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【コラム】ハリルが直面した三つの悩み、システムと戦術の行方…日本がイラク戦で得たものは?

2017.06.15

テヘランでの激闘は、1-1の引き分けに終わった [写真]=Getty Images

 6月13日のイラク戦に臨むヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、三つの悩みに直面していた。

 一つ目は、選手のコンディションである。

「海外組はリーグ戦を終えたばかりで、試合から遠ざかっている。もうバカンスだなあという気持ちの選手や、新しい契約について考えている選手がいるかもしれない。日本語で言うところの『ムズカシイ』と言われる状況です」

 指揮官が想定したとおり、コンディションのバラつきは避けられなかった。海外組だけでなく国内組のなかにも、疲労感を隠せない選手がいた。本田圭佑(ミラン/イタリア)が予想以上に仕上がっていたのは、指揮官にとって嬉しい誤算だったかもしれないが…。

 二つ目は、スタジアムである。

「3月のUAEに続いて、イラクも小さなスタジアムを選んできました」と指揮官は話していた。小規模なスタジアムで圧力を掛けられると想定していたのだが、ハリルホジッチ監督の懸念はいい意味で外れた。あくまでもテレビで判断する限り、アウェイの空気感は薄かった。

 しかし、ピッチコンディションは良くなかった。「事前に写真で確認したところ、とても日本らしいサッカーができないかもしれない」というハリルホジッチ監督の危惧は、部分的ではあるが現実となってしまった印象がある。

三つの悩みに直面していたハリルホジッチ監督 [写真]=Anadolu Agency/Getty Images

 三つ目はケガ人だ。シリアとのテストマッチを経てイラク戦に臨むプロセスで、ハリルホジッチ監督は今野泰幸(ガンバ大阪)の回復具合を危惧していた。メンバーを発表する以前から、彼が所属するG大阪のメディカルスタッフから上がってくる報告を注意深く追跡していた。

 そうやって招集に結びつけた今野を、シリア戦でのテストにこぎつけることができた。ところが、4-3-3のシステムで今野とともに中盤を構成する香川真司(ドルトムント/ドイツ)と山口蛍(セレッソ大阪)が、シリア戦でケガをしてしまう。左肩脱臼の香川はイラク戦が行われるイランへ行くことができず、山口もスタメンから外れた。UAE戦で成功を収め、続くタイ戦でも踏襲した4-3-3のオーガナイズを、イラク戦では使いにくくなってしまったのだ。

 ピッチコンディションがいまひとつであり、4-3-3が最適解と言えない状況で、ハリルホジッチ監督は4-2-3-1へ立ち返る。キャプテンの長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)が長期離脱中で、今野と山口がトップフォームでないダブルボランチには、遠藤航(浦和レッズ)と井手口陽介(G大阪)が起用された。

 昨夏のリオデジャネイロ・オリンピックに出場した両選手は、セカンドボールとルーズボールを回収する力に優れる。デュエルにも強い。ロングボールを主戦術とし、フィジカルの強いイラク相手にはうってつけの人材だ。遠藤は昨年1月のリオ五輪最終予選でイラクと対戦しており、相手の長所を肌で感じていることもスタメン抜擢の理由に含まれていたはずだ。

ボランチの一角として先発出場した遠藤航(中央) [写真]=Getty Images

 ハリルホジッチ監督がケガ人に悩まされたのは、試合前だけではない。イラク相手に1-0とリードしていた59分、井手口が頭を強打して交代を余儀なくされる。同点に追いつかれた直後の76分には、右サイドバックの酒井宏樹(マルセイユ/フランス)が足を痛めてしまう。

 3つの交代カードのうち2つを、負傷者への対応に充てることになったのだ。「イラク戦ではアウェイでも勝利を目指す。同点で試合が進んだり、追いかける展開だったりすれば、攻撃的な選手交代を考えるのは当然だ」というハリルホジッチ監督の思惑とは、かなりかけ離れた展開である。岡崎慎司(レスター/イングランド)、乾貴士(エイバル/スペイン)、浅野拓磨(シュトゥットガルト/ドイツ)といった交代カードを切ることのできないまま、試合は終了へと向かっていったのだった。

 気温が30度を超える消耗戦だったことを考えても、1-1の引き分けは妥当な着地点と言っていい。1-0とリードした27分に“PKモノ”のシーンがあったが、この日の日本に「拙攻」の二文字はふさわしくない。そもそも決定機が少なかった。そして、72分の失点はミスが招いた。勝てるはずがないだろう。

 ならば、テヘランでのイラク戦から得たものは、勝ち点1の上積みのみにとどまるのか?

 残念ながら、答えは「イエス」である。

 3月のUAE戦以降の日本は、システムと選手を使い分けながら勝ち点を重ねてきた。W杯アジア最終予選を勝ち抜いてロシアへ辿り着くためには、現実的な対応である。ただ、来年6月開幕のW杯を35歳で迎える今野を、4-3-3のインサイドハーフで起用するのは未来へつながる戦略なのか。そもそも、4-2-3-1から4-3-3へ戦術の軸を移すのか。あるいは、二つのシステムを併用していくのか。

イラク戦では負傷の井手口に代わってピッチに立った今野泰幸(左) [写真]=Anadolu Agency/Getty Images

 遠藤と井手口のダブルボランチ、原口元気(ヘルタ・ベルリン/ドイツ)のトップ下起用、久保裕也(ヘント/ベルギー)の左ウイング起用といったイラク戦でトライしたオプションも含めて、ここ3試合で見られた変化のほとんど全ては、ケガ人が出たことが大前提となっている。「使い分け」というよりも、「やり繰り」という表現に近い。就任当初に打ち出した「縦に速いサッカー」が置き去りにされ、4-2-3-1でも4-3-3でも以前と変わらないポゼッションに軸足が置かれている現状を鑑みると──少なくとも、カウンターを狙う意思は薄い──W杯で上位に進出できる準備が進んでいるとは思えないのだ。

文=戸塚啓

By 戸塚啓

スポーツライター。法政大学法学部法律学科卒。サッカー専門誌記者を経て、フリーランスとして20年以上にわたってスポーツ現場を取材。日本代表の国際Aマッチは、2000年3月からほぼ全試合を現地取材。

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