甲府在籍時代の伊東純也(左)と佐々木翔(右) ©J.LEAGUE
森保ジャパンには二人の「元ヴァンフォーレ甲府」がいる。佐々木翔(現・サンフレッチェ広島)は2012年から3シーズン、伊東純也(現・柏レイソル)は2015年に1シーズン、それぞれ甲府でプレーしていた。いずれも神奈川大の出身で、森淳スカウトの導きによりこのクラブでプロ生活を開始した。
森スカウトはフジタ、日本代表で活躍した往年の大型CB。Jリーグが開幕した翌年の1994年にスカウト活動を開始した、J最古参スカウトでもある。ベルマーレ平塚時代に当時の「高卒No.1」だった中田英寿を獲得した実績を持つが、今在籍している甲府はスモールクラブ。大物選手の獲得で都会のビッグクラブと正面対決することは、無謀と言っていい。彼は2010年から在籍している甲府で、一味違う方法論を見せてきた。
この目利きは「ビッグクラブに行くような選手はそもそも取れない」と言い切る。また有望選手は得てして自己評価が高い。甲府なら主力になれるレベルの人材が、ビッグクラブに進んで埋もれる現象もしばしば起こる。一方で今はスモールクラブへの追い風がある。
「選手には(J2の方が)チャンスはあると言い続けていますし、実際そうなっています。スカウト同士でも『J2のクラブはもっと自信をもって動くべき』と話してきましたが、今は色んなチームが面白い選手を獲っている」(森)
スモールクラブの売りは「いい経験を積める可能性が高い」こと。素晴らしいポテンシャルを持っていても、試合に出なければスポイルされる――。それはサッカーに限らないアスリートの鉄則だ。森は競合する選手を口説くとき、こんな話をするという。
「最初から大きなクラブに行かなくても、給料が少々安くても3年間小さなクラブで試合に出場して活躍すれば、あなたたちの価値は大きなクラブにいるより上がる。直近の例ではFC岐阜からヴィッセル神戸に移籍した古橋亨梧選手のように、途中から来る選手には大きな金額が与えられて、ポジションまで用意される場合もある。生涯獲得金額は甲府を経由した方が高くなる」
佐々木翔、伊東純也のような“実例”が出てきたことは、この説明の説得力を高めている。彼らと同じく甲府から巣立って「ブレイク」を見せた一人が稲垣祥(現・広島)だ。いわゆる上手い選手ではなく、率直に言って彼の獲得は森スカウトの慧眼だ。彼はこう振り返る。
「たまたま日体大の後輩だから見に行く回数があって、『良くなってきたな』『頑張るな』『身体張るな』と細かい印象が少しずつ積もったんです。あと、それが悪い方に行かないんですよ。右肩上がりの選手は、刺激を与えるとドンと突き抜けるかもしれないと思った」
選手を継続的に観察していれば「プラス評価」「マイナス評価」がそれぞれ出てくる。稲垣は「小さなプラス評価」が溜まる一方で「マイナス評価」はほぼ皆無という選手だった。
森はスカウトとして重視する点を、こう説明する。
「『ちゃんと見えているのか』が大事で、身体の向きや動きのタイミングをメインでやっています。ディティールの部分に着目しています。サッカーを知らないおじいちゃんやおばあちゃんが見ても、得点やアシストをする一番上手い子は分かります。でも得点までの流れの中で、直接でなくとも支えている素晴らしい選手がいる」
同じミスでも「見えていたミス」と「見えていないミス」は意味合いが違う。意図が正しければ、そのミスは次につながる余地が大きい。稲垣は“見えている”選手だった。ただし彼がいかに目利きでも、全てを見抜いていたわけではない。森はこう振り返る。
「実はレギュラーになると思って獲っていません。彼らがサブにいてくれたら本当にチームは助かるなと思ったのが稲垣と曽根田(譲/現甲府)です。彼らは色んなポジションをできるから、サブが3人4人で済むなと思ったんです」
そういう「嬉しいサプライズ」もスカウトの醍醐味なのだろう。
森は太陽でなく月を好むスカウトだ。映画やドラマに例えれば主役でなく脇役、敵役に目が向く二番手志向の持ち主だ。彼は高校サッカー界の“太陽”に相当するU-16日本代表・西川潤選手の名を挙げつつ、こんなことをいう。
「もし神奈川の桐光学園なら、注目されている西川くん以外で上手い選手は誰だろう?という見方をします。西川君は素晴らしい選手で、複数のビッグクラブが獲得に動くでしょう。そう考えると偏屈かもしれませんが、僕は違う選手を見ることに力を注ぐというか、他を見る癖があるんです」
かつては大卒新人が大半だった甲府の新人獲得も、近年は高卒が増えている。2019年の新加入選手としては中山陸(東海大相模)と宮﨑純真(山梨学院)の加入が既に決まった。
森にとって一つの転機となったのが、ファジアーノ岡山が東福岡から獲得した阿部海大選手だった。
「あの子はスカウト界で評判が良かったから、どこか大きなクラブ行くんだと勝手に思っていたら、(J2の)岡山に行ったんです。そういうところも子供たちが見ているんだと気づいた。高校生もやってみようと思ったきっかけです」
中山は昨夏の高校総体に出場しているが、名の知れた選手ではなかった。しかし森は代表歴などのブランド、周囲の評価を全く気にしない。
「『あそこにいい選手がいるよ』と僕の耳に入ってくる時点で、それは皆さんのノートに書かれている。どうして他人の選んだ代表に皆さんが群がるのか、納得がいかない。神奈川ならベスト8、ベスト16くらいにも佐々木や伊東のような選手がいる。他の人たちは同じ情報を聞いて全国に行って、一人の選手に対して群がる。僕はその時間は違うところを見に行くから独占できるのかなと思います」
ただし宮崎は高1冬の全国高校サッカー選手権で優秀選手に選ばれる活躍を見せ、知名度は既に高かった。森はこう振り返る。
「宮崎は2年になってさらに成長は加速していくのだろうと注目していました。彼は3年の夏前あたりで突き抜けた成長を見せてくれました」
宮崎の担当は森でなく、今季からフロントスタッフとなった石原克哉だった。地の利を持つ石原から「良くなってきました」という情報が届き、一瞬だが先行して動き出すことができた。高校総体における大活躍と全国制覇は、後発の他クラブに“抜かれる”危険性を高めたが、甲府は宮崎の獲得にこぎつけた。
森はこう口にする。「ウチは後から行くと勝てないから、早めに仕事を終えたい。ビッグクラブが来る前に仕事を終えなければいけない。誰も見ていないうちに決めることが大変です」
甲府も今後はアカデミー出身選手が増えていくだろうし、移籍選手の活用も引き続いて大切だ。しかし名スカウトの「腕」がクラブ作りに大きく活かされているし、佐々木や伊東については違約金(いわゆる移籍金)収入をクラブにもたらすという成果も生んだ。甲府のようなスモールクラブが生き抜くためには、他クラブのコピー&ペーストでなく、独自の方法論を持たねばならない。それは新人選手獲得に止まらない、クラブ経営の真理だろう。
取材・文=大島和人
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