フランス・パリで起きた同時多発テロ事件を受けて、試合前に黙祷を行う選手と観衆。パリのカンボジア料理店がテロの標的になった [写真]=ゲッティ イメージズ
2015年11月17日 プノンペン
FIFAワールドカップロシア アジア2次予選
文=大住良之 Text by Yoshiyuki OSUMI
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images
日本代表が初めてカンボジアの首都プノンペンのピッチに立ったのは、2015年11月17日のことだった。
ワールドカップロシア大会のアジア第2次予選。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表は、この予選の初戦こそシンガポールのゴールをこじ開けることができず0-0の引き分けに終わった。しかし、9月にホームでカンボジアに3-0で勝つと、以後は勝利を積み重ね、最終予選進出に大きく前進していた。
一方のカンボジアは、2次予選に入って6連敗。得点1、失点19の最下位。日本の勝利は間違いないと思われていた。だが、日本にとって不安な材料もあった。一つは夜でも気温が30度を下らず、湿度が非常に高くなるプノンペンの気候。そして何よりも、会場の「オリンピック・スタジアム」のピッチが日本代表選手たちにとってなじみの薄い人工芝であることだ。
プノンペンの「ナショナル・スポーツ・コンプレックス」(と言っても、都心にあり、夕刻から多数の市民が訪れてさまざまなスポーツを楽しむ「スポーツ公園」のような施設)内に1964年に建設された「オリンピック・スタジアム」は収容5万人。この日本戦の観客数は2万9871人と発表された。アジアサッカー連盟(AFC)の予選開催基準により、「全指定席」とされたためだった。だが、見た目には完全に満員だった。そして何よりも熱狂的だった。東南アジアの他の国々と同様、サッカーは国民に最も関心の高いスポーツなのだ。
カンボジアにサッカーをもたらしたのは、19世紀の後半からこの国を植民地としていたフランス人たち。1933年にはサッカー協会が作られたが、フランス協会の一地方協会という立場だった。しかし、1953年に独立後も政治不安が続き、70年代からは20年にわたる内戦の中、サッカーどころではない日が続いた。
こうした中、カンボジアと日本のサッカーの対戦は同じアジアの国でありながら、驚くほど少ない。「クメール」と呼ばれた70年代の前半にアジア大会とムルデカ大会で対戦した2回だけ。いずれも日本が勝った。そして3試合目が2015年9月の埼玉スタジアムでの対戦であり、4試合目がこのプノンペンでの一戦だった。
静かで礼儀正しかったカンボジア代表の選手たち
日本の先発は、GK西川周作、DFは右から長友佑都、吉田麻也、槙野智章、藤春廣輝、MFは遠藤航と山口蛍をボランチに置き、右に原口元気、左に宇佐美貴史、トップ下に香川真司、そして1トップに岡崎慎司。ハリルホジッチ監督は5日前のシンガポール戦から8人を入れ替える「ターンオーバー」を実行した。
この時、カンボジア代表を率いていたのは韓国人の李太勲(イ・デフン)監督。9月の試合と同様、守備を固めてカウンターを狙うという作戦に出た。トップにFWクォン・ラボラヴィーを1人置いただけの5-4-1システムだ。
日本は香川を中心に攻撃を組み立てようとするが、ぎっしりと人が詰まったカンボジアのペナルティーエリアに侵入することができない。そしてカンボジアが時折ラボラヴィーにロングパスを送ると、そのスピードに振り回され、危険な場面を作られる。カンボジアがボールを奪うたびに、そして前線に送るたびに、満員のスタンドが爆発したような騒ぎになる。前半は0-0で終了。
後半、ハリルホジッチ監督は遠藤に代えて柏木陽介を投入。その柏木のロングパスからいきなり絶好機を得る。岡崎が頭で落としたところに走り込んだ香川がDFネン・ソテアロットの体当たりを受け、PKが与えられたのだ。
だが、右を狙った岡崎のキックはGKウン・セレイロットに防がれる。7分、日本の先制点は柏木のFKから生まれたラボラヴィーのオウンゴールだった。1点を失ってもカンボジアは5-4-1システムを崩さず、日本は攻めあぐむ。2点目は、後半アディショナルタイム、藤春のクロスを交代出場の本田圭佑のヘディングシュートまで待たなければならなかった。
「選手たちは素晴らしいパフォーマンスを見せた。サラリーも低い中、過密日程で疲れていたが、日本を相手にたじろがずに戦った」。試合後、李太勲監督は選手たちを褒めた。
この試合の取材のために、私はスタジアムから歩いて15分ほどのホテルを予約したのだが、チェックインしてみるとカンボジア代表チームと同宿だった。レストランやエレベーターで会う選手たちは、少年のように若く、素朴で質素だった。そして何より、公共のエリアではとても静かで礼儀正しかった。
試合の翌朝、フロントで精算手続きをしていると、何人かの選手たちが大きなバッグをかついで自宅に帰っていくシーンに出くわした。驚いたことに、彼らの多くは、粗末なオートバイを選手二人乗りで帰宅していったのだ。
たとえ若くても、サラリーは比較にならなくても、そして欧州のトップリーグで活躍する日本選手とは国際的な名声において天と地のような開きがあっても、カンボジアの選手たちは全く臆することなく戦った。その姿勢に、この国のサッカーの未来があるように感じた。
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By サッカーキング編集部
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