代表で“ボランチデビュー”を果たした酒井高徳 [写真]=兼子愼一郎
「できるだけ(ボールサイドに)顔を出そうと思っていたんですけど、ミスもあったし、勇気が足りない部分もあって、ボランチに付ける回数やボランチ同士のパス交換が少なかったと思う」
自らそう話したように、日本代表における酒井高徳(ハンブルガーSV)の“ボランチデビュー戦”は決して満足のいくものではなかった。しかし、試合を終えた後の表情は意外なほど明るかった。「(山口)蛍とは『まあ、最初はこんなもんでしょ?』と話しました」と笑顔さえ見せた。
28日に行われた2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選のタイ戦、日本代表のスターティングメンバーには“ボランチ酒井”が名を連ねた。キャプテンの長谷部誠(フランクフルト)に加え、UAE(アラブ首長国連邦)戦後に今野泰幸(ガンバ大阪)を負傷で失ったヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、層が薄くなったボランチの一角に酒井を起用。もちろん、代表では初の試みだ。
サイドバックが本職の酒井は今シーズン、所属するハンブルガーSVでボランチにコンバートされ、残留争い真っ只中のチームで重要な役割を果たしている。そんな中でのボランチ陣の相次ぐ負傷離脱。UAE戦で出場機会がなかった酒井にとっては大きなチャンスだった。
しかし、「ボールが頭上を飛び交うことが多い」所属クラブと、丁寧にボールをつなぐ日本代表とでは根本的にボランチの役割が異なる。そのギャップからか、特に前半は細かいポジショニングミスやパスミスが散見され、監督から指示があったという「攻撃に絡むプレー」も数えるほどだった。
ぶっつけ本番であることを差し引いても、現状では本職のボランチを差し置いてまで起用する説得力に欠ける。それは酒井自身も、「ケガ人がいないのであれば、その人(本職のボランチ)が出たほうがいいというのは大前提」と認めている。複数ポジションをこなすことによって、本来の自分の強みや持ち味を伸ばしにくくなるというジレンマも少なからずあるだろう。
それでも酒井は「今後も(ボランチで)やるとするならば、もっともっと良くしていきたい。代表でも時間と機会を重ねれば良くなる自信はある」と言い切る。複数ポジションで起用される現状についても、「どちらも得られるものはすごく多いし、ポジティブに捉えてやっている。それがクラブではいい結果につながっている部分もあるので」とあくまで前向きだ。
所属クラブでは短期間で新たな役割を習得した。時として“器用貧乏”とネガティブに捉えられがちな万能性も、突き詰めれば唯一無二の武器になり得ることは同じブンデスリーガでリベロとして活躍する長谷部が証明している。タイ戦のパフォーマンスだけで“ボランチ酒井”の是非を下すのは時期尚早かもしれない。
文=国井洋之