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「微笑みの国」で殊勲のビッグセーブ “笑顔の守護神”西川、原点回帰で日本を救う

2016.09.07

ビッグセーブで完封勝利に貢献。試合後に武藤嘉紀(20番)とハイタッチをする西川周作(中央) [写真]=JFA

 誰もが「危ない!」と思った瞬間、飛び出しかけた守護神はペナルティーエリア内で一瞬立ち止まると、相手の決定的なシュートを顔面でブロック。絶体絶命のピンチを防ぐ、まさに殊勲のビッグセーブだった

 9月6日、アウェーで行われたタイ代表との2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選の第2戦。UAE(アラブ首長国連邦)代表との初戦を落として勝利が厳命されたゲームで日本代表を救ったのは、GK西川周作浦和レッズ)の冷静沈着な一瞬の判断だった。

 71分、チャナティップ・ソンクラシンのパスを受けたティーラシン・デーンダーが鋭く抜け出し、日本ゴールへ迫る。ここで前へ出た西川が、シュートモーションに入ったティーラシルの手前でグッとこらえてストップ。そして自身の正面から放たれたシュートをしっかりと止めたのだ。

「基本的なことを大事にした結果だと思います。飛び込みやすい間合いでしたけど、とにかく自分が飛び込めるのかどうかを判断して、とにかく我慢して動かないことだけを意識しました。先に動いて体勢を崩していたらそのままゴールに入れられていたと思う。あの状況でもしっかりとステイして基本的なことを全うできました」

 このシーンの背景には、痛恨の2失点を喫した初戦の反省があった。1-1で迎えたUAE戦の開始20分、西川は相手のエース、アハメド・ハリルに直接FKを決められている。この時、彼は相手が蹴るよりも早く重心が右へ動いたスキを突かれ、ボールに触りながらゴールネットを揺らされてしまった。その悔恨が彼を原点回帰させる。

「直接FKの場面で先に動くことはJリーグではそんなにない。そこで自分の基本的なプレーが一番大事であることを感じた」

 この経験を生かした西川は、ティーラシルと対峙しても先には動かず、しっかりと相手の動きを見ることに集中。体勢を崩さずに正面から向かい合ったことでビッグセーブが生まれた。

 4万4500人の大観衆が足を運んだタイとのアウェーゲーム。MF原口元気(ヘルタ・ベルリン/ドイツ)のゴールで先制しながら、追加点が奪えないまま終盤に入ったタイミングでの大ピンチ。もしもあのシーンでゴールを割られていたら、同点に追いついたホームチームが勢いに乗り、試合はどう展開していたか分からない。勝利が必要不可欠とされた日本代表に数日前の悪夢がよぎり、大きなプレッシャーを背負ってしまった可能性も十分にある。西川のファインセーブがようやく回復の傾向を見せたチームのメンタルをも救ったと言っていいだろう。

 この日、日本代表は22本のシュートを放ちながらも2ゴール。圧倒的にボールを保持して攻め込みながら決定力を欠いた展開に、FW本田圭佑(ミラン)は「攻撃陣は反省するところが多い」と話しつつ、「守備陣は(ビッグセーブで防いだ)1本以外は完璧。実際、失点していないし、守備陣をしっかり評価したい」と西川を中心とした守備陣を称えた。

 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、守護神は両腕を高く上げ、ガッツポーズのままでセンターサークルへと歩み寄り、無失点で封じ切ったDF吉田麻也(サウサンプトン)、そしてDF森重真人(FC東京)と力強く抱き合い、そのままピッチの選手一人ひとりを出迎えた。ようやく持ち前の笑顔が弾けた。

 UAE戦で衝撃の敗戦を喫した翌日、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はチームを挙げて巻き返しを誓うために「また次の日から切り替えてやろう」と話し、リカバリートレーニング時に“笑顔禁止令”を出した。常に笑顔でポジティブに考えるタイプの西川は、すでに切り替えて「次に向かっていくんだ」という気持ちでトレーニングしていた。しかし、笑顔を浮かべることができず、「キツかった」と振り返る。

 その後はチーム全体がメンタルの回復に努め、バンコク入り後はキャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)の発案で、選手だけでの食事会も実施。1998年のフランス大会以降、アジア最終予選の初戦で敗れたチームの本大会出場確率がゼロという悪いジンクスもあり、ハリルホジッチ監督も頭と心を切り替えることに時間を要した。選手たちはUAE戦後から何度も「気持ちを切り替えてやりたい」と自らに言い聞かせるように語っており、チームとして非常に難しい状況にあったのは事実だ。

 そんな中、数カ月前から最終予選をイメージしてきた西川は、自身にとって初めてとなるタイ渡航を一つの楽しみにしていた。「微笑みの国」とも称されるタイでは、怒られたり嫌なことがあったりした時に、まず笑うという文化があると聞く。西川もタイが「微笑みの国」と呼ばれていることを知っていたそうで、バンコク入り後の練習時にそのことを聞くと、「自分に合っている国」と言わんばかりに自らを指差して笑顔でバスへ乗り込んでいったこともあった。

 今回の最終予選は、西川自身にとっては初めての、そして大きな挑戦となる。正守護神として戦う大一番の連続に見えないプレッシャーを感じながらも、「見たことのない世界を見るんだな」と捉えて目の前の試合に挑む。一つひとつのプレーに、そして試合に集中しながら重圧に打ち勝つ覚悟だ。攻撃陣がなかなかゴールを決めることができなかったとしても、「後ろが我慢強くやれれば、必ず前が点を取ってくれる」と信じてゴールにカギを掛け続ける。

 初戦の反省を生かしたビッグセーブでチームを救った一方で、もちろん反省点も忘れてはいない。83分には左サイドのルーズボールをクリアしに行った際、「思っていたよりもボールが転がらなかった」とペナルティーエリアの左外側で相手選手を引っ掛けて倒し、警告を受けた。「あのレフェリーは何が起こるか分からない。自分ではイエローだと思ったけど、レッドカードが出るかと思って、ちょっとドキッとした」という西川だが、あの場面は「もうちょっとボールに寄っていけば外にクリアできた。そこは反省点として次に生かしていきたい」と前を向く。

 またチームとしても、90分間を通じて試合運びのまずさが目立った。「チャンスの数を見たら、もっと得点が入っても良かった。リードしている段階で試合を終わらせるような得点もそうだし、後ろも完全に相手にスキを与えないような守備を心掛けていきたい」と語る西川。ピンチも自滅に近い形で「自分たちにミスからやられていることが多い」としており、チーム全体の修正ポイントにも言及する。

 最悪のスタートからバンコクでの勝利で少しだけ巻き返したものの、10月はホームでのイラク戦を経て、オーストラリアとのアウェーゲームに臨む。さらに11月にはホームでサウジアラビアを迎え撃つ。本田が「たった1勝で危機感が取れるとも思えない。勝ち続けないといけないイメージ。あとがあるとは思っていない」と話せば、森重も「内容的には全然ほめられるものではない。まだまだ向上する必要はある」と厳しい言葉を口にした。厳しい最終予選が本格化するのはこれからだ。“可能性ゼロ”からの挑戦に関して、「パーセンテージ的にどうなのかという部分が逆にモチベーションになる。ここから這い上がる姿を見せていきたい」と強く意気込む。

 選手たち、そしてハリルホジッチ監督はUAE戦で味わった悪夢から何とか解放された。タイと向かい合うと同時に自らのメンタルとも必死に戦い、そして勝利という結果でしっかりと応えた。ミックスゾーンで話をする選手たちの表情には、厳しさを持ち続けつつ、どこか安堵感が浮かんでいるように見えた。

「微笑みの国」で本当にわずかながら笑顔を取り戻した日本代表。一瞬の判断で相手の決定機を阻止し、チームに流れを引き寄せた“笑顔の守護神”は、ミックスゾーンの最後で顔面で防いだ件のビッグセーブについて触れ、「いやー、顔が大きくて良かったです!」と話しながら、満面の笑みを浮かべてバスへと乗り込んでいった。

文=青山知雄

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