迷うことなく右へダイブした。必死に伸ばした両腕のグローブ越しに、ボールを弾き返す心地よい感触が伝わってくる。タイ代表と埼玉スタジアムで対峙した、28日の2018 FIFAワールドカップロシア アジア最終予選。DF長友佑都(インテル)のファウルでPKを献上した86分のピンチで、守護神・川島永嗣(FCメス)の脳裏には閃くものがあった。
「何となくあっち(右側)で勝負しようかなという感じで。タイミングをしっかり合わせていこうと飛んだら、ちょうどいいところにボールが来たので」
タイのキャプテン、FWティーラシン・デーンダーが放った一撃は決して甘くなかった。それ以上に川島の反応が完璧だった。こぼれ球を味方が前方へつないでいく光景を見届けながら、チーム最年長の34歳はゴール裏へ視線を送り、ガッツポーズとともに雄叫びをあげた。
「PKになった時にスタジアム全体が止めることを期待してくれたし、それが自分のパワーになった。僕自身、代表戦を含めて今シーズンでまだ3試合目なので、1試合にかける集中力をいつも以上に高めなければいけなかった」
3つの思いを胸に秘めてゴールマウスに立った。ひとつは今シーズンの公式戦出場が1試合という状況ながら、敵地でUAE(アラブ首長国連邦)代表に快勝した23日の大一番から西川周作(浦和レッズ)に代わる先発として抜擢してくれた、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督への感謝の思いだ。
「監督としても、僕を使うことにリスクはあったと思う。僕としてはヨーロッパの地でずっと追い求めてきたレベルを、チャンスをもらった時にプレーで示していくしかなかった」
試合後の公式会見。ハリルホジッチ監督は、質問される前から川島に言及している。
「私は彼を信頼していたが、それを裏付けてくれた。ブラボーと称えたい」
もうひとつは必要性が指摘されて久しい、日本代表の世代交代に対する自分なりの考えだ。今回の2試合では23歳のFW久保裕也が、2ゴール3アシストと八面六臂の活躍を演じた。
「若い選手たちが結果を残していくことは、チームにとって非常に大きな意味を持つと思う。その中でベテランがどのような形で生きるのかと言えば、経験を話すことだけではなくて、実際にプレーで示していかないと意味がない」
最後は日本代表の歴史に名前を刻んできた2人の守護神、川口能活(SC相模原)と楢崎正剛(名古屋グランパス)へ今もなお抱く畏敬の念だ。
昨年9月のアジア最終予選シリーズで、試合に出ていないという理由で川島は選外となった。しかし、初戦でUAEにまさかの黒星を喫したハリルホジッチ監督は、チームを縁の下から鼓舞する「メンタルプレーヤー」として10月シリーズから川島を復帰させた。
よほどの非常事態が発生しない限り、試合に出られない立場の先輩を間近で見てきた。川島が大活躍した2010 FIFA ワールドカップ南アフリカ。不振が続いたチームをまとめる役割を担い、第3GKとしてサプライズ招集されたのが川口であり、大会直前にレギュラーを剥奪されたのが楢崎だった。
選手ならば誰でも試合に出たいが、守護神を担うのは一人だけ。それでも腐ることなく、日々の練習に120パーセントで打ち込む2人の立ち居振る舞いが、どれだけ川島に力と勇気を与えたことか。だからこそ、ハリルジャパンで同じ立場になった時に誓いを立てた。
「僕は今でも日本代表の偉大な先輩、(川口)能活さんやナラさん(楢崎)に追いつきたいと思っている。こういう立場(メンタルプレーヤー)になって、改めて2人の経験の大きさを感じることもある。その意味では、選手として学び続けなきゃいけないことがまだまだ多い」
2015年6月にスタンダール・リエージュ(ベルギー)を退団した後の約半年間は、所属クラブなしの状態が続いた。ようやく加入したダンディー・ユナイテッドFC(スコットランド)では2部降格を味わい、3番手という立場を理解した上で昨夏にFCメスへ移籍した。
U‐21フランス代表に名前を連ねる守護神トマ・ディディヨン、27歳のダヴィド・オベルハウザーに濃密な経験を伝えるだけではない。年下の2人から刺激を受け、良い部分を盗みながら思い描く理想像を追い求めてきた。
「若い世代から良いGKがどんどん出てくるし、その意味でもヨーロッパにおけるGKのスタンダードの高さを感じる。所属チームがなかった時期もあったし、今も試合に出られない状態が長く続いているけど、自分の中では意味があって挑戦してきた。そういう時期があったからこそ成長できたと、今回の代表での2試合で実感することもできた」
前半終了間際にはティーラシンが放った至近距離からのシュートを左足で弾き返した。後半6分には今夏の北海道コンサドーレ札幌入りが内定している、MFチャナティップ・ソングラシンの一撃を横っ飛びで防いだ。日本サッカー協会の田嶋幸三会長は、試合後に「4‐4にされてもおかしくなかった」と振り返った。
だからこそ、苦戦を強いられながらも手にした4‐0の完封劇は、得失点差にも大きく寄与する。タイ戦勝利から数時間後にはサウジアラビア代表がイラク代表を下したが、1‐0の辛勝だったこともあって、日本は勝ち点16で並んだサウジアラビアを得失点差で1上回った。
「僕は34歳になったばかりだけど、年齢は気にしていないし、もっともっと挑戦していきたい。ポジションを奪えるように、フランスへ戻ってからアピールしていきたい」
ブランクをまったく感じさせない川島の鬼気迫るセーブが、ハリルジャパンのグループB首位浮上をも呼び込んだ。残り3試合。ロシアの地へと続く道は、いよいよ最後の直線に入る。
文=藤江直人