頼もしい“10番”へと成長を遂げた香川真司 [写真]=Getty Images
本田圭佑の左CKをベルギー代表の絶対的守護神、ティボー・クルトワにキャッチされてからわずか10秒。素早くボールをつながれると、ケヴィン・デ・ブライネの高速ドリブルからのパスを山口蛍が止められず、右サイドを駆け上がってきたトーマス・ムニエに長友佑都が寄せたが、グラウンダーのクロスを入れられた。次の瞬間、ロメル・ルカクがスルーし、逆サイドから走ってきたナセル・シャドリが右足を一閃。痛恨の逆転弾がネットに突き刺さり、日本代表の史上初のベスト8進出という夢は幻と消えた。
タイムアップの笛が鳴った瞬間、ワールドカップ初参戦だった昌子源や乾貴士がピッチに倒れ込んで号泣する傍らで、エースナンバー10を背負う男・香川真司も天を仰いだ。
「ベルギーは立ち上がりがゆっくり入るところがある。その弱点を突いていく」と前日に語った通り、開始2分の思い切ったシュートを皮切りに前線で推進力を押し出していく。前半途中の一方的に守勢を強いられた時間帯も、献身的守備でデ・ブライネら相手中盤をストップする。この日の香川の走行距離は12.047キロで両チームを通してダントツのトップ。このダイナミックな走りとハードワークは大いに目を引いた。
迎えた後半。原口元気が待望の先制点を決めた4分後。背番号10は巧みな技術で追加点をお膳立てする。10年来の盟友・乾の左からのパスがヴァンサン・コンパニに当たって跳ね返されたこぼれ球を拾った香川は、正確なボールコントロールでタメを作り、乾にリターンを送った。これを背番号14がペナルティエリア外から豪快にゴール。日本は2点をリードする。
「やっぱり10番は最終的に得点をするか、アシストするか。そこだと思う。いくらいいプレーをしたとしても結局はそこで評価されるもの」と強調する彼は、歴史的な一戦でアシストという明確な結果を残したのである。
ここまで最高のシナリオでゲームを運んできたからこそ、どうしても勝って、日本サッカーの新たな歴史を刻みたかった。が、ベルギーがマルアン・フェライニとシャドリを2枚替えしてきたところから流れが一変する。「前に大きい選手を入れてきて、シンプルにセンタリングを上げてっていう状況になった時はかなり厳しい戦いになった」と長谷部誠も述懐する。この逆風に歯止めをかけようと香川自身も奮闘したが、1人の力だけではどうにもならない。個の力で強引に局面を打開しようとするエデン・アザールの一挙手一投足を目の当たりにして、彼は自らの力不足を痛感させられたという。
「今日のアザールはボールを持つたびに仕掛けて行ったし、そういう姿勢をつねに持ち続けていかないと成長しないのかなと。日本人はそういうところをうまくバランスを取る。『チームのために』って言葉が前に出ますけど、結局は自分自身を信じて個の力を出し切れるか。それはネイマール(ブラジル代表)もそう。やっぱり最後まで自分の力を信じて出し切るメンタリティを身につけないといけない」と本人も神妙な面持ちで語っていた。
確かに香川が言うように、両者の明暗を分けたのは「個の力」だったのかもしれない。結局、日本は2点のリードをひっくり返され、あと一歩というところまで迫った8強の壁をこじ開けられずに終わった。ただ、背番号10がその厳しい現実を改めて痛感できたのも、2度目のワールドカップの大舞台でフル稼働し、ベルギーとの真っ向勝負を演じたからこそ。初参戦だった4年前のブラジル・ワールドカップでは持てる力を全くと言っていいほど出せず、第2戦のギリシャ代表戦ではまさかのスタメン落ちという屈辱すら味わった。その借りは十分に返したと言っていいロシアでのパフォーマンスだったのではないだろうか。
ここに至るまでの4年間は本当に苦悩の日々だった。ブラジル大会直後にマンチェスター・Uからドルトムントへ復帰したものの、ゴールを量産した2010-11、11-12シーズンのような華々しい活躍ができず、ケガも重なって停滞感が色濃く漂った。日本代表でも、ハビエル・アギーレ監督体制で挑んだ2015年アジアカップ準々決勝・UAE(アラブ首長国連邦)代表戦でのPK失敗など、ブラジルでの悔しさを晴らせない時間が続く。2015年3月にヴァイッド・ハリルホジッチ監督が就任してからはさらなる紆余曲折を強いられた。最終予選に入ってからは試合に出たり出なかったりで、2017年8月の大一番・オーストラリア代表戦では本田、岡崎慎司とともに揃って出番なし。11月のブラジル・ベルギー2連戦ではメンバー外と、いよいよ立場が危うくなった。
「この4年間、辛い経験をしてきた分、自分自身の弱いところと向き合いながら戦ってきた、11月(の代表落ち)も別に悔しくなかった。悔しくないというのは変だけど、絶対に6月のロシアに出るってことしか考えていなかったので。その思いが自分自身を支えてくれました」と本人も前だけを見据えてここまでやってきた。それが今大会初戦・コロンビア代表戦の電光石火のPK奪取と待望の1ゴールにつながった。その後は得点こそ挙げられなかったが、前々からの問題点と言われたメンタルの弱さは全く見られず、ピッチ上で堂々と勇敢に戦う姿が印象的だった。2011年アジアカップから背負ったエースナンバーに苦しめられ、悩み続けてきた香川はこのロシアの地で「真の10番」へと飛躍した。それは紛れもない事実だろう。
そうやって1つの境地に達したのだから、ここでワールドカップへの挑戦を終わらせないでもらいたい。本人は「今の状況では何とも言えない」と4年後のカタール大会に向けての代表続行を決めかねている様子だったが、32歳の本田が今大会で区切りをつけることを表明し、長谷部や岡崎も年齢的に難しくなるだろう。川島永嗣や長友は先を見据えてはいるものの、“ビッグ3”全員が揃って退くことは日本代表にとってマイナスだ。29歳の香川にはまだまだできることが少なくない。アザールのように個の力で押し切れるアタッカーへと変貌を遂げてから、日の丸にユニフォームを脱いでも決して遅くはないはずだ。
強靭なメンタルを手に入れた香川真司が引っ張る新生・日本代表を多くの人々が待ち望んでいる。その事実を彼には今一度、しっかりと受け止め、新たな一歩を踏み出してほしい。
文=元川悦子
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By 元川悦子