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【コラム】シリア戦で見出した一筋の光…インサイドハーフ・本田が日本の“希望”となるか

2017.06.08

インサイドハーフのポジションで奮闘した本田圭佑 [写真]=Getty Images

 初陣から26試合目を迎えたハリルジャパンで、初めて見る光景だった。FW本田圭佑ミラン)が右タッチライン際ではなく、1トップの大迫勇也(ケルン)の右後方を主戦場としている。

 FW浅野拓磨(シュツットガルト)がスタンバイした63分。交代を告げられたのは「4-3-3」の右インサイドハーフとして先発し、5分前に同点ゴールを決めていた今野泰幸(ガンバ大阪)だった。

 果たして、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はどのような陣形を指示したのか。ピッチに入った浅野は右ウイングへ。そして、後半開始から右ウイングでプレーしていた本田が今野の位置に回った。

 シリア代表を東京スタジアムに迎えた、7日のキリンチャレンジカップ2017。1-1のドローに終わり、不完全燃焼感を募らせた一戦は、一つのターニングポイントとなるかもしれない。

後半開始から久保に代わりピッチに立った [写真]=Getty Images

 敵地でUAE(アラブ首長国連邦)代表戦に臨む大一番を、目前に控えていた今年3月上旬。ハリルホジッチ監督に胸中を直撃する機会があった。

 その際にミランで実質的な戦力外となり、日本代表でもFW久保裕也(ヘント)にポジションを奪われかけていた本田を、ボランチで使う構想はあるのかと尋ねた。指揮官は「不可能なミッションだ」と首を横に振っている。

「まずはトレーニングしないといけない。3、4週間の準備があればそういうトライもできる。しかし、ワールドカップに行くための決定的なゲームで実験はできない」

 過去に一度だけ、本田を右ウイング以外で起用した試合があった。昨年10月11日。敵地でオーストラリア代表と1-1で引き分けた、2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選第4節。84分にベンチへ退くまで、本田は1トップとしてプレーしている。

「あの時はトレーニングを2、3回した。本田は相手ゴールに背を向けてボールをキープできるし、相手がチャージしてきても持ちこたえられるからだ」

 待望論がありながら、大迫がまだ招集されていなかった時期。オーストラリア対策として、指揮官はしっかりとした守備から速攻を仕掛ける戦い方を選択。キーマンとなる1トップに、それまでの岡崎慎司(レスター)ではなく本田を据えた。

 周囲にはサプライズに映ったが、周到な準備が奏功したのだろう。開始わずか5分で生まれたゴールは縦パスを本田が溜め、その間に最終ラインの背後へ抜けだしたFW原口元気(ヘルタ・ベルリン)がスルーパスを流し込んだものだった。

オーストラリア戦では1トップに入り攻撃の起点に [写真]=Getty Images

 ならば、今回はどうか。先月28日から千葉県内で行われてきた、海外組だけを対象とした日本代表合宿ではフィジカルトレーニングが中心だった。4日の明治安田生命J1リーグを戦い終えて合流した国内組も、シリア戦までリカバリーメニューに努めた。

 その過程で、本田を中盤でプレーさせた練習は行われたのか。ある選手は「やっていないですよ」と明言した。ポリシーを覆してまで本田を中盤でスクランブル起用した背景には、13日に待つイラク代表との大一番へ向けた青写真が狂いかねない緊急事態が発生したからだろう。

 インサイドハーフとして先発させた香川真司(ドルトムント)は、開始早々に相手選手との接触プレーで左肩を強打。苦悶の表情を浮かべながら、わずか10分でピッチを去った。

 この時点では詳しい状況は分からなかったが、ただ事ではないという予感があったのだろう。今回招集したメンバーにおけるインサイドハーフ枠は、香川以外には故障明けの今野、代表キャップ2の倉田秋、まだデビューしていない井手口陽介(ともにガンバ大阪)しかいない。

 ブンデスリーガの終盤戦で出場機会を獲得。DFBポカールも制して、意気揚々と代表に合流した香川には中盤の軸として期待をかけていたはずだ。だからこそ、最悪の事態に備えて手を打っておく必要がある。それが本田のインサイドハーフでの起用だった。

 本田はザックジャパン時代、不動のトップ下として君臨してきた。左サイドでやや窮屈そうにプレーしていた香川との共存論がしばしば俎上に載せられたが、アルベルト・ザッケローニ元監督は「本田が最も生きる場所はトップ下」と一貫して譲らなかった。

 日本代表監督退任後も、右ウイングに回った本田の起用法に異論を唱えたことがある。本田自身もトップ下を「オレの庭」と公言してはばからなかった。トップ下ではなくインサイドハーフで起用されても、それでも決してぶっつけ本番ではなく、おそらくは慣れ親しんだものを感じていたのだろう。

 シリア代表の運動量が落ちたこともあるが、63分以降の日本の攻撃は本田を軸に活性化された。周囲を生かし、さらには周囲に生かされる。本田の5分前に左ウイングとして投入されていたFW乾貴士(エイバル)は、インサイドハーフとして本田がプレーする効果をこう語る。

「ボールが収まってタメを作れるし、落ち着かせてもくれる。左利きの選手があのポジションに入ると左をよく見てくれるし、実際にチャンスになったシーンもあった。右利きだと、なかなかああいうボールは出せない。(本田)圭佑くんがあそこに入ることで、特に左ワイドの選手は楽になると思いますよ」

 74分と87分に訪れた二度の決定機を、ともに右足からのシュートで外してしまったことに納得がいかなかったのか。試合後の取材エリアを、本田は笑みを浮かべながら無言で通り過ぎていった。

試合後、本田は無言を貫いた [写真]=Getty Images

 それでも、招集そのものに是非論すらわきあがった本田が中盤でプレーした63分以降の変化に、ハリルホジッチ監督は「オプションが増えた」と手応えを感じている。

「動きや質でチームに良いものをもたらした選手たちがいた。乾、圭佑、井手口は後半にいい形で入ってくれて、いつもの我々のプレーを見せることができた」

 日付が8日に変わった深夜に、都内の病院で精密検査を受けていた香川が「左肩関節前方脱臼」と診断された。勝てば6大会連続のワールドカップ出場に王手がかかるイラク戦へ向けて、にわかに暗雲が垂れ込めてきた中で、本田の存在が一筋の光明となるかもしれない。

文=藤江直人

(※8日午前に香川真司が日本代表から離脱することが発表された)

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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