得点後、ベンチに駆け寄った植田。その先制点を守り切り、日本は初戦を白星で飾った [写真]=Getty Images
カタールのドーハで行われているリオデジャネイロ・オリンピックのアジア最終予選。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表との初戦を迎えた日本は開始5分にコーナーキックから先制点を奪ったものの、その後の時間帯は北朝鮮の猛攻を浴び続けた。
何とか1-0で逃げ切りに成功したが、一歩踏み外せば奈落の底へ真っ逆さまという、危険な綱渡りでもしているかのような、手に汗握るゲームだった。
ところが、当事者たちはそこまで追い込まれていなかった。
北朝鮮の10番、キム・チュソンとバトルを繰り広げた岩波拓也(ヴィッセル神戸)は「そんなに苦じゃなかったですね。ロングボールでヘディング勝負になれば負けない自信があったので」と言い、CKから右足ボレーで値千金の先制点を決め、守ってはほとんどすべての空中戦を制した植田直通(鹿島アントラーズ)は「楽しかったです」とまで言い切った。
ボランチの大島僚太(川崎フロンターレ)も「かなり来るから覚悟しておけ、と言われていたので、思ったより来なかったなという印象でした」と明かせば、そのパートナーでキャプテンの遠藤航(浦和レッズ)も「押し込まれたけど、みんな焦っていなくて、意外と落ち着いていて『問題ない』って話ながら守っていました。危ないシーンもありましたけど、ゼロで抑える雰囲気、大丈夫だっていう雰囲気をチームとして作れていた」と振り返っている。ハラハラしながら見守っていたのは、傍観者だけだったのかもしれない。
選手たちばかりではない。指揮官もまた、余裕の表情を見せた。
1-0のままゲームが進み、北朝鮮の前への圧力が一層増してきた後半の半ば。日本からすれば、前掛かりになった相手の喉元にナイフでも突き刺すように、鋭いカウンターからあわよくば追加点をもぎ取りたいタイミングだった。実際、後半20分過ぎ、手倉森誠監督はチームスタッフに対して10分後に浅野拓磨(サンフレッチェ広島)を投入すると伝えていた。
だが、この“ジョーカー”の投入を思いとどまり、MF原川力(川崎フロンターレ)と豊川雄太(ファジアーノ岡山)を送り込み、逃げ切りに成功する。
試合後、取材陣から「浅野を投入しなかったのは、ライバル国に見せたくなかったからか」と問われた指揮官は、「私の気持ちが分かっているじゃないですか」と言って微笑んだ。初戦から手の内はなるべく晒したくないという心理は理解できる。逆に言えば、浅野を投入しなくとも逃げ切れると読んだというわけだ。
もともとグループBの下馬評ではサウジアラビアがやや実力上位、日本と北朝鮮が同等で、タイが少し下というものだった。
だが、互角の力と見られた北朝鮮にここまで押し込まれたのは、いくつかの要因が絡み合っている。
もともと前半はセーフティにゲームを進めるつもりが、開始5分の先制点でより一層守りに入ってしまったこと。前半15分過ぎに遠藤と大島が話し合い、ボールを落ち着かせていなすゲームプランに変えようとしたが、その遠藤と大島が厳しくチェックされ、また選手間の距離を修正し切れなかったため、つなぐのか蹴るのかが中途半端になってしまったこと。その一方で、センターバックからサイドハーフに斜めにロングボールを入れる狙いがあったことからサイドハーフが開いていることが多く、横幅をコンパクトに保てなかったこと……。
手倉森監督が試合後、「準備してきたことがすべて裏目に出てしまった」と悔やんだのは、こうしたことを指している。
さらにもう一つ、大きく影響していたのが、初戦におけるプレッシャーである。
「相手うんぬんではなく、自分たちが硬すぎた。ハーフタイムに監督からも『もっとリラックスしてやれ』と言われた」と久保裕也(ヤングボーイズ/スイス)が言えば、大島も「試合前のミーティングが耳に入って来ないほど緊張してしまった」と明かす。今回のU-23日本代表は、2012年と2014年にそれぞれU-19日本代表として活動した二つの世代から構成されているが、どちらのチームもU-19アジア選手権の初戦で敗れ、それが響いてU-20ワールドカップへの出場権を獲得できなかった。初戦の重要性が身に染みて分かっていただけに、のしかかるプレッシャーも半端のないものだったのだろう。それが選手たちの動きを普段とは大きく違うものにしていた。
もっとも、「アジアのアウェーともなれば、自分たちの思惑どおりにゲームを進められないことがある」という指揮官の考えの下、劣勢の試合展開を想定して「取れなくても、取られるな」を合言葉にチーム作りが進められてきたのが、今回のU-23日本代表でもある。その意味で押し込まれながら1点をもぎ取り、1-0で勝利したのは理想的であり、このチームの真骨頂と言ってもいいだろう。
その決勝ゴールが、セットプレーから奪い取れたのも大きかった。
実は岩波や植田、遠藤と空中戦に強い選手をそろえながら、このチームはこれまでセットプレーからの得点が多くなかった。そのため、北朝鮮戦2日前の非公開練習でセットプレーの練習が入念に行っていた。岩波がニアへ、遠藤と鈴木武蔵(アルビレックス新潟)が中央へ、その瞬間に植田がファーに動いてマークから逃れて叩き込んだコーナーキックからの先制ゴールは、その非公開練習で試していた形でもあった。キッカーの山中亮輔(柏レイソル)が言う。
「狙う場所は決まっていたし、中の入り方もブロックしたり、フリーになって入ってきてくれたので、あとは自分のキックの質だけで決まるなと思っていた」
指揮官によれば、セットプレーはまだ9つのパターンを隠し持っているという。
「2戦目、3戦目ではまた違うバリエーションを皆さんにお見せして取れればな、と思います」
北朝鮮戦では確かに課題がたくさん生まれたが、何よりも初戦で勝点3を取れたことが大きい。そしてセットプレーからでも点が取れるという自信をつかみ、“ジョーカー”の浅野も秘密兵器として隠し持っている。リオ行きの切符獲得に向けて、日本は間違いなく余力と伸びしろを残している。
文=飯尾篤史
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