19回」もなかった。とはいえ、日本が圧倒したのは事実である。この日のマン・オブ・ザ・マッチは、ビッグセーブを連発した相手GKだった。2015年6月16日の夜は、彼のためにあったと言っていい。
W杯予選の初戦で苦しむのは、今回が初めてではない。
アメリカW杯を目ざしたハンス・オフトのチームは、タイを辛くも退けた。三浦知良の左足ボレーが、初戦の緊張に縛られたチームを救った。
2006年のドイツW杯に出場したジーコのチームは、アジア一次予選の初戦でオマーンの執拗なディフェンスに直面した。だが、途中出場の久保竜彦が93分にゴールをこじ開け、1-0で勝利をつかんだ。
最終予選のオープニングゲームも、ハラハラドキドキの展開だった。北朝鮮とのゲームは1-1のまま後半アディショナルタイムを迎え、途中出場の大黒将志が決着をつけて勝ち点3を奪った。
南アフリカW杯への道のりでも、初戦で冷たい汗をかいている。北朝鮮の徹底したディフェンスを崩し切れず、94分の吉田麻也の決勝弾で1-0の勝利をつかんだ。
それにしても、シンガポール戦を『運がなかった』で片付けていいものか。
否、そうではない。
ハリルホジッチ監督のもとで戦うのは、これが4試合目である。しかも、過去の3試合はすべてホームのテストマッチだった。3月に来日したウズベキスタンも、5日前に対戦したイラクも、率直に言って歯ごたえのないチームだった。
オフトのチームは92年のアジアカップで初優勝を飾っていた。ジーコのチームは03年のコンフェデレーションズカップで、フランスとスリリングなゲームを演じていた。東アジア選手権では香港、中国、韓国を相手に歯がゆい試合を演じた。
アルベルト・ザッケローニのチームには、カタールでのアジアカップを制した経験があった。W杯予選の前にシビアなゲームを戦ったことで、いずれのチームも忍耐力が身に付いていたのである。苦戦を乗り越えた経験があったのだ。
ハリルホジッチ監督指揮下で戦うのは4試合目だが、チームのコアメンバーは長く代表でプレーしてきた選手である。個人レベルでの経験は分厚い。だからこそ、就任間もない監督のもとでも大丈夫だろうという判断は成り立った。
ここでチームの足かせとなったのが、選手の対応力の低さである。
試合後のハリルホジッチ監督は、無得点に終わった前半を受けて「中央から攻めすぎている」と選手たちに話した。前半30分に相手GKが接触プレーで痛むと、指揮官は宇佐美貴史を呼び寄せた。伝令役となった宇佐美は長谷部誠に走り寄り、両手を広げて指示を伝えた。「ダイアゴナルのパスを使え」との意図は、この時点で発令されていたことになる。ちなみに、前日の練習でも確認済みの攻撃パターンである。
ハリルホジッチ監督は「タテに速いサッカー」を標榜するが、シンガポールは4バックと5人のMFでブロックを作ってきた。最初からスペースを埋められているだけに、タテへの速さを求めるのは難しい。
ならば、プランBとしての「ダイアゴナルのパス」は、監督に言われるまでもなく使っていくものではないか。左サイドバックには太田宏介がいるのだ。アーリークロスに活路を求めたっていい。ゴールを奪わなければいけないのだ。ピッチ上で戦う選手が、臨機応変に対応していいはずである。
ピッチ上で当然発揮されるべき柔軟性が見られなかったことを、「ハリルホジッチ監督と過ごしてきた時間が短かったから」と理由づければ、監督人事にも触れなければならない。ハビエル・アギーレ前監督のもとで戦った10試合の意味と責任を、技術委員会は改めて受け止める必要がある。
FIFAランキング154位の相手とホームで引き分けるのは、紛れもない失態である。ただ、日本はまだ何も失っていない。想定外の引き分けから、ハリルホジッチ監督はどのようにチームを浮上させていくのか。興味深い展開になった、と見ることはできる。
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