サウジ戦で2得点の活躍だった岩崎悠人 [写真]=AFP/アフロ
鹿とか馬みたいだな。そんな言葉が頭に浮かんだ。京都橘高校入学直前のFW岩崎悠人を初めて観たとき、すでにその走りっぷりは印象的だった。
誤解を恐れず言うなら、岩崎は「動物的」な部分に強い個性を持った選手である。さほど大きくない体には牛のようなパワーも秘められていて、やるとなったら猛牛のような姿勢も見せてくる。
単純なスピードもそうだが、コンタクトされたり、条件の悪いピッチをモノともしない本当の意味での“走力”がある。そして持久性も兼ね備えていて、高校3年間を通じてフォア・ザ・チームの精神も体得した。
ただ、献身的で、戦えて、スピードもスタミナもある岩崎は、理想的な“おとり役”でもあった。小川航基のような真性のストライカーの相棒としての適性を強く備えた選手という認識もあったし、本人も「そういう意識はあった」と振り返る。将軍ではなく副官を選んでしまうようなメンタリティー。動物でいえば、ちょっと草食系と言うべき感覚。鹿や馬のような印象はあっても、虎や獅子ではない、そんな感覚だ。
そしてプレーの弱点もまた「動物的」な部分に見え隠れしていた。
森保一監督が就任して採用された1トップ2シャドーのシステムが岩崎を悩ませていた。1月のAFC U-23選手権は「言われたことをやろうとし過ぎていた」と振り返るとおり、シャドーのポジションに求められる細やかさ、戦術的なポジショニングを強く意識する余り、持ち味の動物的な要素が影を潜めていた。
正直、怖くなかった。
結局、岩崎は戦術的にはもちろん、“個”としてもほとんど輝けぬまま無得点で大会を去ることとなる。前年のU-20ワールドカップで結果を出せなかったという流れもあり、思うところがなかったはずもない。
「高校のときもそうですけど、ゴールで周りが認めてくれると思うし、ゴールを取ってチームに貢献してきた。自分のなかでゴールは大きなものです」(岩崎)
“草食”と言ったが、食欲旺盛な選手である。ゴールへの欲は強くある。そのあたりがどうもアンバランスになっているように見えたのがこの時期の岩崎だった。1月の大会を最後に五輪代表のメンバーからしばらく離れることになったが、このアジア競技大会に向けては燃え立つような気持ちを持って現れた。
初戦はベンチスタートで、出場したと同時に終了の笛が鳴るという、屈辱を感じても不思議ではないシチュエーションだったが、逆に燃えていた。
「(1月の招集時は)ゴールへの意識が薄まっていた。その意識を強めればいいと思うし、森保さんもそういうところを期待してくれて(代表に)呼んでくれているのだと思う」(岩崎)
チームの約束事は当然守るし、献身的に走って戦う姿勢もまったく変えない。だが同時に、まずゴールへと向かう動物的な部分を押し出すことも忘れない。「自分の良さが出せてない」というもどかしさから一歩進んで割り切り、「まず自分の良さを出す」ことに頭を切り替えて大会に臨んだ。
パキスタンとの第2戦では見事な2ゴールを叩き込んだ。相手のレベルを云々するのはたやすいが、岩崎はシュートを決められた感覚自体を喜んだ。体のキレもある。ボールを持てば躍動感十分に仕掛ける岩崎らしさを披露しつつ、「苦手意識がある」というシャドーに求められる相手の間(あいだ)で受ける動きもしっかりこなしてみせた。
ラウンド16のマレーシア戦も、ゴールという形こそ残らなかったが、動き自体はポジティブだった。「悠人が怒っていた」とチームメイトが証言するほどピッチ状態には苦しんだが、猛々しさすら感じさせるプレーぶりは、大きな山場となるサウジアラビアとの準々決勝で爆発する予感を漂わせていた。
そして迎えた決戦のステージで、岩崎は確かな成長を感じさせるプレーを披露した。コンタクトプレーで全く怯まず、前へ前へと突き進む。守備でのハードワークは欠かさずに、変に“オシャレ”なプレーに走ることもなく、愚直にゴールを目指し続けた。迷わず狙った巧みなミドルレンジからのループシュートで奪った1点目、カウンターから前田大然のクロスにしっかり合わせた2点目は、どちらも手ごたえありだった。
「得点の感覚という部分では本当にゴールを狙えているし、本当にゴールに向かう姿勢というのも出せていけていると思う」(岩崎)
森保監督の求めるコンセプトを実践しつつ、自分らしさを表現する。1月の時点では矛盾するかに見えた二つの要素を、苦い経験を経た岩崎はうまく融合して表現できるようになっている。同時に、獰猛さのようなものもピッチで表現されるようになってきた。
正直、準々決勝の岩崎は怖かった。
虎や獅子のような印象はないと思っていた岩崎だが、獅子の子どもを猫だと思い込んでいただけだったのかもしれない。千尋の谷から上がってきた男は、ちょっとだけ獅子のように見えた。
取材・文=川端暁彦
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By 川端暁彦