[写真]=Getty Images
“広島極道は芋かもしれんが、旅(よそ者)の風下に立ったことはいっぺんもないんで”
映画『仁義なき戦い・頂上作戦』で、小林旭演じる山守組若衆頭の武田明が敵対勢力の幹部に向かって言い放った名ゼリフ。ひょっとすると、これと似たような覚悟とプライドが“あの人”にもあるんじゃなかろうか。
長友佑都だ。日本代表不動の左サイドバックが、トルコ王者ガラタサライの主力として、2019-2020シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)に挑む。
旅の風下に立ったら、やっていけない。その典型がサイドバックというポジションだろう。とにかく1対1にさらされやすい。そこであっけなく突破を許せば、すぐに立場がなくなる。数的優位じゃなかったから――なんて泣き言を口にする輩はお呼びでないわけだ。
クラブであれ、代表であれ、対戦相手のレベルが上がれば上がるほど、サイドバックの対面は一騎当千の強者揃い。言わば、現代サッカーの花形だ。彼らの破壊的な突破を阻止できるかどうかが勝敗を大きく左右する。
“神戸の者言うたら、猫一匹通さんけん、おどれら、よう覚えとけや!”
冒頭の名ゼリフに続く武田のタンカは長友にピッタリだろう。相手がガレス・ベイルだろうが、キリアン・ムバッペだろうが、おいそれと通すわけにはいかない。通せばまずやられる。レアル・マドリードもパリ・サンジェルマン(PSG)も、そういうチームだ。
衰え知らずの情熱…トッププレイヤーたちとのマッチアップへ
実のところ、ガラタサライのセンターバックは心許ない。そうした事情もあるが、対面の敵を通すか、通さないかは長友自身に関わる問題だ。33歳となったいまも、世界最高峰の舞台に立てるのはサイドの攻防で風下に立たない実力を誇示しているからにほかならない。
いまだ、よく走り、よく闘う。
若い頃は1日に千里を走るという汗血馬のようだった。それこそ血の汗をかき、イタリアの名門インテルで確固たる地位を築いて、当代の猛者たちと互角以上に渡り合ってきた。そんな男もいまや百戦錬磨。1対1のやり合いで手数をかけずに敵を仕留めてしまう。
まさに潰しの勘所を心得た仕事ぶり。トップレベルで長くも揉まれてきた経験値、試行錯誤を伴った成功体験の積み上げはやはり伊達ではない。いっさいのムダをそぎ落とした燃費のよさが攻守の両面で労働生産力を高めてもいる。ひとり働き改革――といったところか。
ただ、長友という車を走らせるのはガソリン(体力)よりもむしろ、いまだ衰えぬ情熱だろう。グループステージ組み合わせ抽選会の結果を受け、自身のSNSにまるで新参者のような初々しい書き込みをしている。
「ワクワクしてきたわ! どの選手とマッチアップできるのか楽しみすぎる!」
CLでレアルとパリSGと対戦できるなんてアツすぎる。
CL感満載の組みに入ったね。笑
ワクワクしてきたわ!
どの選手とマッチアップできるのか楽しみすぎる!— Yuto Nagatomo | 長友佑都 (@YutoNagatomo5) 2019年8月29日
ヨーロッパ屈指の強豪クラブと同組になり、本人の言うとおり「CL感満載」だ。そのぶん、ハードルも一気に上がる。そこで俄然、前のめりになる若き挑戦者のような心のありようが、少しも衰えを感じさせない小さな巨人を形づくっているように見える。
長友なら押し込まれる展開の方が…
早いものでガラタサライに加入して3年目。名将ファティフ・テリム率いるチームは今夏、補強に余念がなかった。コロンビア代表の主砲ラダメル・ファルカオ、オランダ代表に復帰したウイングのライアン・バベル、中盤にもフランス代表のスティーブン・エンゾンジを迎え入れ、戦闘態勢を整えている。
ただ、現状ではまだ攻守の歯車がかみ合っていない。グループ内の力関係を考えれば、あくまで伏兵の立場か。レアルやPSGとの争いでは、やはり押し込まれる時間が長くなるだろう。もっとも、長友にとっては刺客の手際をみせる格好のチャンスだ。
こういうときの長友ほど、見ていて頼もしい人も少ない。もう、くぐり抜けてきた修羅の数が違う。それをことごとく自分の強みに変えてきた歴戦の勇士だ。その対面にルーカス・バスケスやパブロ・サラビアを持ってきても、子ども扱いされるのがオチ――、などと調子に乗ってみたくなる。
いや、それくらいの実力者だろう。左サイドで並ぶバベルとのタンデムやファルカオとの絡みも楽しみだが、最大の見せ場はやはりタッチライン際での対面勝負。やるか、やられるか。もちろん、テリム組若衆頭は腹の底でタンカを切っているはずだ。
“レアルやPSGの者言うたら、猫一匹通さんけん、おどれら、よう覚えとけや!”
文=北條聡