前回の日本戦でゴールを挙げたアブドゥラミール(中央) [写真]=Getty Images
昨年10月の対戦を観たファンなら、イラクが一筋縄ではいかない強敵であることを認識しているだろう。ただ、後半アディショナルタイム5分に山口蛍が起死回生の決勝ゴールを奪ったあの試合から、イラクはタイに勝利したもののUAEに敗れ、テヘランで行われたオーストラリア戦で引き分け。そしてサウジアラビアに0-1で競り負けたことで本大会の出場が絶望的となり、ラディ・シュナイシェル前監督が解任された。
イラクリーグで評判を高めたバシム・カシム新監督のもと、チームは2019年のアジアカップや次のW杯予選を目指し、新たにモチベーションを高めている様子だ。主力メンバーと戦い方は前体制から大きく変化していない。もともと平均年齢が若く、20代前半の選手を中心に構成されているためだ。6月1日にヨルダンとの親善試合で“初陣”を飾ったあと、UAEでは韓国と0-0で引き分けたが、相手エースのソン・フンミンをほぼ完璧に封じ、攻めてはあと一歩で守護神キム・スンギュの牙城を破りかけた。
今回の対戦はイラクのホーム扱いだが、母国の政情不安が続くため、これまで通りイランのテヘランで試合を行う。前日にイランがホームのアザディ・スタジアムでウズベキスタンと対戦するため、シャヒード・ダストゲルディ・スタジアム(通称パス・スタジアム)という、より小規模のスタジアムが会場となる。アウェイの雰囲気はほとんど無いはずだが、気候の違和感や移動の疲れがなく、事前に2試合をこなしているイラクの方が有利であることに違いはない。
フィジカルの強さを生かした堅実なディフェンスとシンプルで正確なサイドアタックを特徴とするイラク代表は高い闘争心を持つキャプテンのGKモハンメド・ガッシドを後ろ支えとして、力強いボール奪取から迫力ある仕掛けにつなげていく。スウェーデンで育ち、現在はノルウェー2部でプレーするレビン・ソラカ・アダマットは192センチの長身と強靭な肉体を誇り、相棒のアフマド・イブラヒム・カラフは185センチながら機動力が高く、ソン・フンミン擁する韓国の攻撃陣を封じる立役者となった。
このゴール前の双璧を破ることは容易ではないが、日本にとって厄介なのは両サイドバック(SB)のマーキングの強さだ。日本の攻撃の生命線は左サイドの原口元気が高い位置で起点となれるかどうかだが、右SBのワリード・サリムは運動量が豊富で、シンプルにスペースを与えてくれないタイプだ。そのため日本としては大迫勇也のポストプレーを使いながら、インサイドハーフの選手が顔を出して起点を作りたい。後半にはドリブルの打開力や意外性に優れる乾貴士がキーマンになるかもしれない。
左SBは本来の主力であるドゥルガム・イスマエルが韓国戦を欠場しており、その韓国戦に先発したアリ・バフヤット・ファドヒルが引き続き起用されるのか、セリエAのウディネーゼに所属するアリ・アドナンが左ウイングを“イラクのメッシ”こと小兵アタッカーのフマム・タリクに任せ、左SBから豪快に攻め上がる形を取るのか、蓋を開けてみないと判明しない部分がある。大ざっぱに言えばファドヒルが守備的、アドナンが攻撃的なキャラクターであり、日本の右サイドハーフを担う久保裕也の守備負担や攻撃ポジションにも影響しそうだ。
ボランチは攻守の舵取り役でもある大型MFサード・アブドゥラミールと柔剛兼備の20歳MFアムヤド・アットワンがパワフルなボール奪取と大胆で正確な展開を見せる。良いピッチコンディションであれば日本の中盤に利があるが、今回は劣悪な環境で速いグラウンダーのパスがほとんど使えないことが予想される。[4−3−3]を採用する場合はアンカーを別メニュー調整が続いた山口蛍にするか、シリア戦で大きくアピールした井手口陽介を抜擢するか不明だが、守備の貢献はもちろん、ボールを持った時につなぐのか、大迫に縦パスを付けるのか、スペースに蹴るのかなど、臨機応変な判断が求められる。
攻撃陣はドリブル突破力とキック力を兼ね備えた右のアフメド・ヤシン、チームのエースである“イラクのカカ”こと10番のアッラ・アブヅル・ザフラ、そして左は小兵ドリブラーのタリクか破壊的な左足を誇るアドナンが並び、誰がボールを持っても後ろを振り返ることなく縦方向に仕掛けて来る。1トップは韓国戦で先発した20歳の新鋭バシャル・ラサル・ボンヤンか、長身のハンマディ・アフマドか不明だが、ヤシンやアドナンが繰り出す速いクロスに飛び込んで合わせるヘッドには要注意だ。
シンプルだが鋭く力強い彼らの仕掛けを十分に発揮させないためには、なるべく高い位置から組織的に守り、相手を後ろに下げさせる効果的な攻撃を繰り出していきたい。しかし、現地時間の17時キックオフになったため、35度前後の気温で戦わなければならず、時には引いたポジションにブロックを作って耐える時間も必要となる。そこで注意すべきは危険な位置で簡単にファウルを与えてしまうことだ。
イラクはヤシンやアドナン、ワリード・サリムなど“超アジア級”のキッカーを左右に揃えており、CKとなれば長身のセンターバックコンビや前回の日本戦でゴールを決めたアブドゥラミールもゴール前に上がってくる。しかも、アドナンとヤシンはともに185センチで、キッカーでない時はターゲットマンにもなれるのだ。仮に右SBのワリード・サリムがキッカーになった場合、アダマット(192センチ)、カラフ(185センチ)、アドナン(185センチ)、ヤシン(185センチ)、アブドゥラミール(180センチ)、アットワン(180センチ)の6人がゴール前に並ぶ。平均身長は184.5センチだ。
空中戦というのはポジショニングやタイミング、ジャンプの滞空時間など、必ずしも身体的なサイズだけで決まるわけではないが、セットプレーは身長差が結果に影響しやすい。しかも、イラクはそこにピンポイントで合わせられるキッカーがいる。そうしたシチュエーションをゼロにすることは不可能に近いが、可能な限り回避できる様に対処していくべきだろう。だからといって対応を緩めて流れから失点すれば本末転倒だ。厳しい試合環境ではあるが、日本のクレバーでタイトな守備と効果的な攻撃を発揮できるか。それは、この試合の勝負はもちろんだが、世界を見据えた戦いにもつながるものだ。
文=河治良幸
By 河治良幸