3月のW杯アジア最終予選2試合、主将を務めた吉田麻也 [写真]=Getty Images
プレミアリーグと日本代表。二つの舞台で、二つのキャプテンマークを巻いた。
吉田麻也は今季、プレミアで日本人初となる主将を務めた。所属するサウサンプトンでも古参組になり、「いつか来るだろうという瞬間だった」と本人は何事もなく語ったが、周囲の反響は大きかった。何よりチームメートからの祝福がうれしかった。「プレミアでキャプテンは名誉なことだよ」、「日本人では誰もやっていないだろ」。かけられる言葉を聞き、しみじみその責務の価値を噛み締めた。
毎シーズン、ライバルとなるのは欧州強豪国のDFたち。試合に出られない日々もグッと耐え、常に準備を怠たらなかった。感情の起伏とも付き合い慣れた。とにかく出番が来た時を逃さない。そうした暗示のような期間を経て、吉田は今季レギュラーを掴んだ。
真摯な態度を、監督やスタッフ、選手たちはしっかり見ていた。
「マヤ、お前が巻けよ」
イングランド代表GKフレーザー・フォスターからかけられた一言。日本人DFに腕章は託されたのだった。
「センターバックに一番必要なものは、“重み”」
3月上旬、名古屋。久々に会った楢崎正剛は開口一番、後輩の近況について語りだした。
「麻也、何かええ感じやね。イブラヒモヴィッチとやり合ってたやん」
その前週、サウサンプトンはサッカーの聖地・ウェンブリー・スタジアムでフットボールリーグ・カップ決勝を戦っていた。相手はマンチェスター・U。シーソーゲームの末、最後は終了間際のズラタン・イブラヒモヴィッチのゴールでユナイテッドが3-2で勝利した。敗れはしたが、吉田がイブラヒモヴィッチと互角に渡り合った激闘は、間違いなくこの試合のハイライトだった。

EFLカップ決勝でイブラヒモヴィッチ(右)とマッチアップ [写真]=Man Utd via Getty Images
「あいつにも、ようやくやけど少しずつセンターバックらしい雰囲気が出てきた。試合に出られない苦しい経験もしてきたけど、腐らずプレミアというトップレベルで戦い続けるということに、やっぱり嘘はないと思う」
2007年、吉田は18歳で名古屋に加入した。以降、楢崎とは師弟であり兄弟のような関係を築いてきた。
まだまだ荒削りだったが、吉田の潜在能力を楢崎は早くから買っていた。というよりは単に吉田の人懐っこい性格が、楢崎の背中を振り向かせただけかもしれない。いずれにしても、楢崎は選手としても人間としても、吉田を可愛がった。
楢崎が吉田に語った言葉がある。
「センターバックに一番必要なものは、“重み”。当然お前にはまだない。でも、今からでも意識していかないといけない」
日本代表の正GKとしてプレーしていた楢崎は、当時ともに戦っていた中澤佑二や田中マルクス闘莉王を参考にするよう吉田に伝えていた。日本屈指のセンターバックコンビの後を継ぐ存在として、目をかけた。
2009年を最後に吉田は名古屋を離れ、オランダへ移籍した。そして入れ替わるようにして、2010年に闘莉王が名古屋に加入した。吉田が背負っていた4番は、浦和レッズから来た優勝請負人に引き継がれていく。
楢崎がこんな思いを語る。
「麻也には1年だけでもいいから、闘莉王と一緒にコンビを組んで欲しかった。隣でプレーすることで、重みを感じられると思ったから」
吉田が闘莉王とプレーすればその後の大成につながる。楢崎にはそんな予感があった。闘莉王が持つ鋼のメンタリティ、瀬戸際で力を発揮する勝負強さ、リーダーシップ。それは有能なセンターバックが持つべき“重み”にすべて結びつく要素だったからだ。
闘莉王は2010年の南アフリカ・ワールドカップを最後に、代表から外れた。それから半年後の2011年1月、吉田はアルベルト・ザッケローニ元日本代表監督に招集され、以降現在まで日の丸を背負う。奇しくも、両者は代表でもすれ違いとなったのだ。
名古屋、そして代表と同じキャリアの軌跡を辿るも、最後まで交わらなかった二人。それでも吉田の話からは、時折闘莉王という名前が出てくる。
「闘莉王さんはセンターバックとして、正直別格ですよ。常に自分も追い越したいと思わせる選手でもある」
接することはなくても、どこかでふと意識する存在。それはリスペクトであり、現代表選手としての意地なのかもしれない。
国のキャプテンになるということ
長谷部誠が、負傷で今回のW杯アジア最終予選の連戦を離脱した。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はゲームキャプテンについて「森重(真人)か、麻也か、それとも長友(佑都)か。誰になるかはわからない」とはぐらかしていたが、心には決めていたようだ。敵地でのUAE戦前日、負けられない大事な一戦のリーダーを、吉田に任せた。
「キャプテンだろうとなかろうと、センターバックというポジションは常にチームを支えて、けん引しないといけない立場です」
日頃から話してきた言葉を、吉田は口にした。半分は本音であり、半分はそう言い聞かせているかのようだった。
はたして、UAE相手に吉田の存在感は、抜群に際立っていた。
味方に声をかけ、身振り手振りを交えて頻繁に指示を出す。審判との駆け引きも忘れない。英語で直接話し、フレンドリーかつ主張的に意志を伝えていた。
個人のプレーも締まっていた。得意のインターセプトはプレーのバロメーター。何度も繰り出していた時点で、それは吉田のリズムである。これまで苦手とされてきた一対一の対応も盤石。決壊することなくUAEに壁として立ちはだかり、相手の戦意を徐々に喪失させる。堅くて重い日本の門が、こじ開けられることはなかった。
試合後の吉田は、目が充血していた。激闘の後にはいつも起きる現象。彼にとっては闘った証である。
「サウサンプトンでも何回か巻きましたけど、やっぱり国のキャプテンになるということは非常に大きなこと。もちろんいつも以上にプレッシャーは感じました。ハセさんの分まで頑張らないといけないですし、ハセさんがいないから負けたと言われたくなかった。ハセさんだけじゃなく、歴代の先輩方に恥じないように責任と誇りを持ってやらないといけないなと自覚していました。キャプテンマークを巻くというのは、そんなに多くの選手ができることではない。僕にとっても、僕の家族にとっても、友人、関わる人すべてにとって、誇りになる一日だと思います」
今だけ、キャプテンとしての自分を少し特別視した。今回の連戦で、そんな態度を見せたのはこの瞬間のみ。吉田の言うとおり、誰にでも務まる役目ではない。国と国の意地がぶつかる一戦。彼は中東の地で初めて日本のキャプテンを務め、力強く勝利を手繰り寄せた。
続くタイ戦は、チームも吉田もUAE戦ほどの好パフォーマンスとはいかなかったが、4-0と結果は手にした。チーム4点目となる打点の高いヘディングを決めたものの、試合後は内容への反省ばかりが並んだ。
2試合連続でキャプテンを務めたことについては「どうなんですかね。わからないです。皆さんが判断してください」と素っ気なく話すに留まった。キャプテンを務めることだけにスポットライトが当てられることを避ける素振り。自分を讃えることも、もうしない。

タイ戦でヘディングシュートを決めた吉田麻也 [写真]=Getty Images
若き頃、楢崎に言われてから頭の片隅に“重み”の二文字が存在し続けてきた。幾多の代表戦で、辛苦をなめることもあった。一つのミスが失点につながり、大きな批判を浴びる。痛いほどセンターバックというポジションの責を受け止め、向き合ってきた。まだまだ、吉田が重厚なセンターバックになったとは言い切れない。試合ごとに波があるパフォーマンスが、その評価を分ける。
ただあの時、楢崎がつぶやいた一言には、吉田への確かな期待が詰まっていた。
「今の麻也、ええ感じやね。あいつももう30歳近い。センターバックは、ここから」
そして吉田も、同じ考えで自分を見つめる。
「最近は、歳を取ってみるものだなと思います。結局見ている人は試合に出た時しか目にできない。僕らはそこで初めて評価される。『吉田、やっと良くなってきたな』みたいに。でも僕自身は出ていない時もいろいろなトライをしてきた。年齢を重ねて、今やっとそれが実りつつある。そう思える試合が、こうやってクラブでも代表でもいくつか出てきた。ただ、まだそれだけの話なんです。選手は試合に出ている時だけ成長するものではない。ずっと、僕らの取り組みはつながっていくんです」
今回主将を務めたことも、断片的な自分でしかない。長谷部はよく「キャプテンという肩書きが自分を作っていった」と語るが、吉田の場合は違う。何より大切なのは、センターバックとしての重み――。それを手にしたとき、左腕には自然とキャプテンマークが巻かれている。そうなれば、誰も文句なしの新主将誕生となる。
文=西川結城
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By 西川結城