Jリーグ、日本代表の第一線で闘ってきたGKがユニフォームを脱いだ [写真]=Getty Images
AFCアジアカップUAE2019に挑んでいる日本代表。13日のオマーン戦は大迫勇也が欠場する中、守備陣が奮闘を見せ、原口元気のPK弾を守り切って1-0で勝利。2連勝を飾り、グループステージ突破を決めた。しかしながら、17日のグループステージ最終戦で対戦するウズベキスタンも2連勝スタートを切った。日本は得失点差で下回っており、次戦で引き分け以下だと2位通過となる。その場合、決勝トーナメント1回戦では前回覇者のオーストラリアと激突することになる。
日本にとって今大会は、1992年広島、2000年レバノン、2004年中国、2011年カタールに続く5度目のタイトル挑戦だ。2018年シーズンを最後に引退した川口能活、小笠原満男、中澤佑二らは、いずれも同大会で優勝を経験している。ただ、不思議なことに、日本を代表するGKとして長年活躍してきた楢崎正剛はアジア制覇とは無縁だった。そんな彼が川口や小笠原に続くように1月12日、現役引退を表明した。
永遠のライバルとしのぎを削った24年
過去のアジアカップで、彼は悔しい思いを多く経験してきた。弱冠20歳で1996年UAE大会でメンバー入りを果たしたが、日本はベスト8で敗退。2000年大会はシドニー・オリンピックの負傷が災いして欠場。2004年大会はケガで川口にポジションを譲り、2007年大会(東南アジア4カ国共催)も川口の控えに甘んじている。本人は「一番の心残りは、サポーターに(ラストシーズンの)2018年にプレーする姿を見せたかったこと」と引退会見で語ったが、アジアカップ制覇の歓喜を味わえなかったことにも、一抹の寂しさを感じているだろう。
そんな楢崎の24年間のプロ生活は川口としのぎを削った日々でもあった。ともに10代からJリーグデビューを果たし、20歳からは日本代表でプレー。4度のワールドカップにも出場した。1998年フランスW杯と2006年ドイツW杯は1歳年上の川口に定位置を譲ったものの、2002年日韓W杯では全4試合に出場。日本のワールドカップ初勝利の生き証人となった。
「当時の小泉(純一郎)首相がロッカールームまで来たことはすごく印象に残ってますね。何だか盛り上がりすぎてよく分かんないくらいだった」と彼は述懐している。その後、日本代表における川口とのポジション争いは2010年南アフリカW杯まで続いた。同大会では楢崎が守護神として集大成を飾るはずだったが、直前で川島永嗣にその座を奪われた。こうした苦い経験の数々も、川口との絆をより深くしたという。
「若い頃は比較されたくなかったんでしょうね。最初はギスギスしてましたよ。あんまり喋らんかったし。ライバル意識はあったし、やっぱりどこか意識していたと思います。でも能活が(2001年秋に)海外へ行った頃にはもうなくなってたんじゃないかな。ポーツマス時代は相当苦労したのも聞いているし。そういう貪欲さは永嗣と共通するところはありますよね。それが俺にあったらよかった。自分にないパーソナリティーをうらやましく感じてました」
ベテランが1日でも長く活躍できる環境を
永遠のライバルが現役ラストマッチを迎えたのは、2018年12月2日。川口が所属していたJ3・SC相模原は鹿児島ユナイテッドと対戦し、楢崎はサプライズゲストとして呼ばれ、試合後のセレモニーで川口に花束を贈呈した。その時、川口から「正剛には現役を続けてほしい」という言葉を送られ、その胸中は揺れ動いた。それでも、すでにキャリアを続行するか否かは半々だったようだ。
同日、筆者は彼とじっくり話す機会があった。「次のクラブに行くことを考えると難しい部分が多い」という本音を吐露したのだ。
「グランパスに20年いて非常にいい環境でプレーさせてもらってきた。40代の僕がコンディションを整えるのに必要な設備も十分に整っている。そんな自分がカテゴリー下のクラブに行って、現在のコンディションを整えられるかどうかを考えるとやはり不安はある。そういう部分を含めていろいろ考えています」と神妙な面持ちで語っていた。
この時は京都サンガや地元の奈良クラブなどからオファーが届いていたようだ。けれども、京都の環境はJ1水準だが、クラブを取り巻く状況が芳しいとは言えない。奈良クラブはより一層厳しい環境かもしれない。それはベテラン選手にとって軽視できない部分なのだ。
楢崎とともに2010年のJ1制覇に貢献した田中隼磨(松本山雅)も、「2014年に山雅へ移籍した時、練習場は人工芝で、クラブハウスもなく、今までグランパスでやっていたような交代浴もできなかった。筋トレも一般の人が通うジムを特別に使わせてもらう状態で、かなり厳しかった」と話したことがある。かつての仲間がそういう環境に赴き、苦労する姿を見て、楢崎自身も頭を悩ませたに違いない。
「気持ちが切れたら続けるべきではない」という引退会見での発言は、単にモチベーションの部分だけではない。彼のような能力あるベテランを含め、多くの選手が1日でも長く活躍できるように、日本サッカー界全体が環境改善により一層努力してほしいと痛感させられた。
担うべきは“次世代守護神”の育成
偉大な守護神は引退を決断したが、今後の日本サッカー進化の担い手になるべき存在なのは間違いない。とりわけ、昨今の日本人GKの苦境は彼にとって見過ごせない現実だ。
「今はJリーグに数多くの外国人GKが来て試合に出ていますけど、日本人GKのレベルアップ含め、何とかしなきゃいけない。代表にしても永嗣にプレッシャーをかけるやつがどんどん出て来なきゃいけないとロシア(・ワールドカップ)の前から感じていました。技術的には昔に比べてうまい選手は沢山いるけど、GKって精神的なことが多くを占める。もっと強い個性を持った選手が出てこないと。『日本の弱点』って言われるのはすごく辛い。これまで日本では『いいGKの基準』に目が向いていなかったような気がする。そういうことを含めて変えていきたいと思ってます」
近い将来、彼はコーチングラインセンスを取得し、日の丸を背負うGK育成に携わる可能性も高い。選手時代に切磋琢磨し続けた川口と協力しながら、圧倒的な存在感を誇る“次世代守護神”を育てる未来を望むサポーターや関係者も多いのではないだろうか。それを現実にするために、彼が力強くエネルギッシュな第2の人生を踏み出してくれることを祈りたい。
文=元川悦子
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By 元川悦子