リオ五輪代表を率いた手倉森誠氏がA代表のコーチに復帰した [写真]=FIFA via Getty Images
ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の日本代表に、かつてジーコ氏が率いた日本代表が重なる。
ジーコ氏が監督を務めた2002年から2006年は、日本代表クラスのヨーロッパ進出が加速したタイミングだ。1998-99シーズンからイタリアでプレーする中田英寿だけでなく、小野伸二、稲本潤一、川口能活、中村俊輔、柳沢敦、鈴木隆行、高原直泰らがヨーロッパ各国へ進出していった。
日韓ワールドカップの余熱がドイツW杯への期待感へつながっていくなかで、2004年2月からドイツW杯アジア1次予選がスタートする。ところが、オマーンとの初戦は1-0の辛勝で、続くシンガポールとのアウェーゲームも2-1の接戦となる。
コンディショニングに苦しむ海外組を、ジーコ監督は重用していた。しかし、勝負を決めたのは大黒将志や藤田俊哉らの国内組だった。ブラジル人指揮官の采配に、批判が集まっていった。
UAE(アラブ首長国連邦)、タイとのW杯予選を終えた現日本代表の海外組は、およそふたつのグループに分けることができる。所属クラブでポジションをつかんでいる選手と、公式戦をベンチから見つめることの多い選手である。
本田圭佑、吉田麻也、岡崎慎司らは、所属クラブでコンスタントに出場できていない。ケガから復帰した長友佑都、開幕当初はスタメンだった香川真司も、微妙な立場となっている。アウクスブルクで移籍1年目のシーズンを過ごす宇佐美貴史も、監督の信頼をつかみ切れていない。
ハリルホジッチ監督は、9月の段階から海外組のコンディションに不満をこぼしていた。アウェーのタイ戦では、岡崎や清武弘嗣をスタメンから外した。
その一方で、本田と香川は先発出場した。彼らのコンディションが、岡崎や清武に比べて優れていたわけではない。二人の経験と実績を評価し、対戦相手が受ける威圧感を加味した起用だったと考えるのが妥当だ。もっと言えば、彼らを起用せずに勝利を落とした場合のリスクも、ハリルホジッチ監督は計算したに違いない。
10月の2連戦は、どうするのだろう。
本田や香川らの実力や実績は、チーム内でも認められている。ただ、彼らのパフォーマンスがふるわずに苦戦を強いられると、チーム内の空気は変わっていく。ベンチに控えている選手は、「自分を使ってほしい」という思いを強くする。これはもう、どんなチームでも起こり得る現象だ。
そこで重要なのが、チームの一体感を作り上げていく存在だ。
ジーコ監督のチームでは、藤田や三浦淳宏がそうした役割を担った。コンディションに悩まされる海外組に寄り添いつつ、ピッチに立てないストレスを抱える国内組を叱咤していった彼らは、ドイツW杯のアジア予選突破で重要な役割を果たした。
ハリルホジッチ監督のチームで、まとめ役を務める選手は誰なのか?
キャプテンの長谷部誠は、誰もが認めるリーダーである。ただ、不動のレギュラーである彼に加えて、ベンチにも精神的な支柱となれる選手が欲しい。それが誰なのかは、難しいところだが……。
そんなハリルホジッチ監督のチームに、10月から“新戦力”が加わる。手倉森誠コーチだ。
昨年10月まで代表コーチを兼任していた彼は、選手のモチベーションを刺激することに優れる。リオデジャネイロ・オリンピック代表では“当事者意識”という言葉を用いて、スタメンから外れる選手に「自分が試合に出る気持ちを持つ」ことの重要性を説いた。
個々が胸に抱く当事者意識は、ピッチ内外でのしっかりとした準備につながり、試合に出ている選手の責任感を刺激した。チーム内の競争意識をも高めた。
誰も予想しなかったアジアチャンピオン就任は、揺るぎない一体感がもたらしたものだったのである。
外国人スタッフで固められていたハリルホジッチ監督のチームで、手倉森コーチはピッチに立つ選手を鼓舞し、ゲームに絡めない選手の声を聞いていくことになる。監督と選手の橋渡し役となるだけでなく、選手同士の結びつきを深めていくのも、日本人コーチに課せられる重要な仕事だ。
2002年の日韓W杯では、山本昌邦コーチがフィリップ・トルシエ監督と選手の間でブリッジ役となり、中山雅史と秋田豊の両ベテランが選手のまとまりを作り上げた。2010年の南アフリカW杯では、川口能活、楢﨑正剛、中村俊輔らが、ベンチからチームを盛り立てていった。チームとしての一体感が発揮されたときに、日本は成果をあげてきたのだ。
イラク、オーストラリアと対峙する10月のW杯予選に、ハリルホジッチ監督はどんなメンバーで臨むのだろう。どのような顔ぶれになっても、キーパーソンは決まっている。
手倉森コーチだ。日本代表が一体感を手にするために、彼の働きは不可欠である。
文=戸塚啓
By 戸塚啓