2021年、また一人の選手が海外に戦いの場を求めた。スイス1部のローザンヌ・スポルトに加入した鈴木冬一だ。
セレッソ大阪の下部組織で育ち、高校3年生のタイミングで長崎総合科学大学附属高校に編入。世代別日本代表として国際大会にも出場し、卒業後は湘南ベルマーレに加入した左サイドバックを主戦場とするプレーヤーである。
加入2シーズン目終了後、契約を残す中でスイスへと新天地を求めたこと、これからのキャリアプランを聞く中で、何度も出てきた言葉は“感謝”だった。
インタビュー=小松春生
■迷いなく決めた
―――まず、2020年を振り返ってください。1年目と比較しても浮き沈みが多かったシーズンだったと思います。
鈴木 浮き沈みの幅が大きかったです。よかった時はすごくよかったし、下がるときはかなり下の方まで下がってしまいました。今後はその幅をいかに少なくできるかですね。
―――その波が生まれた理由は何でしょう。
鈴木 2月の開幕戦は調子がよく、新型コロナウイルスによる中断からシーズンが再開しても調子はよかったんですが、勝ちが得られない中で自分のメンタルもネガティブになっていきました。自分が出ているのに勝てないことでメンタルの浮き沈みが大きかったです。
―――育成年代含め、そういった経験はありましたか?
鈴木 試合ごとの好不調や波がある時期は今までもありましたけど、ここまで大きくなったのは、気持ちの部分でもプレーの部分でも初めてです。
―――海外移籍という決断をする直前のシーズンでそういった経験をすることができた、とポジティブな捉え方もできるかもしれません。
鈴木 本当にそうですね。言い訳は話にならないですし、今後それをいかになくしていけるかだと思います。
―――移籍決断の理由を改めて聞かせてください。
鈴木 小さい頃からずっと海外に行きたいと思っていて、そのタイミングが今回だったというだけです。今回ではなくても、将来的に海外のオファーがあれば移籍していたと思います。なので、迷いなく決めました。
■もっと上の舞台に行ける可能性があるクラブを選んだ
―――ローザンヌ・スポルトというクラブからのオファーという点はいかがでしたか? スイスの古豪ですが、近年は1部と2部を行き来するエレベータークラブという印象です。
鈴木 もちろん、話を聞いた上で決めました。提携しているフランス1部のニースと兄弟関係にあるクラブということも、理由の一つです。活躍次第で、もっともっと上の舞台に行ける可能性があるクラブを選びました。
―――2020シーズンのJリーグは若い選手の出場機会が伸びるなどしました。国内で成長を図ることもできたと思います。
鈴木 自分の性格上、海外に向いていると思っていて。だから行きたいと思っていましたし、あと何年か日本でやって伸ばすよりも、今このタイミングで海外に行き、いつかまたJリーグでプレーしたい思いの方が強かったです。
―――スイスリーグには様々な国籍、タイプの選手がいます。
鈴木 そこについての不安はありません。学べるものもあると思いますし、自分に足りないものも見つかると思います。吸収して、自分のものにして、一歩ずつステップアップしていきたいですね。
―――クラブからはどういったことを求められていますか?
鈴木 上下動のハードワーク、左足の技術、クロスの精度は求められています。ポジションは左サイドで考えていると言われたので、右サイドでもプレーできることが強みということは伝えました。左で考えてくれているので、まずはそこで定着できるようにやっていきます。
―――左サイドバックやウイングバックが主戦場となっていますが、プロ入り前は前線でプレーしていました。ポジションが下がっていったことに対して、思うことはありますか?
鈴木 昔から特に気にしてないですけど、自分のために犠牲にしないといけないものがあると思っていて。それはポジションや環境によって変化するものですが、求められたことに対して否定的に入るのではなく、まず自分ならできるかを考えてやっていくほうが伸び代もあると思うし、ポジションが下がったことも、まったくネガティブではなく、むしろ自分にしかできないこととしたい。もちろん攻撃も好きなので、前に上がれば、好きなように攻撃したいとも思っています。
■お世話になった人たちに移籍金を残したいと思っていた
―――これまで様々な出会いがあったかと思います。湘南退団時に発表されたコメントでは、特に曺貴裁さん(現・京都サンガ監督)の名前を挙げて、感謝を伝えていました。
鈴木 最初の半年間でプロの厳しさや、プロでやっていく上での心得を学びましたし、「ここが通用して、ここがダメだ」ということも、その半年くらいで感じました。すごく学びの多かった期間ですね。そこからの1年半は残留争いをしたり、新型コロナウイルスの影響で長期中断する異例なシーズンを過ごして過密日程も経験しました。みんなにとっても、すごく大変な1年でした。湘南では最初にプロの仕組みや厳しさを学び、その後の1年半で、プレーオフの怖さや異例なシーズンを経験し、自分の成長にはすごくつながったと思います。
―――湘南との契約を残す中、ローザンヌへの完全移籍となりました。移籍金を残す形にはなります。
鈴木 移籍金を残すために移籍したということではないですが、少なからず残したいとは思っていました。それは湘南だけにお金が入る意味ではなく、今までお世話になったチームにも入るので、お世話になった人たちに少しでも残していけるように移籍はしたいと思っていました。今後の活躍次第でローザンヌからビッグクラブに移籍できれば、それもまた湘南をはじめ、お金が入る。サッカー選手として数字を残すということは、得点やアシストもありますが、移籍金もある意味で数字を残すことなので、お世話になったチームに感謝の気持ちを込めて、今後も大事にしていきたいです。
―――年々、いろいろな人の思いが両肩に乗っかっていきますね。
鈴木 そうですね。でも、重くなっていくというより、全部学びにしていく、経験にしていきたいと思っています。気持ち的には軽くいきたいですね。
―――いいプレッシャー、いい緊張感を持ちながら。
鈴木 そうですね。いつケガをして、プレーができなくなるかわからないし、いつ試合に出られなくなるかもわからない。そういう緊張感は今までも持っていましたが、これからは日本を出るので、もっともっと持っていかないといけないと思います。
■小嶺先生との1年間は大きな財産
―――曺さんのお話をしていただきましたが、長崎総合科学大学附属高校での1年間も大きな影響があったと思います。小嶺忠敏監督についてはいかがでしょう。
鈴木 影響はかなり大きいです。小嶺先生は芯がすごいというか、絶対にブレない性格で、時代によって変えている部分はありますけど、小嶺先生の根本は変わっていないし、厳しさも変わってないから、昔からのサッカーが今もできていると思います。自分を犠牲にしてでも戦う気持ち、忍耐力は小嶺先生のもとで培いました。小嶺先生には1年間だけしか指導してもらっていませんが、その1年間は大きな財産で、自分にとって大切な指針になりました。
―――小嶺先生には報告を?
鈴木 「活躍は見ているから、頑張ってこい」と。本当は会いたかったんですが、会えませんでした。でも、ベルマーレの試合も見てくれていたと思いますし、今後もっともっと見せていけるように頑張りたいです。
―――同じ湘南の齊藤未月選手がロシア1部のルビン・カザンへレンタル移籍することになったのと、同じタイミングでの海外移籍となりました。
鈴木 一緒のチームでやってきて、一緒のタイミングで海外に行くからこそ、負けたくない思いをお互いに持っていると思いますし、そこは自分も大事にしたいです。同じタイミング、同じチームから移籍した以上、比べられる部分でもある。他人からはそう評価されると思うので、自分のほうが活躍できるように、という強い気持ちは大事ですね。
―――鈴木選手と同世代の選手で、早くから海外に出ていっている選手たちも多くいます。刺激になっていますか?
鈴木 なっていますけど、焦るとか悔しい気持ちではなくて。活躍したら嬉しいですしね。自分も世界で活躍して、それを見た他の選手たちが嬉しい気持ちになってもらえるように頑張りたいですし、そういう刺激を与えられるような存在になりたいです。お互いに刺激を与えられるのは、いい関係ですし、今後もそれが続けばいいですね。
■当たり前のことができない選手は、どこに行っても使われない
―――12月に行われたU-23日本代表候補の国内合宿には招集されませんでした。悔しさはありましたか?
鈴木 そういう感情以前に、試合に出てないので選ばれないことが当たり前だし、仕方ないことで。もちろん気にはしますけど、悔しいという感情はなかったですね。
―――日本代表の森保一監督をはじめ、A代表の主力選手たちはプレー強度を高める、球際での強さ、激しく戦うことを取り組み、課題として挙げることが多くあります。ご自身の課題や改善点はいかがでしょうか。
鈴木 自分の強みや武器は左足の技術やクロス、精度なので、そこは大事にしていきたいです。でも、今は戦える、ボールを奪う、走れるという当たり前のことができない選手は、どこに行っても使われない、信用もされないと思います。そこは最低基準として取り組みながら、自分の技術を発揮したいです。
―――海外移籍が決まったばかりですが、今後のキャリアプランはいかがでしょうか。
鈴木 移籍市場は半年ごとに開くので、1月加入とは言え、次の夏の移籍市場は意識しています。半年間で提携先のニースに移籍することもそうでしょうし、短期間でも自分の目標を持ちながらやっているところです。
■「日本代表の左SBは鈴木冬一しかいない」と言われる存在に
―――プレーしたい国は?
鈴木 サッカー選手である以上、1回はラ・リーガでプレーしたいですね。テクニックのあるチームが好きで、昔からスペインのサッカーに魅力を感じていたので。ずっと見てきたからということが大きい理由ですし、高校生の時のスペイン遠征で実際に感じたからもあります。まずはローザンヌでヨーロッパの生活、ヨーロッパに慣れることが大事ですね。
―――さらにその先のプランはありますか。日本代表として日の丸を背負ってワールドカップに出場したい気持ちもあると思います。
鈴木 大きな目標、小さな目標はいろいろあります。試合にコンスタントに出続けながら40歳くらいまでプレーしたいことが一つ。その中でW杯にも出場したいですし、今の日本代表の左サイドバックは長友佑都選手が代名詞ですが、「鈴木冬一しかいない」という存在になりたいです。
―――A代表の左サイドバックは同世代の選手も起用されるようになってきました。割り込んでいく気持ちですか?
鈴木 そんなに意識していることではないですけど、まずチームで結果を出して、もし日本代表に選ばれて結果を出せれば、定位置も掴めると思います。焦る必要はないですけど、早くそういうポジションを掴んで、信頼を勝ち取れるようになっていきたいです。
―――最後にこれまでも応援してきた方へのメッセージ、これからの意気込みを教えてください。
鈴木 一番近くで支えてくれたのは家族であって、家族には一番感謝しています。今回、移籍する過程でもセレッソ大阪の人、長崎の人、湘南ベルマーレの人、全ての人が関わってくれていると思います。感謝の気持ちはもちろんありますが、僕が活躍した姿を見せることが、感謝を形にしたことになると思います。そして、ベルマーレのファン、サポーターの方たちにも2020年は不甲斐ないシーズンに終わってしまったので、活躍している姿を見せたいですし。それがベルマーレだけではなく、日本代表になった時に日本中の人から応援してもらえるようなプレーヤーになりたいと思っています。
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By 小松春生
Web『サッカーキング』編集長