[写真]=Getty Images
いよいよ1月13日にAFCアジアカップが開幕する。川崎フロンターレや清水エスパルスなどで活躍した鄭大世は、朝鮮民主主義人民共和国代表(以下、北朝鮮代表)として2011年大会に出場。「ワールドカップ本大会やワールドカップ予選とも違う独特の雰囲気があって、改めてアジアで勝つことは簡単ではないと痛感した」と話す。3大会ぶりの優勝を目指す日本代表や注目するストライカーについて、たっぷりと語ってもらった。
取材・文=舩木渉
アジアカップ優勝のキーマンは上田綺世「得点王も夢ではない」
――鄭大世さんとアジアカップといえば、北朝鮮代表として出場した2011年大会です。当時の思い出を聞かせてください。
鄭大世 グループステージ初戦のUAE代表(アラブ首長国連邦代表)戦で終盤に僕がPKを獲得してホン・ヨンジョに譲ったんですけど、彼が外してしまったんですよね。あのPKが入っていて1勝していれば……と思うところはあります。UAE戦の引き分け(0-0)がその後の結果にも大きく影響してしまいましたね。
――最終結果は1分2敗で未勝利のままグループステージ敗退となってしまいました。UAE代表、イラン代表、イラク代表と中東の強豪国ばかりが相手で、非常に難しい大会だったのではないかと思います。
鄭大世 国際試合なので、絶対に負けたくないという思いはありました。でも、南アフリカワールドカップに続いてアジアカップでも死の組に入ってしまった。北朝鮮代表はFIFAランキングが低いので、どうしても強い相手と当たりやすくなるんですよね。イラン代表とは南アフリカワールドカップのアジア予選でも対戦していて、その強さを知っていたので、僕たちにとっては格上という印象でした。それでも非常に難しいワールドカップのアジア予選突破を成し遂げた後で、アジアカップもうまくいくだろうと思っていたら、全然思い通りにいかなかった。僕も当時はまだ26歳で、ドイツに移籍したばかりということもあってサッカー界のことをよくわかっていなかったので、アジアカップがどれだけすごい大会なのかも理解できていなかったと思います。アジアカップにはワールドカップ本大会やワールドカップ予選とも違う独特の雰囲気があって、改めてアジアで勝つことは簡単ではないと痛感させられました。
――日本代表は大世さんも出場した2011年大会以来の優勝を目指してアジアカップに挑みますが、決して簡単な大会にはならなさそうですね。
鄭大世 今の日本代表はドイツ代表やチュニジア代表、トルコ代表などに大差をつけて勝てていて、実力はアジアの中でも別格だと思います。ただ、期待値が高まればハードルも高くなる。アジアの他の国々は「日本代表はどれほどのものか」と向かってくるでしょうし、「勝って当たり前」という状況は逆に難しいんですよ。しかも、僕が出場した2011年大会当時と比べてアジアのレベルは確実に上がっています。中東のイラン代表やUAE代表、サウジアラビア代表などはヨーロッパの国々と遜色ない力を持っていますし、東南アジアの国々も急激に力をつけてきています。彼らを軽視してはいけないと思います。日本代表が10年以上もアジアカップで優勝できていないということは、他の国々にもアジアの頂点に立つだけの競争力があるということですよね。僕らは日本代表がアジアで圧倒的に強いチームというイメージを持っているかもしれないですけど、実際にはそんなことはないんです。
――対戦国は「日本代表にひと泡吹かせてやろう」と、凄まじい勢いで向かってくるような気がしています。
鄭大世 アジアカップに出場する他の国々は、かつての日本代表がワールドカップに出場した時と同じ感覚を持っているでしょうね。カタールワールドカップでドイツ代表やスペイン代表と対戦した時の日本代表がどうだったか。「何としても食ってやろう」という立場でしたよね。どの国にも日本代表に勝てる可能性は十分にあるし、少しでも油断すれば足元をすくわれてしまうと思います。
――日本代表はグループステージでベトナム代表、イラク代表、インドネシア代表と対戦します。大世さんはどんな戦いになると予想しますか?
鄭大世 ベトナム代表戦とインドネシア代表戦に関しては、おそらく日本代表がボールを支配して、相手は引き分け狙いで守りを固めてくるのではないかと思います。そうすると引いた相手をどう崩すかが重要になりますが、そういう試合では1トップに上田綺世選手のような高さがあってヘディングでもゴールを決められる選手がいると助かりますよね。左右のサイドには三笘薫選手や伊東純也選手がいて、久保建英選手や堂安律選手、中村敬斗選手など他にもタレントが豊富にいます。彼らがいつも通りのプレーをしてチャンスを作ってくれれば、必ずゴールを奪えるはずです。ただ、イラク代表だけは一筋縄ではいかない相手かなと。彼らには日本代表を上回れる十分な力があると思います。
――イラク代表は「球際の強さ」に関して、日本で言われるそれとは質の違う「強さ」があるように感じます。
鄭大世 それは彼らのプレーが激しい、危ないということですよね。日本のサッカーファンには同じことを韓国代表に対しても言う傾向があるんですよ。でも、それって相手を見下しているから球際の激しいプレーが「汚い」「危ない」という見え方になるんじゃないですか? ヨーロッパのクラブや代表チームの選手が危険なプレーをしても「ヨーロッパだから」と見過ごすけど、アジアのクラブや代表チームの選手がそういうプレーをした時に「危ない」と言うのであれば、それはアジアを卑しめているということだと僕は思っているんです。確かに中国代表や中国リーグの選手たちのプレーだけは危険だと思うことはありますけど、韓国代表やイラン代表をそうやって見下していたら、盛大なしっぺ返しを食らいますよ。だから、イラク代表の球際の激しさを舐めてかかるのは危険だと思います。
――日本代表が3大会ぶりのアジアカップ優勝を成し遂げるにあたってキーマンになりそうな選手は誰だと考えていますか?
鄭大世 上田綺世選手ですね。彼のゴールセンス、嗅覚やポジショニング、動き出し、裏の取り方など、ゴールを決めることに関しては今の日本サッカー界でNo.1だと思います。僕は「上田推し」なので、日本代表でようやく頭角を現してきたのが嬉しいです。ケガなく試合に出続けられれば、アジアカップ得点王も夢ではないと思います。
三笘薫は「現代の“リアルキャプテン翼”」
――では、アジアカップでの大ブレイクを期待している選手はいますか?
鄭大世 ブレイク候補なら細谷真大選手を選びます。彼を見ていると、昔の自分を見ているみたいで応援したくなるんですよね。すごく強引なプレーをするストライカーです。DFを背負っていても無理やり前を向こうとするし、横パスを出せばゴールが入るのに自分でシュートを打とうとするし、倒れれば相手が退場になるのに無理やり立とうとするし……これは面白い選手だなと。
――細谷選手はパリ五輪世代のストライカーですが、アジアカップを経験したら成長はさらに加速しそうですね。
鄭大世 細谷選手は昨年11月に日本代表でデビューしてゴールも決めていますけど、ワールドカップのアジア2次予選ではアジアの本当の厳しさは感じられないと思います。アジアカップでは決勝トーナメントに勝ち上がると、おそらく韓国代表やイラン代表、サウジアラビア代表などと対戦することになりますけど、これらの国々の選手たちと当たった時にタックルの質が変わることに気づくはずです。ボールへの寄せ方、背中からの体の当て方など、アジアカップで優勝を争う国々の選手たちのプレーは日本では絶対に味わえないものばかり。Jリーグで活躍できたからといってアジアの舞台でも活躍できるとは限らないので、初めて経験するA代表の国際大会でどんなプレーを見せてくれるか楽しみですね。
――Jリーグやヨーロッパ、代表チームなどでさまざまな経験をしてきた大世さんから細谷選手にアドバイスするなら、どんなことを伝えますか?
鄭大世 僕は海外で成功も失敗も経験していますけど、思い返してみると自分の良さを忘れた時に挫折しているんですよね。試合に出られなくなって、「できないこと」をなくそうと一生懸命に取り組んだら、本来できていたことができなくなって、さらに自信を失うという悪循環に陥ってしまった。うまくいかないことがあっても、そういう時こそ「自分にできることは何か」をしっかりと認識して、「自分にはこういうことができるんだぞ」というのを監督に見せ続けることが大事だと思います。落ち込んでいる時間は必要ないですから。
――「ミトマニア」の大世さんには、三笘選手のことを聞かないわけにはいきません。いまや日本代表の攻撃に欠かせない選手となった彼には、アジアカップでどんなことを期待しますか?
鄭大世 あえて三笘選手の名前は出さなかったんですけど、話さないわけにはいかないですね。でも、「ミトマニア」としては彼がアジアカップに出てしまっては困るんですよ(笑)。今のブライトンは三笘選手なしには成り立たないチームになっていますから。とはいえ、やはりアジアでは単独で三笘選手を止められるDFはいないでしょうね。プレミアリーグでも3人で止めにいっていますから、アジアカップでも相手も3人、4人と人数をかけて三笘選手を止めにくると思います。そうしたら他の選手が空く。極論ですけど、三笘選手は立っているだけで何もしなくてもいい。ボールを持ってパスを散らすだけで、勝手に相手が疲れてくれるのではないでしょうか。
――それだけ大きな影響力を持った、特別な選手になったということですね。
鄭大世 マンチェスター・シティでさえ三笘選手を3人で止めにくるほどですから。(中村)憲剛さんも「川崎フロンターレ時代と全く同じ状態になっている」と話していました。プレミアリーグでもJリーグ時代と同じプレーができてしまうのは、本当にすごいですよ。
――三笘選手のドリブルはなぜ特別なのでしょうか。
鄭大世 徹底して右足を使うところが三笘選手の特徴だと思います。日本ではドリブルをする時に「逆足も使え」と教えられますけど、彼の場合はとにかく利き足の技術を伸ばしてきた。常にいい位置にボールを置いて、内股気味なので中にも縦にもスムーズにいける。あのボールの持ち方は相手にとって読みづらいですよ。そして、彼は「ゼロヒャク」も「ヒャクゼロ」も両方できるんですよね。ゼロヒャク(静止状態から一気にトップスピードまで加速する)、ヒャクゼロ(トップスピードの状態から急ブレーキをかけて止まる)、さらにゼロヒャクと急な加減速を繰り返せるので、相手はついていけない。相手の足を止めたうえで深い位置まで潜り込めるのが、三笘選手のドリブルの最大の特徴だと思います。多くの選手がクロスを上げるところで、さらに深くえぐるというのは三笘選手にしかできないですよね。
――プレミアリーグの選手たちが止めるのに苦労しているとなれば、アジアカップで初めて対戦するDFが三笘選手を止めるのはかなり難しいでしょうね。
鄭大世 プレミアリーグではカイル・ウォーカー選手(マンチェスター・シティ)やケニー・テテ選手(フルハム)、アーロン・ワン・ビサカ選手(マンチェスター・ユナイテッド)くらいしか三笘選手を1対1で止められない。じゃあ、ベトナム代表やインドネシア代表の選手が止められるのか? と。3人がかりでも難しいと思いますよ。
――最後に今大会の注目ポイントと、3大会ぶりのアジアカップ優勝を目指す日本代表へのエールをお聞かせください。
鄭大世 「三笘に注目しろ!」というのがいいかもしれないですね。三笘選手が全員ドリブルで抜きますから。彼が現代のリアル『キャプテン翼』です。とはいえもう少しチームの話をすると、今の日本代表は戦術、技術、フィジカルなどは十分に世界に通用するし、アジアを圧倒できるだけの力をつけてきていると思います。そのうえでアジアカップ優勝に必要なのは運と団結力の2つになるのかな、と。グループステージから決勝まで最大7試合、一発勝負の決勝トーナメントもある長い大会なので、優勝するためには実力だけでなく「運」も欠かせない要素です。森保ジャパンはチームの雰囲気が非常にいいし、チームのために戦える謙虚な選手が揃っているので「団結力」に関しては問題ないでしょうけど、やはり大会を通してチームの和や一体感が失われると優勝するのは難しくなってしまうと思います。でも、日本代表は本当に強くなりましたよね。今でも覚えているのは、日韓ワールドカップの前にティエリ・アンリ選手やダビド・トレゼゲ選手がいたフランス代表に日本代表が0-5で負けた時の衝撃です。当時の世界の壁は圧倒されるくらい高かったのに、今やフランス代表に匹敵する相手をいくつも破って、高かった壁を乗り越えられそうなところまできています。過去があって今がある。歴史を積み重ねてきて、右肩上がりに成長している日本代表に期待していますし、注目してほしいです。
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