[写真]=Getty Images
遅れてきた男が一転、出世街道まっしぐら。ついにはチャンピオンズリーグ(CL)の大舞台に立つチャンスが転がり込んだ。
ベルギー王者ヘンクで攻撃の一翼を担う伊東純也の勢いが、止まらない。
現代ではめずらしい“縦”への仕掛け
ヨーロッパへ渡ったのは今年2月末。瞬く間に監督と仲間たちの信頼を勝ち取って、中盤の右サイドに収まった。そこから先は縦横無尽、神出鬼没の大暴れ。およそ3カ月半の短期間ながら、ヘンクの実に8年ぶりとなるリーグ制覇に貢献し、CLへの道が開けた格好だ。
実力の成せる業だろう。だが、10代の頃から脚光を浴びるようなエリートだったわけではない。Jクラブのアカデミーとも無縁の大卒選手で、神奈川大学時代は2部でプレーしていた。いまから5年前のことである。
まさに野に隠れた逸材。臥竜鳳雛とは、この人のことだろう。何でも早けりゃいい、というわけでもない。世に出る道筋もタイミングも人それぞれだ。ヴァンフォーレ甲府のスカウトに見出され、才能の片鱗を示したのち、柏レイソルで一気に頭角を現す流れこそ、現在の伊東を形づくる最適、かつ最短の道順だったか。急がば回れ。背伸びも、気後れもせず、自分のペースで歩を進めたからこそ開花する才能もある。あるいは大きな器ほど早くは完成しないとも言う。伊東の場合はどちらも当てはまるのかもしれないが。
現代ではめずらしい本格派のウイングとして台頭したのも興味深い。いまや右利きの逸材なら、判で押したように左サイドを基点に仕掛ける時代である。なかでも、斜めに鋭く斬り込んでフィニッシュを狙うのがお約束だ。この手のタイプは日本でも量産態勢にある。
伊東は違う。1対1で縦にぶち抜く仕掛人。ただ速いだけでも上手いだけでもない。緩急と方向の変化を巧みに織り込み、対面の敵を手玉に取っていく。そこから右サイドを深々とえぐり、ゴール前の守備者を横に向かせ、視野から外れた味方に良質のクロスを送り届ける。
カットイン族のあおりを受け、やや影の薄くなったワンタッチゴールの職人が泣いて喜ぶ人だろう。だが、アシスト専用機ではない。柏でウイングに転じる前は、多勢に無勢をモノともしない独立独歩のストライカーだった。Jリーグでもたった独りで敵の守備者を串刺しにしながら点を取る「単騎駆け」をたびたび演じてきた。敵陣に大きなスペースがあれば、大外からアクションを起こしてもフィニッシュまで持ち込める。それだけの技術とスピードがあるからだ。
獲物が大きければ大きいほど…
これまでの日本にも速い選手はいたが、伊東のように速くて上手い選手はレアものだ。そうでなければ、絶滅危惧種の伝統的なウイングがにわかに現れることもなかっただろう。ヘンクでは戦術的な兼ね合いから内側に絞る場面もあるが、最大の見せ場はやはり一騎討ちにある。強豪の誇る防御の手練れをやり込めば、一夜にして、その名が広く知れ渡るはずだ。
リヴァプールはもとより、ナポリの実力を考えても、ヘンクの活路は“逆襲”だろう。カウンター気味に仕掛ける展開は伊東にとって好都合か。リヴァプール戦ではガンガン攻め上がる対面のアンドリュー・ロバートソンの背後を突き、抜かれただけで話題になる怪物フィルジル・ファン・ダイクのクビを取れば一躍、時の人だ。
Jリーグ時代の伊東には強豪相手や完全敵地で、やたらと活躍していた記憶がある。甲府で先鋒役を担ったプロ1年目からそうだ。獲物が大きければ大きいほど、アドナリン全開――という人だろう。泣く子も黙るアンフィールドも最高の狩り場か。格や序列なんぞには目もくれず、裏街道からのし上がった身。相手がリヴァプールだろうが、ナポリだろうが、遠慮のないファイトを仕掛けるだろう。そもそも1対1に負けて赤っ恥をかくのは伊東ではない、相手の方だ。
ヨーロッパでは「26歳の新人」である。遠く日本からやって来た見知らぬサムライが、凄腕剣客だったとは――。本場の人々がそんな風に目を丸くする瞬間を、いまかいまかと待ちわびている。来る、きっと来ると願いながら。
文=北條聡