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【コラム】“ビッグ3”不在の攻撃陣をけん引した清武…“新司令塔”が奏でた新世代の鼓動

2016.11.16

先発出場を果たし、新たなトップ下像を体現した清武弘嗣 [写真]=兼子愼一郎

 背番号13にボールが入り、前を向いた瞬間に、攻撃陣全体にスイッチが入る。4階の高さからピッチを見下ろせる埼玉スタジアム2002の記者席からは、トップ下のMF清武弘嗣(セビージャ/スペイン)を中心とした日本代表の鼓動が力強く、そして華麗に奏でられていることがはっきりと伝わってきた。

 サウジアラビア代表と対峙した15日の2018 FIFA ワールドカップ ロシア アジア最終予選第5節。キックオフ前の時点で、勝ち点10でグループBの首位を走るサウジアラビア代表に対して、日本代表は同7の3位。勝てば勝ち点で並び、負ければその背中が大きく遠ざかる大一番で、清武はヴァイッド・ハリルホジッチ監督からトップ下を託された。

 今回のアジア最終予選では、10月6日に行われた第3節イラク代表戦に続くトップ下での先発。しかし、前線に配置されたメンバーは左ウイングのMF原口元気(ヘルタ・ベルリン/ドイツ)以外は大きく変わっていた。

 1トップはFW岡崎慎司(レスター/イングランド)ではなく、約1年5カ月ぶりの代表戦となった11日の「キリンチャレンジカップ 2016」オマーン代表戦で2ゴールを挙げたFW大迫勇也(ケルン/ドイツ)。そして右ウイングにはFW本田圭佑(ミラン/イタリア)ではなく、代表2戦目となるFW久保裕也(ヤング・ボーイズ/スイス)が抜てきされた。

 清武自身がトップ下のポジションを奪った形となるMF香川真司(ドルトムント/ドイツ)を含め、2010年代の日本代表の攻撃陣をけん引してきた“ビッグ3”が誰一人としてキックオフのホイッスルをピッチで迎えていない。しかも、年齢を見れば清武とともにロンドン・オリンピック世代に名前を連ねる大迫は1990年、原口は1991年生まれで、久保に至っては1993年生まれの22歳。チーム事情から開幕直前で無念の代表辞退を強いられたものの、本来ならばエースとして今夏のリオデジャネイロ・オリンピックの舞台に立っていたはずのホープだ。

「正直、誰が先発で出るのか、今回はまったく分からなくて。監督もみんなに緊張感を持たせようとしていることがすごく伝わってきたし、今日は誰が出ても勝ち点3が必要だったし、本当に引き分けもいらないくらいだったので」

 試合前のミーティングで指揮官から告げられた先発メンバーを見た時、前線の4人の中では最年長となる1989年生まれで、オマーン戦翌日の12日に27回目の誕生日を迎えたばかりの清武は、自らの立ち位置をしっかり理解していた。自分が中心になって他の3人を引っ張っていこう、と。

 年代別の代表で何度もコンビを組み、A代表における長いブランクがあるにも関わらず、まさに“あうんの呼吸”で意思疎通が図れる大迫は、キックオフ直前に清武とこんなやり取りをしていたと打ち明ける。

「今日は俺らが頑張らないとダメだね、っていう話を2人でしていたので。ここでやらないとダメやろって。(ダメなら)俺らは終わりだから、みたいな感じで」

 先のイラク戦で、後半アディショナルタイムにMF山口蛍(セレッソ大阪)の劇的な勝ち越しゴールが決まった瞬間にも、本田、岡崎、香川はピッチの上にいなかった。本田はFW小林悠(川崎フロンターレ)、岡崎はFW浅野拓磨(シュトゥットガルト/ドイツ)との交代でベンチへ下がり、香川はベンチに座ったまま試合終了のホイッスルを聞いた。そうした状況でつかみ取った白星を、清武は「試されていたと思う」と神妙な表情とともに振り返っていた。

「常に3人が引っ張ってきたチームで、誰もいなくなった中で取れた1点というのは、チームを底上げする意味でもすごく大事だったと思う」

 そして、守備的な戦い方で1-1のドローに持ち込んだ、敵地メルボルンでの第4節オーストラリア代表戦を経て迎えたサウジアラビアとの大一番。試合開始から“ビッグ3”が不在という状況はまさに“追試”であり、弱肉強食のサッカーの世界においては一発回答が求められることを、清武をはじめとする全員が理解していた。

「変な形でボールを失わないことと、攻撃では良いアクセントやリズム、速攻や遅攻というのを使い分けながらやっていこうと」

 自らにこう言い聞かせて試合に入った清武は、体を巧みに使ったポストプレーとキープ力に「アイツ以上にボールが収まる選手はいないと思っている」と、全幅の信頼を寄せる大迫との縦関係の距離感を常に意識した。その象徴が両チームともに迎えた43分。相手のプレッシャーに全く動じることなく、センターサークル内で相手ゴールに背を向ける形でボールをキープした大迫の前方に取った清武のポジショニングとなる。

前線で存在感を示した大迫勇也。清武が全幅の信頼を寄せる [写真]=兼子愼一郎

前線で存在感を示した大迫勇也。清武が全幅の信頼を寄せる [写真]=兼子愼一郎

 大迫ならばボールを失うことなく、必ず振り向いてパスを出してくれる。瞬時に思い描いた青写真通りの展開から、清武にパスが入った瞬間にショートカウンターが発動される。右サイドに開いた久保が放ったクロスは相手に当たってしまったが、こぼれ球を清武が拾い、絶妙な切り返しでマークを外した直後に迷うことなく右足を振り抜く。ブロックに飛び込んできた相手選手の左手にシュートが当たり、主審がPKを告げるホイッスルを鳴り響かせた直後から、清武はボールをがっちりと掴んで離さなかった。

 先のオマーン代表戦でも、清武はPKを決めている。“本田が不在の時は清武が蹴るように”と、ハリルホジッチ監督から指示されていた。その時のコースは右隅。すでに8日に来日し、万全の調整を積んでいたサウジアラビアはテレビの画面などを通じて、そのシーンをしっかり確認していたはずだ。だからこそ、相手GKは向かって右に飛んだ。その逆の左隅を突く冷静かつ強烈な先制弾に、清武は「キーパーの動きを見ながら冷静に流し込めた」と安堵の表情を浮かべた。

攻守両面で大車輪の活躍を見せた原口元気 [写真]=三浦彩乃

攻守両面で大車輪の活躍を見せた原口元気 [写真]=三浦彩乃

 攻守両面において獅子奮迅の存在感を放った原口に対して、その背中で刺激を与えていたのも清武だった。特に球際の攻防で群を抜く“デュエル”を発揮し、何度も相手ボールを奪っていた原口は試合後にこんな言葉を残している。

「僕だけじゃなくて、あまり得意じゃないキヨくん(清武)もすごく頑張って守備に行っていた。全員が頑張ったからボールを取れたというか、監督の言う“デュエル”という部分をすごく発揮できた試合だと思います」

 セカンドストライカーを含めて、前線でマルチなポジションを務められる万能型の久保にとって、それでも右ウイングはヤング・ボーイズでも経験のない、ほとんどぶっつけ本番だった。キックオフ前。少なからず緊張しているはずの久保を含めた3トップに、清武は「自由にやろう」とエールを送っている。

「若いメンバーが前線にいるということで、そこまで緊張することなく自由にやった方がいいと思って。形にとらわれすぎることなく、ピッチに入ったら自分たちがやるだけ、という話はしました。(久保)裕也もいい動きを何度もしてくれたし(原口)元気もまたゴールを決めてくれた。サコのところでは本当にボールが収まるし、これがチームのいいバリエーションになればいいかなと」

 果たして、抜群のタイミングで右サイドを抜け出し、先制点につながるクロスを上げた久保は「キヨさん(清武)がボールをもったら基本的にパスが出てくるので。裏を狙おうとすごく意識していた」と振り返り、PKを獲得した瞬間には右手で小さなガッツポーズを作っていた。

A代表初先発の久保裕也 [写真]=三浦彩乃

A代表初先発の久保裕也 [写真]=三浦彩乃

 香川はスピードと味方とのコンビネーションを駆使して相手ゴール前に切り込み、日本代表で歴代6位となる27ゴールを記録してきた。自ら積極的にゴールに絡む背番号10とは明らかに一線を画すトップ下像を、清武はピッチの上で体現化しつつある。華麗なテクニックだけではない。球際の攻防を厭わない闘う姿勢と、味方のストロングポイントを状況に応じて、的確に使い分けられる明晰な頭脳。もっとも、1ゴール2アシストを決めたオマーン代表戦を含めて、決して自分一人の力で成し遂げたわけではないと清武は力を込める。

「PKに関しては(本田)圭佑君が『決めることによって、どんどん自信になってくる』と言ってくれました。だから、この1点は自分にとって、本当に大きなゴールになると思う」

 イラク代表戦の前には、今も畏敬の念を抱き、その背中を追いかける香川が「リラックスして臨めば大丈夫」と耳打ちしてくれた。世代交代が急務とされたハリルジャパンで、追われる側となる北京オリンピック世代こそが、若手たちに突き上げられる状況を待ち望んでいる。結果として世代間に生まれる切磋琢磨する関係が、チームを力強く前進させていくからだ。そして今、清武を中心とするロンドン世代が放つ存在感が、ハリルジャパンのカラーを大きく変えようとしている。

「新しい選手が入ることによってチームは活性化すると思うし、その中で先発として出た選手だけでは難しい試合もありますし、後から出た選手が結果を残す試合もある。だからこそ、チームは全員で戦うべきだと改めて感じた試合でした。今日も僕は常にフリーだったので、もうちょっとボールに絡んでリズムを作ってあげたかった、というのが正直な気持ちなので。ただ、チームが一丸となって、全員の力で勝ち取った勝ち点3で今年(の代表戦)を締めくくれたことは、本当によかったと思います」

 課題を挙げるとすれば、セビージャでほとんど出場機会を得られていない点だ。64分に香川との交代でベンチに下がったのも、後半開始早々に左足首を痛めただけではなく、指揮官をして「クラブで試合に出ていないので、60分以上は持たない」と言わしめたコンディションの問題がある。取材エリアを去る際にスペインへ戻ってからの抱負を聞かれた清武は、小走りしながら「頑張ります」とだけ言い残してチームバスへ乗り込んだ。

PKでの先制弾は「自分にとって本当に大きなゴールになる」 [写真]=兼子愼一郎

PKでの先制弾は「自分にとって本当に大きなゴールになる」 [写真]=兼子愼一郎

 同日に行われたグループBの他の2試合で、オーストラリア代表は最下位のタイ代表にまさかの引き分けに終わり、UAE(アラブ首長国連邦)代表はイラク代表に2-0と快勝を収めた。以上の結果、日本代表はサウジアラビア代表と勝ち点10で並び、自動的にワールドカップ出場権を獲得できる2位に浮上。その一方で、勝ち点差わずか1でオーストラリア代表とUAE代表が追ってくるという大混戦のまま、最終予選を折り返すことになった。

 次回のアジア最終予選は来年3月23日、敵地で因縁のUAE代表と対峙する。再び横一線に近い状態から仕切り直される後半戦へ。次に顔を会わせるまでの約4カ月間で、心技体の全てでさらに成長してみせる――。時間にして1、2秒の「頑張ります」には、新司令塔を拝命しつつある清武の不退転の決意が込められていた。

文=藤江直人

スポナビライブ

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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