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設立3年目のサンフレッチェ広島レジーナ 地元の夢・憧れの存在へ、一歩ずつ

2023.06.26

S広島Rが3月にサッカー教室を実施 [写真]=湊昂大

 WEリーグ2シーズン目のホーム最終戦、スタジアムはにぎやかな雰囲気に包まれた。サンフレッチェ広島レジーナは6月3日の試合後、初めてサポーターのお見送りを行った。選手やスタッフがハイタッチとともに応援への感謝を伝え、サポーターたちも温かい声をかける。この日はイベントで浴衣を着た子どもたちも目立ち、いたる所で選手たちから「かわいいねー!」の声も上がった。サンフレッチェ広島レジーナの周りに笑顔が増えてきた。

 S広島RはWEリーグ創設に合わせて2021年に誕生し、今年3月8日で3年目を迎えた。チームはコロナ禍の真っ只中に始動して制限に囲まれながら戦ってきたが、今年から規制緩和により、ホームスタジアムでの声出し応援、定期的な練習公開、ファンサービスなどが始まった。サポーターとのつながりが深まってきている。

 女子選手と子どもたちの交流も本格的に始まった。2月から小学校訪問が行われるようになり、今季2度の「WE ACTION DAY(理念推進日)」でもサッカー教室を開催した。3月5日、選手たちが普段練習を行う広島経済大学フットボールパークでのサッカー教室には、性別を問わず小学校1年生~4年生の72人が参加。5月14日には広島市の隣にある府中町の揚倉山健康運動公園で親子サッカー教室を実施し、未経験者の小学生と保護者34名がサッカーを楽しんでいた。

 この半年でS広島Rと地元の距離感が一段と縮まった。キャプテンのDF近賀ゆかりは、「今までは距離があって歯痒さを感じていたけど、久しぶりに交流したり、ふれあったりすることでより身近に感じるし、支えてもらっている実感がより一層強くなる。選手たちも自分のプレーで、自分たちの試合で喜ばせてあげたいなってより強く思うきっかけになる」と話す。S広島Rがより身近な存在になっていく。

 2月14日、広島県中南部の東広島市立三津小学校に元気な声が響いた。S広島Rが設立後初めて小学校を訪問し、MF小川愛、DF松原志歩、MF齋原みず稀の3選手がサッカー教室で子どもたちとボールを蹴り合った。参加したのは当時の全校生徒88人。女子選手のパス回しやシュートといったプロの技を間近に体験し、小学生たちは学年や性別に関係なく盛り上がっていた。小川は、「子どもたちが元気で、積極的になんでも挑戦してやってくれて、楽しんでくれたので私たちもうれしかったです」と話す。

S広島Rが小学校初訪問 [写真]=湊昂大

 S広島Rが出向く小学校訪問は、参加者全員がサッカー好きとは限らない。三津小学校では特に野球やミニバスケが盛んだという。積極的にボールに触れられない子も当然いる中で、選手たちが意識したのはサッカーの楽しさを知るきっかけ作りだった。

「サッカーをやったことがない子が多かったので、まずは友達とボールを蹴る楽しさを感じてほしいと思いました。パスをつないだり、今までできなかったことが1つずつできるようになったり、友達と一緒に喜んだり、そういう楽しさが伝わればよかったと思います」(小川)

シュートを披露するMF小川愛 [写真]=湊昂大

「ボールを蹴る楽しさ」を伝えること。サッカー普及において、地道ではあるが、サッカーを始めるきっかけを作る活動だ。昨年S広島Rに加入した20歳のGK巻胡花がサッカーを始めたのは、「スポーツをしたことがなかった自分が、友達とスポーツをする喜びを初めて感じられたから」だったという。

 小学3年生のときに友達から誘われて、初めてボールを蹴り合ったときにサッカーを始める決心をした。両親に教わった「石の上にも三年」ということわざを大切に地元のクラブチームでプレーし続け、次第に試合に出る喜びや勝つ楽しさを知り、サッカーに打ち込んでいった。中学まで地元の熊本で過ごした巻は、サッカーのために広島文教大学附属高校への進学を選び、卒業後にS広島Rへ入団。加入が決まったときは「自分が入れると思っていなかったから、ふわっとした気持ちで実感がわかなかった」と振り返る。それでもプロチームに入るまでサッカーを続けられた理由の一つに、選手との思い出がある。

「中学1年生のときに福元(美穂)選手や近賀(ゆかり)選手とかに会ったことがあって、そういう選手たちを見てきているから今ここに自分がいる。サッカー選手と関わる機会はすごく貴重だったから、すごく印象に残っていて、そんな選手になりたいなって思いました。いまレジーナにワールドカップを経験された選手がいるのはすごく貴重なことだし、実際に自分もそのチームの一員でやっているので子どもたちに夢を与えられる選手にならないといけないなと思っています」(巻)

3月のサッカー教室を楽しむ巻胡花 [写真]=湊昂大

 小学校訪問やサッカー教室は、選手から直接サッカーの楽しさを教わる機会。そんな選手とのふれあいが、ときに人生を左右するような瞬間にもなる。サッカーの普及や新たなファンを作る上で、すぐに大きな効果が出るわけではないが、欠かせない活動だ。

 子どものころの憧れは、夢や目標に向かう大きな力にもなる。慶應義塾大学から加入した小川は親の仕事の関係でベトナムに住んでいたとき、なでしこジャパンの試合を観戦し、選手たちと交流もしたという。その経験がキャリアの道を作った。

「間近で見る日本代表の選手はキラキラしていて憧れる存在で、私もそこを目指したいという夢を持ちました。そういう存在と触れ合えることは本当に貴重な機会で、私もいまプロになれたので子どもたちにとってそんな存在でありたいです」(小川)

 巻や小川のように、2011年の女子ワールドカップで優勝を成し遂げたなでしこジャパンに憧れていたWEリーガーは多いだろう。W杯優勝から12年が経ち、いまの小学生たちはその栄光を直接知らない世代。今年7月から8月にかけてオーストラリアとニュージーランドの共同で開催されるワールドカップも女子サッカー普及にとって大事な大会となる。なでしこジャパンの活躍とキラキラした姿に期待したい。

近賀ゆかり、サッカー教室で子どもと笑顔のハイタッチ [写真]=湊昂大

 ただ、憧れを生むのは世界で戦う選手だけではない。地元のチームで戦う選手たちは身近な憧れになりうる。広島生まれのDF左山桃子はサンフレッチェ広島の男子選手と交流した記憶が強く残っているという。

「小学生のときにサッカーの大会で優勝したら、サンフレッチェの選手と一緒に手をつないで試合に入場できることになって、そこに(森崎)浩司さんとかカズさん(森崎和幸)もいた。それをすごく覚えていますね。私はじゃんけんで負けて、選手とは手をつなげなかったけど、でもあのスタジアムの雰囲気の中で選手と入場して、『ここでサッカーをしたい』っていう気持ちにすごくなった。子どもの頃からそんな経験をさせてもらえて、すごく良かったです」

 当時は男子のチームしかなかったが、いまでは女子もプロ選手として活躍する姿を見せられるようになった。左山は、「サッカーを仕事にするのは責任感がさらに増すし、やるからにはちゃんと覚悟を持ってやらないといけないと感じていました」と強い気持ちでプロの道を選んだ。WEリーグでプレーするいま、かつての森崎兄弟のように、憧れられる側としてピッチでその強い気持ちを表現する。

「サッカーに限らず、スポーツをする上でいろんなメンタリティが必要になると思う。いいプレーをして、負けん気を出して、少しでも印象に残るようなゲームをして、それがきっかけで、いろんなことに挑戦したいっていう気持ちになってくれたらいいなと思います」(左山)

 3月のサッカー教室にはサンフレッチェ広島のユニフォームや帽子を着ていた子も多くいた中で、S広島Rのユニフォームを着た子が1人いた。背中には14番。その番号を負うMF山口千尋は、「いつも試合会場とかイベントでもユニフォームを着てくれる子なので、それが一番うれしいです」と笑顔だった。

山口千尋のユニフォームを着る子ども [写真]=湊昂大

 熱心なファンを持つ山口も、かつてはなでしこジャパンの選手たちに憧れていた1人。「(今チームメイトの)福元さんや近賀さんのかっこいい姿は心に残っている」。それがいまは1人の選手として、応援してくれる人たちのために試合や交流活動を通じて「かっこいい姿」を見せる立場となった。女子サッカー選手として、同じ女性が輝ける姿を示すことも大事な役割と捉えている。

「私たちを知ってもらうことで、女性が活躍するきっかけが増えたり、私も頑張ろうと思ってくれる方が1人でもいたりしたらうれしい。個人的には私自身がサッカー選手という立場なので、女の子たちに女子サッカーを知ってもらって、自分もやりたいって思ってもらえたらうれしいです」(山口)

女子小学生たちとボールを蹴り合う山口千尋 [写真]=湊昂大

 S広島RはWEリーグ2年目のシーズンを5位で終えた。チームは少しずつ成長を続けて、昨季の6位から一歩前進を果たした。だが、目標に掲げていたトップ3には18ポイント差とまだまだ優勝争いに遠いのが現実だ。女子プロチームが新たに地元に根付き、憧れになるためには当然ながら「結果」も欠かせない。W杯優勝に貢献した近賀は、大きな夢とともにこう語る。

「なでしこジャパンも最初から脚光を浴びていたわけではないし、私たちもまず女子サッカーを根付かせたい、より良い環境にしたいっていう思いが代表活動の中で大きかった。そこは今のレジーナに本当に似ていると思う。レジーナを根付かせるために何が大事かって言われたら結果とタイミング。例えば、(男子の)トップチームが優勝したタイミングで私たちも優勝する。それが広島により一層広まるチャンスだと思うし、それがこのサンフレッチェっていうクラブのすごい強みだと思うので。私たちも男子チームも上位争いをして、一緒に優勝できるようなタイミングを逃さないためにも、常にいい状態で戦って毎年優勝争いに絡んでいけるようなチームにならないといけない」

 今シーズンのホーム最終戦、選手たちはピッチで気迫あるプレーを見せて勝利したと思えば、試合後のお見送りでは華やかな笑顔で交流を楽しんでいた。そんな選手たちは、子どもたちの目にどう映っただろうか。ピッチ内外で見せる選手の多彩な姿が憧れを生み、夢や目標への力になるはずだ。なでしこジャパンのW杯優勝から10年後に誕生したサンフレッチェ広島レジーナは10年後、広島でどんな未来を作っているのだろうか。

取材・文=湊昂大

By 湊昂大

Kota Minato イギリス大学留学後、『サッカーキング』での勤務を経てドイツに移住して取材活動を行う。2021年に帰国し、地元の広島でスポーツの取材を中心に活動中。

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